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4th-market vol.2
Byaku
Byaku 取材記日本人になじみ深い香り、白檀(びゃくだん)。「おばあちゃんの扇子の香り」と聞けば、あぁ、あの香りね、と懐かしく思い出す方も多いのではないでしょうか。 そんな白檀をベースに、自然由来成分100%のオーガニックミストを手がけているのが「Byaku」です。ブランドを立ち上げた櫻井勲さんは、京都・上賀茂の地で100年続く京料理の家に生まれ、「京料理×香り」という今までにない発想から「あわく、はかない」香りを生み出しています。
今回はByakuに込められた想いを伺うべく、櫻井さんのルーツでもあるご実家「京料理さくらい」を訪ねました。 京都らしさを追い求めてたどり着いた、白檀
世界遺産・上賀茂神社の前を通りすぎると、社家町(しゃけまち)と呼ばれる門前集落が見えてきます。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された、風情ある街並みです。取材に伺った日は35度と猛暑日でしたが、すぐそばを流れる川のせせらぎが涼しげで、時折吹き抜ける風が心地良く感じられます。
笑顔で出迎えてくださった櫻井さん。門をくぐり、打ち水のされた玄関を通って室内へ。目の前には手入れの行き届いたお庭が広がります。池には大きな鯉が悠々と泳ぎ、「これぞ京都」な雰囲気に、ほっと心が安らぎます。
子どもの頃から、おもちゃよりも料理が好きだったという櫻井さん。 「幼稚園から帰ってきたら、制服を脱ぐや否や火鉢の上にフライパンを置いて、卵を割って、食べられるかどうかわからへんものを作っていましたね」 料理が自己表現だったという櫻井さんは、次男だったこともあって家業を継ぐ予定はなかったそうですが、自然と日本料理の道に進みました。しかし次第に、違和感を抱くようになります。 「世の中には好きなものを商売にできる人とできない人がいると思いますが、私は後者でした。友達や家族に料理を振る舞うのは楽しいんです。でもそこに対価が発生すると、自分の中で義務になってしまって」
その後は東京のホテルオークラでサービスの仕事を経験し、やがて友人の経営する印刷会社へ転職。香りとは無縁の世界でキャリアを重ねていきます。転機が訪れたのは、新型コロナが流行し始めた2020年でした。 「当時は通販型の印刷会社でお客様対応と品質保証の長をしていたのですが、2020年のゴールデンウィーク明けに希望退職が募集されました。同じ会社で10年ほど勤めてやり尽くした感もあったので、何か新しいことをしようと決心し、退職することにしました」 事業を起こして新しいことに挑戦するなら、京都らしくて、日本らしいものがいい。そう考えた先にたどり着いたのが、白檀でした。 寄り添う木によって香りが変わる不思議な木
「実を言うと、もともと私、白檀がそれほど好きではなかったんです」 えっ?どういうこと?? 「京都らしくて世界にも通用するものは何かと考えたときに、最初に思い浮かんだのが白檀でした。でも白檀の香りって、どっしり重たくて、奥深い濃厚さがありますよね。だから隣で誰かが扇子をあおぐと、逃げようのない香りだなと思っていたんです」 思いもよらない言葉に驚きました。あまり好きではなかった香りを、なぜ使おうと思ったのでしょうか。 「いろいろと調べ始めたら、白檀が不思議な木であることがわかったんです」
白檀は、“自分だけでは大人になれない木”なのだそう。他の木に寄り添わないと生きられない。しかも寄り添う木によって香りが大きく変わるのだとか。 「杉の側で育てば杉らしさのある白檀に、檜のそばで成長すれば檜風味の白檀になります。つまり“白檀の香り”と言っても、どんな木と過ごしてきたかによってキャラクターが変わってくるんです。これってすごく人生に似ていますよね」 さらに驚いたことに、これだけ日本らしい香りとして定着していながら、日本では自生しないのだそうです。
