ブランド紹介
HIZEN5
HIZEN5 取材記古くからやきものづくりが盛んな佐賀県。有田焼や唐津焼、伊万里焼など日本有数のやきものの産地であり、日本の磁器発祥の地でもあります。自然豊かで窯業を営むための豊富な資源に恵まれたかつての「肥前国」では、各産地が互いに切磋琢磨しながら独自のやきもの文化が育まれてきました。 そんな「肥前のやきもの」の魅力をもっと気軽に楽しんでもらおうと、やきものの産地である佐賀県の5市町(唐津市、伊万里市、武雄市、嬉野市、有田町)の窯元と佐賀県が協力して立ち上げたのが、カジュアルブランド「HIZEN5(ヒゼンファイブ)」です。 地域のプロデューサーたちと各地の八つの窯元たち(2025年5月時点)が手を組みながら、「若者の感性とやきものの伝統技術を掛け合わせた商品をつくり、やきものを身近に楽しむ新しいライフスタイルを提案」しています。 今回は、HIZEN5が立ち上がった背景や今後の展望、さらに、現在「日本いいもの屋」で取り扱っているガラスペンを作る3窯元を取材しました。 産地を越えた新たなつながり
まず訪れたのは、日本磁器発祥の地である佐賀県有田町。 今回の取材の案内人である楠本将真さんは、HIZEN5の有田プロデューサーとして、HIZEN5の商品をつくる窯元同士のパイプ役を担っています。楠本さん自身は、有田町の「楠 - kusunoki- 」というやきものアクセサリーショップの店主です。 「HIZEN5は、やきものを若者たちに違う角度からアピールしようという県の事業としてスタートしました。各市町にプロデューサーを立てて、プロデューサーがそのまちの窯元に声をかけながらみんなで何か作っていこうというのが始まりです。」
その第一弾としての取り組みが、やきものアクセサリーを作ること。2018年ごろの話です。「うちがたまたま、やきものを使ったアクセサリーを作っていたので、有田(のプロデューサー)を担当することになりました。有田の窯元は比較的保守的な一面があり、自分みたいな、しがらみのないアクセサリー屋が間に入ることで話しやすくなることもあるようです」。 そもそも、佐賀県は唐津焼・伊万里焼・武雄焼・肥前吉田焼(嬉野市)・有田焼と五つのやきものの産地がありますが、以前は同じ有田焼の産地内でも、窯元の横のつながりはほとんどなかったそう。「『同業者には情報を出さない』という感じで、昔は工場見学もできないような雰囲気でした」と楠本さん。 しかし2016年に有田焼が創業400年を迎えるにあたって、行政も一緒になって“400年事業”が大々的に実施されたことにより、関係者たちに新たなつながりが生まれたといいます。世代交代をして新しいデザインや取り組みに積極的な窯元さんが集まったグループともつながりがあった楠本さんは、そんな人脈を生かしてHIZEN5に協力してくれる窯元さんたちを集めました。 始まりはアクセサリーの商品だったということですが、現在はガラスペンに力を入れているHIZEN5。コロナ禍の“ガラスペンブーム”が追い風になったと言います。
HIZEN5のガラスペンは、ペン先が共通のガラスで、持ち手の部分はやきものでできています。粘土から手で形作るものもあれば、型を使ってつくるものもあり、製法やデザインはそれぞれの産地、窯元の特徴が出ています。 これまでは、同じ産地でも窯元同士が「同じ製品を作っていこうなんて、まずありえないこと」だったそうで、ましてや産地を越えてこのように一緒にガラスペンをつくるという事は、かなり革新的な取り組みだったようです。 楠本さんは現在、各窯元から上がってくる商品の在庫管理も担っています。窯元によって納品のペースが全然違うようで「一番大変なのは商品が上がってこないことですね(笑)」とのこと。 というのも、現在は県の予算を活用して開発費や運営費をまかなっている状態。佐賀県の窯業が全体的に下火になっている中、HIZEN5に参加している窯元は普段の仕事に柱が通っているからこそ参加できているため、自社を立たせていくためにも、その柱の業務を優先させるのは当然のことです。そうなるとHIZEN5に時間を割くのが後回しになってしまうという難しさがあります。 「どこかが『HIZEN5で自立できて生活できるので私が背負います!』ってなれば問題ないですが、そこまではまだいけていません。あと一歩いければいいのでしょうが…。」 一方で、窯元さんたちはそれでもHIZEN5の取り組みには前向きで、良い刺激にもなっているようです。そこら辺の詳しい話はこれから、窯元さんたちの生の声を聞いてみましょう。 有田焼・文翔窯|技術と挑戦をこめた「アリタペン」
まず初めにやってきたのは、有田焼の「文翔窯」さん。 取材に応じてくれたのは、代表取締役の森田文一郎さん。日本いいもの屋で取り扱っている「アリタペン」をデザインし、作っています。
