それぞれの " ものがたり "

『きんとん』

 

誕生日を迎える1ヶ月前、3年付き合っていた彼氏にふられた。

わたしより好きな人が出来た、って一方的なふられ方だった。

相談でもない、一方的な告げ方。

食欲も落ちて、社会人になって右肩上がりか横ばいだった体重も落ちた。

これまでなんともなかった歌で泣けてくることが増えて、

会社帰りに彼氏と待ち合わせをしていた最寄り駅からの道は、思い出が多くて歩けな かった。

付けっぱなしのテレビでは、沖縄旅行のコマーシャルが流れている。

『これいっぱいに溜まったら、ぱーっと海に行こう』と

彼氏の部屋の、アルミ缶の500円貯金のことを思い出す。

いくら貯まってたんだろう。・・・10回以上は入れたっけ。

悲しい、悔しい。なんてセコい男。

せめて誕生日を一緒に過ごしたかったのに。

いっぱいにするには大きすぎた貯金箱、のことを考えていたら

メールが届いたとiPhoneが知らせる。

『もうじき誕生日だね、おめでとう!今年は何が欲しい?』

のんきなメールは実家のお母さんからだった。

『一人でもお金を貯められる、貯金箱』

そう返事したことをすっかり忘れた頃、小包が届いた。

中身は、ひんやりとした、ブタの形の、・・・貯金豚?

ーブタ・・・。

お母さんから届いたのは、リクエストに応えたらしい、『貯金ブタ』。

ー何コレ、かわいい。

カードに、お母さんから短い言葉が添えられていた。

『誕生日おめでとう。全部貯まったら、足りない分は出すから、家に帰っておいで。

ケーキはそのとき用意するね。』

メッセージを読んだとたん、地元の景色がまぶたに浮かんだ。

いつもザーザー潮騒がやかましくて、海藻の匂いが窓から入る、海のそばの家。

お母さんがシフォンケーキを焼く時の甘い匂い、お祝いのそれに添えられるクリームの

白、苺の赤。

ーずるー・・・。5円貯めるだけなら、あっという間だもん・・・。

失恋に浸りきったときににじみ出るのと、違う涙が出た。

それを袖口で拭って、カレンダーを振り返る。

次の連休に一つ足して、それまでに五円玉をたくさん用意して、

貯金ブタを見せに、お家に帰ろう。

心配性なお母さんだから、会うまでに体重戻さないと。

そう考えて、そのあと久しぶりにきちんと料理をした。








ものがたりに登場する商品


  能作
  縁起のいい貯金豚 きんとん


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