「推古天皇の時代に、淡路島に大きな木が流れ着いて、村の人たちが『なんか、ええ香りする』と発見したのが始まりといわれています。白檀が祀られている神社もあるんですよ」 その後、仏教の伝来とともに白檀が伝わってきたことで、日本にも浸透していったといいます。正倉院にも収められ、平安時代には十二単に焚き染めるお香として貴族たちに愛用されました。
ここで、実際に白檀の切り株を見せてもらえることに。一見すると普通の木ですが……手で少し温めてから鼻に近づけた瞬間、白檀の華やかな香りが一気に広がります。まるで香りを追加しているのではないかと疑うほど際立つ香り。これほどの力強い香りを自然に放つ木であれば、神聖なものとして扱われるのも納得です。 「白檀のことを知れば知るほど、どんどん面白くなっていきました。日本のものじゃないのに、日本を象徴するものになっている。そんなものは、他には思い当たりませんでした」
すっかり白檀の魅力に惹き込まれた櫻井さんは、世界中の白檀の香りをサンプリングします。 「私が恋に落ちたのが、南太平洋にある島の、華やかさのある香りの白檀でした」 ところがその白檀は、森の主が代々守る“聖域の森”に育つもの。簡単に使わせてもらえるものではありませんでした。森の仲介者からも、「森には他所の人を入れないのが基本スタンスだから、私が仲介しても森の主に許してもらえるとは限らない」と言われたそうです。
幸運にも櫻井さんの熱意が森の主に伝わり、儀式を経て“聖域の森”に立ち入ることが許され、理想の白檀を使えるようになりました。初めは一切笑顔を見せなかった森の主たちでしたが、儀式が終わると一気にフレンドリーに。今でも頻繁にやり取りをしているといいます。
ところで、Byakuで現在展開している4つの香り「和・敬・静・寂」。繋げて読むと茶道の精神を表す「和敬清寂(わけいせいじゃく)」が想起されますが、出発点はお茶の言葉ではなく、「敬」の字なのだそう。 「香りの名前に、『敬』という字をどうしても使いたかったんです。森の主たちへの敬意をずっと忘れないでおこうと思って。だから、白檀だけでつくった香りに『敬』と名付けました」
そして香りが4つになったとき、白檀と縁の深い茶道にちなんで「和敬清寂」から名前をとることにしたそうです。でも、なぜ「清」ではなく「静」を使っているのでしょうか。 「白檀の香りで心静かな時を過ごしてもらえたらという想いが強くあったので『静』にしました。私自身、タスクや家事に追われて一日があっという間に過ぎていた、ということがよくあります。そんな時に自分の気持ちをリスタートできる香りであればいいなと願いを込めました」 京料理から生まれた「あわく、はかない」香り
白檀といえば、まず思い浮かぶのはお香。けれど櫻井さんが選んだのは、お香ではなくオーガニックミストでした。 「お香は長い時間、香りを楽しむものですよね。でも友人から、子どもがいるとお香は使いにくいという話を聞いて。私自身も『その時だけ欲しい』に応えられる香りがあったらいいなと思っていたので、ミストに特化することにしました」 櫻井さんが目指しているのは、「あわく、はかない香り」。 「お椀の蓋を開けた時に、ふわっと立ち上がる。あのお出汁の香りをイメージしています」 長く香りが続くように作られているお香や香水とは真逆の発想。京料理をルーツにもつ櫻井さんならではです。
ミストタイプは気軽にいろいろな空間に香りを纏わせられるのが魅力ですが、どんな時に使うのがおすすめなのでしょうか。 「お風呂でシュッとすることですね。夕立の後に夏の匂いを感じると思うのですが、それは私たちの鼻が、湿度が高いほうが匂いを感じる構造をしているからなんです。だから湯気のある浴室で使うことをおすすめしています」 「あとは、香りのマリアージュも楽しんでもらいたいですね。好きな香りを組み合わせて空間にプッシュしてみてください」 コツは、香りが混ざるように同じ場所に同時に吹きかけること。どうぞやってみてください、とのお言葉に甘えて「静」と「寂」をシュッとひと吹き。なんだかクリスマスの時のオレンジと針葉樹のような香り! プッシュする回数でもまた変わってくるのだとか。主張しすぎない、すっと消える香りだからこそ、こうした楽しみ方もできるのですね。この楽しみを知ったら4本すべて揃えて、いろいろと試さずにはいられません。
