『真鍮の風鈴』

能作 真鍮の風鈴


夏の風物詩と評されていながら、これまで僕は風鈴をまともに見たことがなかった。

いや、見たことがないと思っていたが、この音色には聞き覚えがあった。

都会のマンション育ちだった僕は、

緑のカーテンだとか玄関先の打ち水だとかはどれも無縁だった。

風鈴が窓辺にぶら下がっていた記憶はない。

正月以来訪ねる嫁の実家の軒先で揺れる風鈴を見つめていたら、

嫁の母が「今時風鈴って珍しい?」と尋ねるので、首を振って否定する。

この、澄んだ音。記憶は勝手に子どもの頃に遡る。

夏と言えば、毎年母方の祖父母の家で過ごした。

新幹線と普通の列車を乗り継いで行く、海に近い祖父母の家には、3人の従姉妹がいた。

3人とも女の子なのに、僕よりも色が黒くて、水中メガネなしで僕よりも深く潜れた。

シャワーを浴びてスイカの種を飛ばしながら、耳にしていたあの音は何だったろう。

来る前に大体の宿題を終わらせたと話すと、

じゃあうちの宿題分けてあげる、と従姉妹夏休みの友を押し付けられた。

仏間のテーブルに4人でノートを広げているときに、聞こえていたあの音は何だったろう。

従姉妹と離れるのが寂しくて、

顔を上げられず母に手を引かれて祖父母の後にした僕を、

追いかけて来たあの音は。

「風鈴って、こんなに澄んだ音がするんですね」

「この風鈴は特にね、真鍮製だから」

風鈴の音は、耳に心地よかった。

秋に入籍する従姉妹に、少し早めのお祝いで送ってあげようか。

昔の面影がないほど色白になって、

すっかり距離が出来たように感じていたけれど。

そしたら結婚式で会うときに、懐かしい話で盛り上がるかもしれない。





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能作
真鍮の風鈴 スリム