伝統工芸品である大漁旗や五月幟をはじめ、職人の手作業による繊細な技法を守り続けています。
現在は5代目の亀崎昌大さんのもと、伝統の技術を継承しながらも、「亀染屋」の立ち上げ時代に合わせた新たな挑戦を積極的に推進しています。
亀崎染工/亀染屋 取材記
亀崎染工の外観
東シナ海に面した港町、鹿児島県いちき串木野市。「マグロのまち」として知られるこの地に染元を構える「亀崎染工」は、明治2年に創業し、157年の歴史を持つ染物屋です。
大漁旗をはじめ、端午の節句の武者のぼりや法被、暖簾など、日本独自の伝統的な技法「印染(しるしぞめ)」を専門としており、「大漁旗」と「五月幟(ごがつのぼり)」は鹿児島県伝統的工芸品にも指定されています。
今回取材に応じてくださったのは、5代目印染師であり社長の亀崎昌大さん。時代とともに人々のニーズが著しく変化する中で、新たな挑戦を積極的に続ける亀崎さんが、どのように染物に向き合い、どのような想いで取り組んでいるのか、お話を伺いました。
そもそも印染とは?
工房に伺うと、亀崎さんはちょうど大漁旗の作業に取り掛かっていました。
まず手掛けていたのは、「筒」と呼ばれる道具を使って白い生地に防染糊(ぼうせんのり)を引いていく作業。防染糊は餅粉とぬかと石灰でできており、日本ならではの技法です。後の染色時に染料が染み込むのを防ぐことで、最終的に文字や模様の輪郭がくっきりと白く現れるようになっています。
実は、この「防染」こそ印染の一番のポイントであり、特徴なのだそう。「染まらない部分をどれだけきれいに残すか」が鍵となっています。
糊でなぞっているピンクの下絵は、4代目で亀崎さんの父親である洋一郎さんが描いたものです。特に文字はフリーハンドで描いています。旗の文字は染物屋の個性の一つとされますが、最近はデジタル化によって既存のフォントを使うところも増えてしまいました。そんな中、亀崎染工ではオリジナルの文字にこだわっているそうです。
気持ちを伝える"器"
亀崎染工が主に制作している大漁旗や武者のぼりは、門出やお祝いの気持ちを伝えるための贈答品に用いられます。
既製品ではなく、一人ひとりの贈り手の想いに合わせて染め上げていくオーダーメイドです。特にいちき串木野市は、遠洋まぐろ漁船の船籍数が日本トップレベル。さらに九州は端午の節句のお祝いも比較的盛んなため、かつては注文を受けるだけでも忙しい日々が続きました。
そんな中、亀崎さんが心掛けてきたのは意外ですが「無心で作業」すること。そして、「とにかくきれいにかっこよく」仕上げること。
「正直、僕らが心を込める暇なんてないんです」と笑う亀崎さん。「お客様が商品を贈る時に心を込めやすいよう、気持ちを伝える"器"として、ただただきれいに仕上げることを大事にしてきました」
お客様の気持ちを大事にしているからこそクールに、そして丁寧に制作に向き合っていることが伝わってきました。
変化する時代の中でも手作業の技術を残したい
しかし、近年は漁船の数が減り、人々のライフスタイルも著しく変化。オーダーが激減しているといいます。
「武者のぼりに関しては、"名前が個人情報だ"と言われ出しちゃって。それでも以前はベランダに掲げる小さいタイプのものが結構出たんですが、それすら"赤ちゃんがいる家だと知らせることが防犯上良くない"ということで、ここ2、3年で依頼がグッと減りました」
多くの染物屋が倒産、廃業を余儀なくされる中、「手作業の技術を残していかなければならない」という思いから、亀崎さんはオーダーを待つだけではなく伝統的な技法を活かした小売商品を作ることに決めました。
実際、職人が筒で直接糊を引く方が、版を作って糊を乗せるより仕上がりが早く、オリジナルのアレンジにも対応しやすいといいます。
そのように手仕事で作られた商品は、どこかぬくもりを感じるものばかり。
2023年には、印染製品を身近に使ってもらうための「亀染屋」という小売のオリジナルブランドも立ち上げました。
変えてはいけないもの、変わらなければならないもの