繊細なByakuの香りは、調香もひときわ難しそう。でも櫻井さんは「そんなことないですよ」と軽やかに答えます。 「もう完全に、料理の感覚ですね。『この時期のお大根だったらこう食べたら美味しいよね』というのと同じです」 「同じ時期に同じ産地で取れるものは、どう料理しても美味しいんですよね。おなすとトマトなら、冷たい炊き合わせにしても、南仏料理のラタトゥイユにしてもいいし、ハンバーガーにスライストマトと焼き茄子が入っているのも美味しいじゃないですか」 話を聞いているだけでお腹が鳴ってしまいそうです。そんな料理の感覚から生まれるByakuのレシピの源は、櫻井さんのこれまでの人生で見てきたことや感じてきたこと。
「まずは仮のテーマを決めて、今までに見てきた景色を思い返しながら、頭の中にイメージを思い描いていきます。あとは、そこに咲いているであろう花や木を組み合わせていくんです」 たとえば、「和(なごみ)」の仮タイトルは「花」。白檀のある南太平洋の島でイランイランの花が咲いているのを見つけたことから、イランイランを組み合わせることを決めたそうです。 また、「寂(さび)」の仮タイトルは「森」。京都の素材を組み合わせた香りを作りたいという想いから、北山杉を入れることに。そこにどんな素材を合わせようかと考えていたときに浮かんだのは、櫻井さんらしい料理の記憶でした。
「夏場に考えていたのですが、『そういえば赤肉のメロンにジュニパーベリーをゴリゴリってして、塩とオリーブオイルをかけただけのメロンのサラダって美味しかったよね』というのを思い出して。それでジュニパーベリーに決めました」 香りのコンセプトや調香、そのすべてに料理人の着眼点が息づいているByaku。だからこそ、お互いの素材を引き立て合う調和のとれた香りに仕上がるのですね。「お椀をあけたときに立ち上がるお出汁の香り」というのも、よりいっそう、しっくりときました。 人と人とのつながり
Byakuは、2025年の大阪・関西万博で関西パビリオン京都ゾーンに出展するなど、立ち上げからわずか5年で注目を集めるブランドへと成長を遂げています。しかしその道のりは決して平坦なものではありませんでした。 お香や香水と違って、ミストは使い方が直感的に伝わりづらいもの。商品名や説明文、パッケージデザインなど、お客様に響く形を模索する日々が続きました。 そうした中で櫻井さんが大切にしてきたのが、ユーザーの声に耳を傾けること。 「展示会や百貨店のポップアップでお客様と直接お話することで気づくことは多いですね。香りには情緒的な要素もありますので、対話は大事だなと思っています」
さらに印象的だったのが、スタッフとの関係性。展示会で話をしてくれるスタッフは、皆ただの雇用された関係ではなく、ユーザーなのだそうです。おすすめの使い方や香りの選び方も、実際に使っているから、自分の言葉で親身に説明してくれる。そんな心強い仲間に、櫻井さんはお礼として手料理を振る舞うのだといいます。 「親が与えてくれた唯一無二の手わざは、食べることを通じて人と仲良くなること。同じ釜の飯を食べた仲は強いですから。だから私が不得意なことは、美味しい手料理と交換条件で、友達にお願いするんです」 写真を見せていただきましたが、とっても美味しそう!こんなに素敵な料理がいただけるのなら、喜んでお手伝いしたくなります。でも、それだけではありません。ご友人が快くお手伝いを引き受けているのは、櫻井さんのお人柄に惹かれているからなのだと、今日の短い取材時間のなかでも強く感じました。 いつでも話せる実店舗を京都に。そして世界へ。現在は催事とオンラインショップで販売しているByaku。コロナ禍に立ち上げたこともあって実店舗の優先順位は低かったと言いますが、今後は店舗を構えたいという想いもあるそうです。 「いつでも詳しい話が聞ける場所はないんですか、とお客様から聞かれることもありますし、スタッフと話をしながら香り選びを悩みたいというお声を聞くこともあるので、対話できる場のニーズはあるんだろうなと感じています」