まずギャラリーに入った第一印象が、陶器でできた雑貨たちのかわいさ。四方いっぱいに並んでいて、見ているだけで心が和みます。 文翔窯は、曽祖父と一緒にやきものをやっていた森田さんの父親が、食器以外のやきものを専門にするために独立したのが始まりだそう。初めは電気のスイッチのカバーや、コンセントカバーをメインに作り、徐々にいろんなアイテムが増えていきました。
素人が見ると純粋に可愛いアイテムたちですが、実はとても高度な技術を必要とする文翔窯の商品たち。 通常のやきものは、焼きあがれば完成ですが、それに対して、文翔窯の商品はパーツにぴったり合って初めて完成します。逆に言えば、パーツに合わなければ全てやり直しです。
特にやきものは焼く過程で小さくなりますが、その収縮率も高さと幅で違ったり、土の硬さによって違ったりと、コンディションによって変わるため、型から作り直すなんてことは頻繁にあるそうです。そんな中でもミリ単位で寸法を気にしなければならない文翔窯の仕事に、一緒にいた楠本さんも「とにかく細かいです。ガラスペンの依頼も絶対ここしかないと思いました」と信頼を寄せていました。
「アリタペン」はシンプルながら洗練されたデザインで、釉薬の美しさとぷっくりとしたフォルム、繊細なディテールが特長です。 森田さんにデザインのポイントを聞いてみると、「一番は手に持ったときにしっかり馴染むようなフォルム」とのこと。また、ペンの長さと、持ち手の部分に縦に入っている「彫り」が「どうしたら一番きれいに見えるか」にもこだわったそう。この形に辿り着くまで、森田さんは木の棒を何本も手に握りながら「どれが一番きれいでかっこいいか」と形の研究を重ねたそうです。 細長いものはどうしても焼いたときに曲がりやすくて難しいそうですが、「長さはちょっと無理して長めに頑張って作った」とのこと。そう聞くと、シンプルなデザインでも職人技がつまっている「アリタペン」の魅力がますます感じられます。 作業場も案内していただき、「アリタペン」ができるまでの過程も、実際の型を使いながら説明を聞くことができました。詳細は、ぜひ動画をご覧ください。 もともと文房具を作っていて技術力も高い文翔窯ですが、HIZEN5の活動にあたり「せっかくだったら他の窯からも『よう作ったね』って言われるぐらいのものは作りたいと思った」と語る森田さん。HIZEN5の活動は売り上げだけでなく、互いに刺激を与え合い、新たな挑戦を生むきっかけにつながっていることがわかりました。 肥前吉田焼・副千製陶所|職人技が光る「掻き落とし」の水玉模様さて、次に向かったのは肥前吉田焼の産地であり、嬉野温泉や嬉野茶が有名な佐賀県嬉野市にある「副千(そえせん)製陶所」。肥前吉田焼の代名詞ともいえる水玉模様の器を作っています。
取材は代表取締役社長の副島謙一さんが応じてくれました。副千製陶所は1947年に創業し、副島さんで3代目です。水玉模様の器に加え、“ふくろもの”と呼ばれる土瓶類を得意としています。
水玉模様は、呉須(ごす)と呼ばれる藍色に発色する顔料を混ぜた化粧土に、回転するドリルのような道具を使って「掻き落とし」という技法で丸を彫っていきます。そのため、水玉の部分は少しくぼんでいるのが特徴。この「掻き落とし」という技法で水玉模様を彫っているのは、現在副千製陶所だけのようです。 そもそもこの水玉模様は、戦後の物資や人手不足の時代に、隣町の長崎県波佐見町の窯業技術センターの職員が考案した方法だったそう。一時はいろんな場所で作られていたそうですが「他の売れる商品を作るためにみんなが(水玉を)やめていく中で、うちが最後までやめなかった」と副島さん。
レトロとモダンが共存する象徴的な「掻き落とし」による水玉模様。意匠登録を勧める声もあるそうですが、「(この方法は)窯業界の財産」とした上で、「やろうと思えば(他のところも)やれるけどマンパワーがいるし、めんどくさいから絶対みんなやりたくない」と話す副島さんからは、自社の技術や商品に対する誇りが見えました。
「日本いいもの屋」の「ウレシノペン」は副島さんが1人で「掻き落とし」を担っています。実際にその場面も見せていただきました(動画参照)。 印もついていない中、迷いなく水玉の位置を定めてスイスイと彫っていく技術はまさに職人技。お茶碗なら全体を8等分、土瓶なら7列目が半分にくるように…などと、正確な配置で水玉を打つ必要がありますが、その感覚はもう手に刻まれているそうです。 さらに、水玉の美しさは削る深さに左右されるため、その加減は職人にしかわかりません。
