「もったいない」から100万個のヒット商品へ。
木を使い切り、変わり続けるササキ工芸のものづくり
「うちでも使いたいな」
株式会社ササキ工芸の靴べらを手に取ったとき、すぐにそう思いました。
木の表面がとてもなめらかで、丸みのある形が手のひらになじみます。

北海道旭川市にあるササキ工芸が得意としているのは、「木製小物」。
小さな木製品を、高い精度で数多く作る技術を生かし、自社製品だけでなく、企業からの特注品なども製作しています。

なぜ、家具の産地である旭川で、木製小物作りに特化しているのか。
また、なぜ、長年作ってきた商品やブランドのイメージを大きく変えることにしたのか。
取締役の三野宮(さんのみや)さんに工場を案内していただきながら、お話を伺いました。
小さな木製品を、丁寧に、数多く作れる理由
ササキ工芸がある、北海道の旭川市では、明治時代から家具作りが行われてきました。
漫画『ゴールデンカムイ』にも登場する、陸軍第七師団の移転や鉄道の開通をきっかけに、本州から大工や家具・建具の職人たちが旭川に集まり、家具作りが盛んになっていったそうです。
ササキ工芸は、家具の部品を加工する工場として1976年に旭川市で創業。その後、比布町への移転を経て、1987年に再び旭川市へ工場を移し、現在に至ります。
何度も繰り返すことで生まれる手触りとつやのよさ
最初に見せていただいた靴べら、「Comfy shoehorn(コンフィー シューホーン)」は、ササキ工芸で長年売れ続けている、人気商品です。

「何でしょうね、この手触りの心地よさ。気持ちいいですね」
手にした感想を伝えると、10〜20年ほど前から作るようになり、今でも一番よく売れている、と三野宮さんが教えてくださいました。
立ったまま使える長いタイプと、座ったままでも使える短いタイプがあり、実際に使う状況に合わせて選べます。

デザインや価格を何度も見直しながら、作り続けているそうです。
次に、工場も見せていただきました。
ササキ工芸では、アメリカ産ウォールナットや、北海道産のナラ、カバ、タモ、クルミなど、さまざまな種類の木材を使っています。
とくに、深い色合いのウォールナットが人気とのこと。
同じ種類ごとに、まとめて置いてありました。

加工作業の様子も、見せていただきました。

機械で大まかに削ったあと、細かいところは、職人さんが削ったり磨いたりします。
色を塗るときは、下塗りをして乾かし、もう一度磨いてから仕上げの塗装を重ねるとのこと。
「一回じゃ綺麗に仕上がりませんね。うちのクオリティを出せないです」

触ってみると、なでたときの感触や表面のつやなどが、工程を重ねるたびに大きく変わることが分かりました。

工場で話を聞いて驚いたのが、一人の職人さんが、担当する製品を最初から最後まで作っていること。
木材の加工から研磨、塗装、仕上げまで、基本的に、すべての工程を一人で手掛けているそうです。
数万個の注文にも応えられる技術
一つひとつ丁寧に作るだけでなく、数千個、数万個の大量注文にも対応できるのが、ササキ工芸の強みです。
大量生産を支えているのは、工場に3台ある木材加工機「NCルーター」。

あらかじめ設定した形や寸法に合わせて、木材を正確に削ります。

同じ形を繰り返し加工でき、職人さんの手仕事と組み合わせることで、品質を保ちながら大量の製品を作れるそうです。

「もう、うちで家具は一切作れないです(笑)」
と話す三野宮さん。
技術の高さから、特注品の依頼も多いとのこと。
例えば、造幣局から、オリンピックとパラリンピックの記念硬貨を収めるケースの依頼を受けたときは、ケースの木製部分をそれぞれ約1万個、合わせて約2万個製作したそうです。

ほかにも、時計やジュエリー、万年筆などを収める専用の木製ケースなども数多く手掛けています。
端材への「もったいない」が原点
ササキ工芸が小物作りに特化するようになったのは、先代社長のある思いがきっかけだったそうです。
創業当時、ササキ工芸は家具メーカーの下請けとして、引き出しのつまみや前板などを加工していました。
家具メーカーから支給された木材から、指定された部品を切り出した後、小さな端材が残ります。家具は作れないものの、まだ十分使える木です。