また、最近は京都府立植物園と連携して、ワークショップなども行っています。 「白檀は日本では自生しませんが、京都府立植物園では白檀の栽培に成功していて、温室に樹齢30年程の木があります。赤い花も咲くんですよ。日本で白檀の花が咲くというのはとても貴重なことなんです」 この日、櫻井さんのご案内で植物園の温室も訪問。実際に見ると、自然の恵みをいただいているという実感がわいてきます。ですがこの白檀、植物園内ではあまり注目されていないのだとか。そこで白檀の魅力を発信できるようにと、新たな企画を考え中なのだそうです。
将来的には海外への進出も目指しているという櫻井さん。「海外の香水文化の中に、このあわくはかない香りをどう浸透させるかが課題」と話しますが、世界的に和食が注目を集める今、「京料理×香り」という世界観はきっと多くの人々の心を惹きつけるはず。今後の活躍から目が離せません。
最後に、櫻井さんにとって“香り”とは何かを伺いました。 「2つあるのですが、一つはタイムマシンなんだろうなと思っています。香りは、『これはあの時あの場所の香りと同じだな』と記憶を呼び起こしてくれます」 「もう一つが、表裏一体。香りは、幸せにもなれば不機嫌の元にもなります。同じ香りであっても、好きな人もいれば苦手な人もいて、これはずっと不思議だなと思っています」 そんな櫻井さんの香りの思い出は、「だし巻きとおくどさんでお米が炊ける匂い」。 「小さい頃、母は私をおんぶしながら料理をしていたので、直においしそうな香りが上がってくるんですよね」と、香りの記憶もやっぱり料理とつながっているのでした。
お話を伺っていると、Byakuは櫻井さんがこれまで歩んできた人生すべてが繋がって生まれた、まさに集大成なのだと感じました。これからByakuのやさしい香りが、たくさんの人の暮らしに寄り添い、それぞれの記憶と結びついていくーーそんな未来が楽しみです。 細やかな気遣いと柔らかい笑顔を絶やさない櫻井さん。長時間にわたる取材を快く受けていただき、ありがとうございました!
Byakuの商品 |
h collection
輝きを生み出す匠の技
石川県金沢市の緑に囲まれた静かな住宅地に、カットガラス作家 廣島晴弥さんの工房があります。 一歩足を踏み入れると、窓から差し込む自然光を浴びて、棚やテーブルに並べられたカットグラスの一つひとつが、キラキラと輝きを放っています。 その繊細なカッティングは、時を忘れて見とれてしまうほどの美しさ。 今回は、廣島さんのものづくりに込められた想いと、カットガラスの奥深い世界についてお話を伺いました。
カットガラス製品との出会い。専門学校からプロの職人へ廣島さんがガラス製品に興味をもったのは、とあるラジオ番組がきっかけでした。 「バーを設定にした番組で、カウンターにバーテンダーがいて、グラスに入った氷がカランと鳴り、聞き耳をたてるお客がいる……。そんな世界に憧れたんです。 その番組の本をたまたま本屋でみつけて開いたら、カクテルグラスの写真が本当に綺麗で。そこからガラス製品に興味をもちました」
廣島さんが大切に持ち続けている本『Tokyo Moto-azabu Avanti cocktail book』 カクテルグラスから生まれた憧れを胸に、廣島さんはガラスの世界への一歩を踏み出します。 ガラス工芸で有名な北海道小樽の工房に問い合わせたところ、地元の石川や隣の富山にもガラス専門学校があると教えてもらい、富山の専門学校で学ぶことに。 学校では吹きガラスからカットガラスまで、さまざまなガラス技術を学んだそうです。 「吹きガラスは時間との戦い。熱したガラスはすぐに固まってしまうので、臨機応変に素早く作業する必要があるんです。まさに体育会系ですね。 一方、カットガラスはもっと計画的に、一つひとつの線と向き合いながら進められます。もし失敗しても、ある程度はやり直せる余地がある。 僕はどちらかというと正確に、自分のペースで納得いくまで作り込みたいタイプなので、カットガラスの方が性に合っていると感じました。入学当初から、カットガラスをやりたいという気持ちはブレなかったですね」 富山の専門学校では、チェコから来た先生に教わる機会もありました。 その先生が見せてくれた古い技術書が印象的だったそうです。