従来の手染めの技術を守りつつ、時代の変化や新しい技術にも敏感な亀崎さん。実は急速な時代の変化に対応するために、自ら4代目社長である父親に「責任を取るから任せろ」と社長交代を申し出たといいます。
それ以降、新しい商品を生み出すために外部のデザイナーと連携したり、デザインの管理や染色にデジタル技術を活用したり、経営戦略を立てるためにAIを導入したりと、今までにない最新の仕事の進め方も実践してきました。
在庫を持たずオーダーメイドの商品に完全に集中していた時代から、在庫を抱える小売商品の販売へ。それは、簡単なことではありません。「値付けの方法も違うし、作れば売れるような生やさしいものではない。マイナススタートの小売の販売は、『目の前の仕事をちゃんとしなさい』という父の反対もありました」。
それでも技術を残すために世の中を観察し、模索を続けてきた亀崎さん。現在、小売商品の売り上げは全体の2割程度ですが、今後はさらに割合を増やすことを目指しています。
「時代に合わせていろんなことに対応してきたから残っていると思う」――亀崎さんは亀崎染工がここまで続いてきた理由をそう語りました。
今では次男さんも仕事に加わり、亀崎染工では若い社員が活躍しています。
さらに、手染めの技術を残していくために、亀崎さんは海外も見据えています。実際2017年には、パリで開催された「Japan Expo」に出展し、染体験のワークショップを実施しました。その実績が評価され、半年後にはリヨンで開催されたイベント「Japan Touch」にも招待されて出展しました。
ほかにも、日本統治時代に台湾に伝わった手染めの大漁旗を「復活させたい」というグループと交流を持ち、実際に台湾に出向いたり、鹿児島に招いたりして技術指導も行ってきたといいます。「変えちゃいけない部分と、変わらないといけない部分がある」と語る亀崎さん。
個人の利益ではなく、業界全体の将来を考えて動く姿がとても印象的でした。
家業に向き合う覚悟、継承する価値
お父様に自ら継ぐことを申し出、今では最新の技術や視点を取り入れながら技術の継承に励む亀崎さん。しかし、最初から家業に真剣に向き合っていたわけではありませんでした。
「若い頃はいつ逃げ出そうかと考えていました(笑)。(長男だったため)物心ついた時から『後継だ、後継だ』と言われてうんざりしてしまって、この仕事だけは嫌だって思っていました」と亀崎さん。
「だけど結婚して、責任感が生まれたのが仕事にちゃんと向き合うきっかけでした。僕らはお客さんに『ありがとうございました』というんですけど、お客さんからも『ありがとう』をもらうことがすごく多くて、すごくいい仕事だよなぁと思うようになりました」
仕事に真剣に向き合うようになった結果、やりがいを感じるようになったといいます。
今では4人の息子のお父さんでもある亀崎さん。「どうにかして(染物の技術や仕事を)残していきたい」と語る言葉には、業界や息子さんらの未来に対する想いがにじんでいました。
後継に技術や伝統をつなぐことの重要性、これまで多くの職人さんにお話をうかがってきて、それに気づくのは結婚や出産が契機になることが多い気がしています。どこか似ているのでしょうね。
"つなぐ"ことそのものにどういう意味や価値があるかは未知の部分はありますが、様々な可能性をつなぐということに価値を感じられるようになるタイミングなのかもしれませんね。
職人技と贈り主の想いの結晶
そんな話を聞きながら、気づいたら大漁旗の染色が完成していました。
白い線がはっきり浮かび、ムラなくきれいに仕上がった大漁旗は、まさに職人技と依頼主の想いの結晶です。
昔ながらの技術をただ守ろうとするのではなく、次世代につないでいくために変化をいとわない亀崎さん。語り口こそ落ち着いていますが、その根底には手染め技術に対する強い意志と熱意がありました。
その手染め技術が、これから先も受け継がれていくことを願わずにはいられません。取材にご協力していただき、ありがとうございました!
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