特にガラスペンは細くて小さいためとても繊細。削る時の振動に負けて折れることは日常茶飯事だそうで、10本中半分折れることもあると聞いて驚きました。 そんな「特殊案件」のHIZEN5ですが、活動についてはどう思っているんでしょうか。 副島さんは「いいことだと思います」と話し、「色々挑戦させてもらうことで自分たちの技術的なレベルアップにもなる」と答えました。実際、HIZEN5や400年事業の時にできた横のつながりが刺激になっているようで、今では他の窯元と飲み仲間としてお互いの技術や悩みなどについて語り合うこともよくあるそうです。 伊万里焼・畑萬陶苑|伝統の鍋島様式で進化する「イマリペン」最後に訪れたのは、車で40分ほど離れた場所にある佐賀県伊万里市の「畑萬陶苑(はたまんとうえん)」。山水画のような景色が広がる大川内山の麓に、窯元が軒を連ねています。
ここのエリアは、江戸時代から明治初期にかけて鍋島藩の御用窯として徳川家への献上品を焼いていた、通称「秘窯の里」。門外不出だった日本最高峰の「鍋島焼」の伝統を受け継いでいます。かつての関所の跡も残っていて、不思議な空間に迷い込んだような感覚になる場所です。
畑萬陶苑は1926年に創設され、来年で100周年を迎える老舗。5代目の専務取締役、畑石博朗さんが社内を案内してくれました。 畑萬陶苑が手がける「イマリペン」は、「鍋島様式」と呼ばれる上品で巧妙なデザインが特徴で、特にその洗練された緻密な絵付けが一際目を引きます。 形状自体は先ほどの「ウレシノペン」と同じで、嬉野プロデューサーの辻諭さん(224ポーセリン)がデザインした型を使用しています。
特徴の絵付けは、全て職人さん達による手描き。すでに素焼きをした生地にコバルトブルーに発色する呉須で「線描き」をし、一度1300度ほどの高温で焼いたのち、赤や黄で色をつける「上絵付け」を経てもう一度焼き上げます。多くの陶磁器は、素焼きと本焼成の2回焼きますが、色によって熱の耐性が変わるため、上絵付けがある鍋島焼きでは3回焼くのが特徴です。 実際に「線描き」と「上絵付け」の作業の様子を見学させていただきました。職人さんたちは、それぞれ目の前の仕事に黙々と集中していて、室内はラジオの音だけが響くシンとした空気です。
こちらは「線描き」された「イマリペン」。一般的な器に対して細くて小さいため、細密さが際立ちます。一定の太さで線が描かれており、職人の技術の高さに驚かされます。
完成品は鮮やかな赤や金、深みのある藍色が目を引く「金彩赤濃唐花文」の柄ですが、実際「赤」だけでも絵付けの段階では何十種類と色があり、職人さんはその色を使い分けて赤絵付けしているとのことでした。 ギャラリーも案内していただきました。 ギャラリーには、江戸時代から続く鍋島焼の歴史と伝統、技術を感じさせる商品がずらり。さすが、献上品として作られていた格式の高さが随所に表れています。 そんな中、ガラスペンを作り始めたことにより、今までに無かった「文房具を入り口にした人」が「伊万里焼」や陶器につながる手応えを感じているという畑石さん。「伊万里焼や窯元さん達の発展につながる面白い取り組みで、普及していきたい」と話します。HIZEN5の活動について「これからどんどんまた新しいことをみなさんとやっていけたら」と、とても前向きですが、伝統の重みがある中で、新しいことに取り組む難しさはなかったのでしょうか。 実は、畑石さんの父である現会長は「これまでコテっとしたものを作っていたのに対して、ここ最近は伝統を守りつつ新しいものを作っていこう」と舵を切ってきたとのこと。最近は器だけでなく、香水瓶などモダンな商品にも取り組んでいるそうです。「鍋島の技術を活かしつつ新しいものを」という父の考えを受け継ぎ、「ブラッシュアップ・グレードアップした新しいものがまた歴史になっていく」という心構えを大切にしているそうです。
実際、お父様はかなり研究熱心で、フランス語で「革」を意味するキュイールという革のような質感の磁器を5年かけて開発。現在はお父様だけが作れるシリーズだそうです。 「伝統を守りつつ、新しいものがまた歴史になる」。まさに、その通りだと思いました。 3窯元の取材を終えて
3窯元の取材を終えて印象的だったのは、みなさんそれぞれ個性的でパワフルだということ。“やきもの”といっても技術や特徴が全く異なり、それぞれの魅力が輝いていました。また、共通して見えたのが、伝統を受け継ぎながらも新しいことに挑戦する前向きな姿勢。今までのものをどう現代にアップデートしていくかという視点が、今につながっているのだと感じます。このような産地を越えたコラボレーションが、今後どんな化学反応を起こしていくのか。これからの展開が楽しみです。 現在は県の予算も活用しながら活動しているHIZEN5ですが、1番の課題はどう自走化させていくか。海外にも目を向け、新たな市場を開拓しながら挑戦を続けようとするHIZEN5から目が離せません。 五つの地域がそれぞれ切磋琢磨しながら独自のやきものを発展させていく姿は、まさにかつての肥前国から受け継がれたDNAなのだと感じることのできる取材でした。 みなさま、お忙しい中あたたかく取材に対応してくださりありがとうございました!
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