実際に技術書を見せていただくと、基本的なカットのパターンがABCと順に解説されています。 パターンの積み重ねや組み合わせにより、美しいデザインが生まれることが伝わってきました。 【光をデザインする 】h collectionの設計哲学廣島さんのカットグラス製作は、驚くほど精密な設計図をもとに作られます。 見せていただいた図面には、グラスの円周が24等分され、そこに幾何学的な線がミリ単位でびっしりと描き込まれていました。
「例えば、ロックグラスにパターンを入れる場合、まずはグラスの高さと厚みを入念に確認します。 ロックグラスは底の部分に厚みがあるので、そこに深いカットを入れることで光が溜まり、キラキラと豊かな表情を見せてくれるんですよ」 デザインで意識していることを伺ってみました。 「デザインのパターンとして、江戸切子や薩摩切子に見られる伝統的なデザインは、着物などのように、連続する模様の美しさを追求しているものが多いのですね」
「一方、チェコなどのカットガラスは、シンプルで大胆なカットを部分的に入れることで、ガラスそのものの重厚感や透明度を際立たせています」
「私の場合は、それぞれの技法の歴史や美意識を尊重しながら、ガラス素材の持つ透明感や光の反射を引き出し、現代の生活空間に自然と溶け込むようなデザインを心がけています」 【一筋の線に命を吹き込む 】カッティングと磨きの技デザインの設計図が完成すると、いよいよガラスに命を吹き込む工程です。 まずは油性ペンで、ガラスに直接下書きを描いていきます。
一本一本慎重に。 この下書きが、正確なカットと輝きにつながるのです。
下書きが終わると、ガラスを加工する研磨ホイールが回転するグラインダーの前に座り、カット作業に入ります。
「まずは荒削りから。私たちは『あらずり』と呼んでいます。ガラスの厚みのある部分に、しっかりと深く切り込んでいくんです」 廣島さんが、ガラスをホイールに押し当てると、「シャーーーッ」という小気味よい音と共に、ガラスの表面が削られていきます。 その表情は真剣そのもの。 「削るときは、ぐっと押し当てるような感じで力を入れるんです。特に最初の荒削りは力が必要なんですよ。粗削りで深さを出した後は、工具を変えて細かく仕上げていきます」 人工ダイヤモンドが埋め込まれたホイールは、その形や大きさもさまざま。 表現したい線や模様に合わせて、使い分けるそうです。
「24等分の線に沿って削っていくとき、細い線は最初から一度で仕上げることもありますが、太いカットのときは間隔を空けてから徐々につなげていきます」
細い線や小さなカーブ、点などを削るための工具もあり、用途に応じて使い分けられています。 カットが終わると、次は2段階ある磨き工程です。 「基本的には、前日に下書きを全部描いておき、1日目でカットを終わらせます。2日目から磨きに入って、合計5日間で完成させるという流れですね。 磨きにはウレタン製のパッドを使います。使いやすいように、自分でカスタマイズしながら使っています」
磨いているとガラスが熱をもつので、水を度々つけるようにしながら、熱で割れないように細心の注意を払って作業しているそうです。
カットした部分を磨くと、曇りが取れて美しく輝くように(左のグラスが磨いた後)。
「工場で大量生産するときは『酸磨き』という薬品処理で磨くこともありますが、私の工房では一つひとつ、手で磨き上げます。 時間も手間もかかりますが、削った面に少しずつ光沢が出てきて、綺麗になっていく過程が好きなんです」 グラスに描かれた線を一本一本丁寧に磨き上げていくことで、美しい輝きが生み出されているのですね。 クリスタルガラスとソーダガラスの違いと魅力実は、ガラス製品といっても、素材によって特徴が大きく異なるそうです。 廣島さんに違いを教えていただきました。 「クリスタルガラスは、基本的に鉛が入っているので重量感があり、叩くと「キーン」という金属的な音がするんです。 日本では、「高い透明度」「重量感」「澄んだ音色(音の余韻)」がクリスタルガラスの条件になっています」