「もったいない」
職人だった先代社長は、残った端材を見てそう感じたそう。
そこで、端材を活用して作ったのが、100円ライター用の木製ケース「モクター」です。

当時の小売り価格は600~900円ほど。お土産用などとして全国で人気を集め、1986年には累計生産100万個を達成したそうです。
ものすごい数が売れたのですね!
三野宮さんによると、モクターのヒットで注文が増え、新しい工場を建てるきっかけにもなったそうです。

モクターがよく売れていた頃は、1回の注文で1,000個~2,000個の依頼も珍しくなかったとのこと。
大量の注文に応えるため、加工方法を工夫し、技術を磨いてきました。その積み重ねによって、品質の高い木製小物を、数多く作れるようになったのです。
「木を無駄にしない」工場の仕組み
「もったいない」という思いは、現在も受け継がれています。
木を加工するときに出る端材は、木製小物の材料として活用。

材料として使えないくらいの小さな木片は、冬場の燃料として保管しているそうです。

また、工場内の機械の上には、太いパイプが張り巡らされていました。
木を削るときに出る細かな木の粉(木粉)を集めるための管だそうです。

集められた木粉は、専用の機械でぎゅっと圧縮され、円柱状の固形燃料「オガ炭」になります。
オガ炭を貯蔵槽にためておき、自動でボイラーに送り込んで燃やす仕組みになっているのです。

オガ炭
「向こうで削っていた木の粉がみんな燃料になっているなんて。本当に無駄がないですね」
木を使い切るための工夫に驚きました。
ボイラーで沸かしたお湯は、配管を通って工場内を循環。暖房や木材の乾燥室の熱源として使われているそうです。

「うちの工場は、灯油とか一切使ってないんですよ。全部これで賄っています」

「環境にもやさしいですね」
小さな端材は木製小物に、商品に使えない木片や木粉は燃料に。木を使い切る仕組みが、工場のあちこちにありました。
売れても、作る人が疲れてしまう。長年の商品を手放した決断

モクターをはじめとする木製小物作りは、長くササキ工芸を支えてきました。
しかし、単価の安い商品を大量に作る仕事は、職人さんたちの負担にもなっていたそうです。
以前のカタログを見せていただくと、木製の雑貨やお土産品がたくさん並んでいました。卸値が数百円の商品も多かったとのこと。

例えば、1日に10万円分の製品を作ろうとすると、卸値500円の商品なら200個作らなければなりません。そのうえ、家具メーカーからの依頼や企業の特注品も並行して製作していたそうです。
「金額が安い上に、とんでもない数を作らないといけないんですよ、ノルマとして」
当時は、生産量を確保するために残業が増え、職人さんたちが疲れ果てて離職することもあったそうです。
「まだ余力があるうちに」変える決断
もうひとつの課題は、長年続けてきた商品やブランドの見せ方でした。
品質には自信があったものの、デザインに大きな変化がなく、業績が少しずつ下がり始めていたそうです。
このままでは10年後、20年後には商品が選ばれなくなってしまうのではないか。
そのような危機感から、ササキ工芸は既存カタログ商品の大部分を廃盤にし、商品のデザインや見せ方、売り方まで大きく変えて、リブランディングすることにしました。
とはいえ、当時の卸先は約300件。昔からの商品を気に入ってくれているお客様も多く、これまで通りの取引が続かなくなる心配もあったそうです。

「めっちゃしんどかったですよ」と、三野宮さん。
長年売れてきた商品を、思い切って廃盤にする。その決断の重さが伝わってきました。
それでも改革に踏み切れたのは、業績に陰りが見え始めていたものの、まだ投資できる余力があったからだといいます。
デザインも届ける相手も、一から見直す
リブランディングを進めるために力を借りたのが、外部のアートディレクターやプロダクトデザイナーです。
商品のデザインだけでなく、ロゴやカタログ、Webサイト、展示会での見せ方まで一新しました。

