
でも創業者の威徳を感じながら一からまたビジネスを組み立て、取引先や地域で商売をされている人たちとの関係を作っていくのは決して簡単ではなかったはず。 引き継いだ当初はほとんど売り上げが無く、自転車操業状態だったと言います。
山本勝之助商店は、棕櫚の卸業から始まりました。
その後あらゆる日用品に棕櫚が使われるようになり、海南市が棕櫚を原料とした家庭用品の製造地として発展していったのです。今では棕櫚たわしや棕櫚箒が有名ですが、これらが製造されるようになったのは少し後のこと。
歴史の長い山本勝之助商店。建物も当時の面影がほとんどそのまま残っています。
こちらの蔵は、大正時代の建物。
さらにその横の母屋は、江戸時代の建物です!
日本中に木々を植えて回ったと『日本書紀』に記される五十猛命(いたけるのみこと)という神様を祀る神社、伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)から神様を分けてもらい、毎日拝まれたそうです。
現在、山本勝之助商店では棕櫚製品の販売を行い、製品の製造は専属契約している職人さんが行っています。
私も早速畳を掃かせていただきました。繊維1本1本がしっかりしていてキメが細かいのにしなやかで、掃き心地が良く驚きます。
小さな棕櫚箒は、壁に掛けておくだけでもおしゃれなインテリアに。
御年77歳でこの道50年以上。15歳の時から山本勝之助商店の山椒を石臼で挽いて来られたのは辻さんです。 1日に10kgほどの山椒が商品としてこの場所で作られています。
山椒の種は抜き、皮のみを石臼で挽いていきます。 そうすることで、種の油で酸化することなく良い香りが保たれるそうです!
「化学繊維だけでなく、掃除機も普及し、手仕事で作られる棕櫚箒はどんどん淘汰されてきました。でも、やっぱりモノが良いからこそ消えずに、141年間も愛用されています。」
棕櫚製品は伝統工芸品である前に家庭用品です。 日常的に使ってもらうことでより親しみを感じ、素朴な魅力が分かるもの。