一方、私たちの生活に身近な、鉛を含まないソーダガラスは、軽くて傷つきにくく丈夫だそうです。 金属的な音はしませんが、衝撃や傷に強いので、普段使いのグラスや食器に向いているとのこと。
「クリスタルガラスは繊細なので、衝撃や温度変化にはあまり強くありません。 しかし、ガラスの中でも特に輝きが強く、カット面が美しく光を反射するため、高級食器や工芸品に多く使われています。 美しさを楽しみ、特別感を演出するのに最適なガラスですね」 ソーダガラスとクリスタルガラスの音の違い 人生を彩るギフトにh collectionのカットグラスは、結婚祝いや退職祝い、特別な記念日など、人生の節目を彩るギフトとして選ばれることが多いそうです。 「自分ではなかなか買えないけれど、贈り物でいただくとすごく嬉しい」というお客様の声も聞かれるとか。 店内に並んでいるさまざまなカットグラスを見ながら、特に人気の商品をお聞きしました。 「結婚祝いや記念日のプレゼントとしては、キラキラと輝くクリスタルの商品が人気です。 特に、シャインとレイヤーの組み合わせが人気ですね」
シャイン
レイヤー 「最近は引き出物でも、相手に合わせた組み合わせを希望されることが増えています。『この組み合わせを10セット』など、お客様のニーズに合わせて製作していますね」
また、ギフト以外に、日常使いや従来の用途以外にも使われているそうです。 例えば、足付きの「ラージステムグラス」は、ワイングラスとしてだけでなく、ホテルでウォーターグラスとして使われているとのこと。
ラージステムグラス「セレモニー」 「最近はお酒をあまり飲まない方も多く、ヨーグルトやパフェなど、デザートグラスとしても使われていますね ステムグラスは、持ち手部分が短く倒れにくいので、より日常的に使いやすくなっています。 独立と挑戦の道のり。「職人と作家」として歩む富山の専門学校を卒業した後、地元の石川にある工房で14年間働き、その後独立されたという廣島さん。 独立を決断したきっかけは何だったのでしょうか。 「地元に戻ってガラス工房で働きながら、2年目くらいから自分の制作活動もしていたんです。でも両方やるとなると休みなしの生活で。 30代前半になってそろそろどちらかに集中しようと考えるようになり、結婚のタイミングも重なって、思い切って独立することにしました」
独立後の歩みは、順調だったのでしょうか。 「最初の1年は本当に大変でした。前職の工房で流れを見ていたので、ある程度の見通しは立てられましたが、仕事の注文を取るところが大変でしたね。 はじめは、知り合いが引き出物などを注文してくれたり、口コミで少しずつ注文が入るようになったりといった感じでした。 展示会にも出ながら、独立から1〜2年経ったあたりで、ようやく『やっていけるかも』と思えるようになりました」
2017年の独立後、2019年に直営店を立ち上げた廣島さんは、「職人」として定番のカットグラスを作りつつ、「作家」としての活動も続けています。
吹きガラスの作家と図面で細かくやり取りを重ね、互いの技術と感性をぶつけ合いながら、2年に一度、作品発表会を開催しているそうです。 「気に入ったグラスを長く愛用してもらいたい」「お客様が何年後かに注文しても、同じものが買えるという状態を作りたかったんです」 定番の商品を作り続ける理由を伺うと、カットグラスを手に取ってみつめながら廣島さんが話してくれました。
「気に入ったものって、長い間使っていると、どうしても壊れてしまうじゃないですか。特に好きなものだと、同じものが欲しいな、と私も思ってしまうんですよね。 『あのグラスがまた欲しい』とお客様が思ったときに、いつでもお届けできるのが一番だと思っているので、定番のデザインを注文販売で作り続けています」 私たち日本いいもの屋の考えも廣島さんと同じ、いいものは永く使い続けたい。これまでご紹介した商品は基本的にはずっとご紹介続けています。