工場の外壁も、黒く塗り直したそうです。

新旧のカタログを比べると、以前のお土産品らしい親しみやすい雰囲気から、木目や形の美しさが際立つ、すっきりとしたデザインに変わっています。

リブランディングによって価格帯も大きく変わり、卸値が1万円ほどになる商品も出てきました。
「佐々木さんどうしたの? 大丈夫?」
大きな変化に、周囲からそう驚かれることもあったといいます。
実際に、価格帯が大きく上がったことで、これまでのお店では扱いにくくなった商品もあったそうです。
その一方で、新たに取引が始まったのが、ACTUSやSEMPREといったライフスタイルショップやホテルなどです。
こうした新しい取引先と出会うために、力を入れたのが展示会への出展でした。
商品を魅力的に見せるため、展示ブースの設営に1回で200万〜300万円ほどかけることもあるといいます。

営業職は一人もいない。職人自身が商品の魅力を伝える
展示会で商品の説明をするのは、工場でものづくりをしている職人さんたちだそうです。

「うちは、営業職がいないんですよ。実は私も営業ではないし」
「そうなんですか?意外です!」
ササキ工芸では、一人の職人さんが、担当する製品の加工から仕上げまで手掛けているからこそ、どのような工夫をしているかなど、自分の言葉で伝えられるのだそうです。

三野宮さんによると、最初は慣れない接客に戸惑う職人さんもいたとのこと。
それでも、自分たちが作った商品をお客様に褒められるうちに、少しずつ説明も上手になっていったといいます。
商品作りから工場イベントまで。新たな挑戦
デザイナーが考えた商品のデザインを、実際の木製品として形にするのは、工場の職人さんたちです。
どのようにすれば作れるのか、加工方法を考えながら、試行錯誤を重ねているそうです。

デザイナーからは、商品作りだけでなく、工場見学のイベントについても提案があった、と三野宮さん。
イベントでは、訪れた人に軽食を楽しんでもらったり、子ども向けのものづくり体験を開いたりしているそうです。

「提案されたことを、実際に形にされる皆さんがすごいですね」
そうお伝えすると、新しい取り組みやリブランディングそのものに、社内から反対の声があがることもあった、と話してくださいました。
さまざまな考えがあるなかで、新しい商品作りや工場イベントなどを形にしてこられたのですね。
「うちは、若いスタッフが多いんですよ」
リブランディングは、採用にもよい影響を与えているそうです。

旭川から世界へ。木とともに歩むササキ工芸
ブランドのロゴマーク『Tree Flake(ツリーフレーク)』は、雪の結晶を思わせる形をしています。
三野宮さんによると、木や森林を上から見たイメージを取り入れているとのこと。

毎年5月には、旭川の家具メーカーなどが集まり、植樹活動を行っています。
2026年には、家具職人やその家族ら約200人が参加し、東川町の山林に約2,100本のミズナラの苗木を植えたそうです。
家具の産地として、木を使うだけでなく、育てることにも取り組んでいるのですね。
旭川で作られたササキ工芸の木製品は、海外からも注目されています。
その一つが、靴べらと並ぶ人気商品、木製のボードゲーム「Wooden reversi(ウッデン リバーシ)」です。

ゆるやかな曲面が並ぶ盤面に、職人さんが一つひとつ削って仕上げた駒。木の色合いが美しく、遊ばないときも飾っておきたくなるような佇まいです。
この商品は、東京インターナショナル・ギフト・ショーの「ライフ×デザインアワード」で、グランプリを受賞しました。

「この間、海外から100台注文が来たんですよ」
中東の企業から、記念品として使うために「Wooden reversi(ウッデン リバーシ)」の注文があったのだそう。
「100台もですか!」と、驚きました。
現在、海外の展示会への出展や視察も積極的に行い、旭川の木製品をさらに広く届けようとしているそうです。
家具の端材から小物を作り始め、時代に合わせて商品や売り方を変えてきたササキ工芸。
工場を訪れて印象に残ったのは、木をできるだけ無駄にせず使い切ろうとする姿勢と、これまでのやり方にとらわれず、新しいことに挑戦する柔軟さでした。
一つひとつの木製品を丁寧に仕上げる、職人さんたちの仕事ぶりも心に残っています。
取材のはじめに「うちでも使いたいな」と思った、あのなめらかな手触りの靴べら。
どのように作られているのかを知った今、ますます自宅で使ってみたくなりました。