「手にしていただいた方に、ほっと一日の疲れをいやしたいときや、特別な瞬間に寄り添える器として使っていただけると嬉しいですね」 h collectionのカットグラスは、これからも使う人の日常に寄り添い、長く愛され続けていくのでしょうね。 作家でありながら、職人的な面も持つ廣島さん。 貴重なお話をありがとうございました。
左はお店の商品セレクトも担当する奥様、右は廣島さん
h collectionの商品 |
HIZEN5
HIZEN5 取材記古くからやきものづくりが盛んな佐賀県。有田焼や唐津焼、伊万里焼など日本有数のやきものの産地であり、日本の磁器発祥の地でもあります。自然豊かで窯業を営むための豊富な資源に恵まれたかつての「肥前国」では、各産地が互いに切磋琢磨しながら独自のやきもの文化が育まれてきました。 そんな「肥前のやきもの」の魅力をもっと気軽に楽しんでもらおうと、やきものの産地である佐賀県の5市町(唐津市、伊万里市、武雄市、嬉野市、有田町)の窯元と佐賀県が協力して立ち上げたのが、カジュアルブランド「HIZEN5(ヒゼンファイブ)」です。 地域のプロデューサーたちと各地の八つの窯元たち(2025年5月時点)が手を組みながら、「若者の感性とやきものの伝統技術を掛け合わせた商品をつくり、やきものを身近に楽しむ新しいライフスタイルを提案」しています。 今回は、HIZEN5が立ち上がった背景や今後の展望、さらに、現在「日本いいもの屋」で取り扱っているガラスペンを作る3窯元を取材しました。 産地を越えた新たなつながり
まず訪れたのは、日本磁器発祥の地である佐賀県有田町。 今回の取材の案内人である楠本将真さんは、HIZEN5の有田プロデューサーとして、HIZEN5の商品をつくる窯元同士のパイプ役を担っています。楠本さん自身は、有田町の「楠 - kusunoki- 」というやきものアクセサリーショップの店主です。 「HIZEN5は、やきものを若者たちに違う角度からアピールしようという県の事業としてスタートしました。各市町にプロデューサーを立てて、プロデューサーがそのまちの窯元に声をかけながらみんなで何か作っていこうというのが始まりです。」
その第一弾としての取り組みが、やきものアクセサリーを作ること。2018年ごろの話です。「うちがたまたま、やきものを使ったアクセサリーを作っていたので、有田(のプロデューサー)を担当することになりました。有田の窯元は比較的保守的な一面があり、自分みたいな、しがらみのないアクセサリー屋が間に入ることで話しやすくなることもあるようです」。 そもそも、佐賀県は唐津焼・伊万里焼・武雄焼・肥前吉田焼(嬉野市)・有田焼と五つのやきものの産地がありますが、以前は同じ有田焼の産地内でも、窯元の横のつながりはほとんどなかったそう。「『同業者には情報を出さない』という感じで、昔は工場見学もできないような雰囲気でした」と楠本さん。 しかし2016年に有田焼が創業400年を迎えるにあたって、行政も一緒になって“400年事業”が大々的に実施されたことにより、関係者たちに新たなつながりが生まれたといいます。世代交代をして新しいデザインや取り組みに積極的な窯元さんが集まったグループともつながりがあった楠本さんは、そんな人脈を生かしてHIZEN5に協力してくれる窯元さんたちを集めました。 始まりはアクセサリーの商品だったということですが、現在はガラスペンに力を入れているHIZEN5。コロナ禍の“ガラスペンブーム”が追い風になったと言います。
HIZEN5のガラスペンは、ペン先が共通のガラスで、持ち手の部分はやきものでできています。粘土から手で形作るものもあれば、型を使ってつくるものもあり、製法やデザインはそれぞれの産地、窯元の特徴が出ています。 これまでは、同じ産地でも窯元同士が「同じ製品を作っていこうなんて、まずありえないこと」だったそうで、ましてや産地を越えてこのように一緒にガラスペンをつくるという事は、かなり革新的な取り組みだったようです。 楠本さんは現在、各窯元から上がってくる商品の在庫管理も担っています。窯元によって納品のペースが全然違うようで「一番大変なのは商品が上がってこないことですね(笑)」とのこと。 というのも、現在は県の予算を活用して開発費や運営費をまかなっている状態。佐賀県の窯業が全体的に下火になっている中、HIZEN5に参加している窯元は普段の仕事に柱が通っているからこそ参加できているため、自社を立たせていくためにも、その柱の業務を優先させるのは当然のことです。そうなるとHIZEN5に時間を割くのが後回しになってしまうという難しさがあります。 「どこかが『HIZEN5で自立できて生活できるので私が背負います!』ってなれば問題ないですが、そこまではまだいけていません。あと一歩いければいいのでしょうが…。」 一方で、窯元さんたちはそれでもHIZEN5の取り組みには前向きで、良い刺激にもなっているようです。そこら辺の詳しい話はこれから、窯元さんたちの生の声を聞いてみましょう。 有田焼・文翔窯|技術と挑戦をこめた「アリタペン」
まず初めにやってきたのは、有田焼の「文翔窯」さん。 取材に応じてくれたのは、代表取締役の森田文一郎さん。日本いいもの屋で取り扱っている「アリタペン」をデザインし、作っています。
まずギャラリーに入った第一印象が、陶器でできた雑貨たちのかわいさ。四方いっぱいに並んでいて、見ているだけで心が和みます。 文翔窯は、曽祖父と一緒にやきものをやっていた森田さんの父親が、食器以外のやきものを専門にするために独立したのが始まりだそう。初めは電気のスイッチのカバーや、コンセントカバーをメインに作り、徐々にいろんなアイテムが増えていきました。
素人が見ると純粋に可愛いアイテムたちですが、実はとても高度な技術を必要とする文翔窯の商品たち。 通常のやきものは、焼きあがれば完成ですが、それに対して、文翔窯の商品はパーツにぴったり合って初めて完成します。逆に言えば、パーツに合わなければ全てやり直しです。
特にやきものは焼く過程で小さくなりますが、その収縮率も高さと幅で違ったり、土の硬さによって違ったりと、コンディションによって変わるため、型から作り直すなんてことは頻繁にあるそうです。そんな中でもミリ単位で寸法を気にしなければならない文翔窯の仕事に、一緒にいた楠本さんも「とにかく細かいです。ガラスペンの依頼も絶対ここしかないと思いました」と信頼を寄せていました。
「アリタペン」はシンプルながら洗練されたデザインで、釉薬の美しさとぷっくりとしたフォルム、繊細なディテールが特長です。 森田さんにデザインのポイントを聞いてみると、「一番は手に持ったときにしっかり馴染むようなフォルム」とのこと。また、ペンの長さと、持ち手の部分に縦に入っている「彫り」が「どうしたら一番きれいに見えるか」にもこだわったそう。この形に辿り着くまで、森田さんは木の棒を何本も手に握りながら「どれが一番きれいでかっこいいか」と形の研究を重ねたそうです。 細長いものはどうしても焼いたときに曲がりやすくて難しいそうですが、「長さはちょっと無理して長めに頑張って作った」とのこと。そう聞くと、シンプルなデザインでも職人技がつまっている「アリタペン」の魅力がますます感じられます。 作業場も案内していただき、「アリタペン」ができるまでの過程も、実際の型を使いながら説明を聞くことができました。詳細は、ぜひ動画をご覧ください。 もともと文房具を作っていて技術力も高い文翔窯ですが、HIZEN5の活動にあたり「せっかくだったら他の窯からも『よう作ったね』って言われるぐらいのものは作りたいと思った」と語る森田さん。HIZEN5の活動は売り上げだけでなく、互いに刺激を与え合い、新たな挑戦を生むきっかけにつながっていることがわかりました。 肥前吉田焼・副千製陶所|職人技が光る「掻き落とし」の水玉模様さて、次に向かったのは肥前吉田焼の産地であり、嬉野温泉や嬉野茶が有名な佐賀県嬉野市にある「副千(そえせん)製陶所」。肥前吉田焼の代名詞ともいえる水玉模様の器を作っています。
取材は代表取締役社長の副島謙一さんが応じてくれました。副千製陶所は1947年に創業し、副島さんで3代目です。水玉模様の器に加え、“ふくろもの”と呼ばれる土瓶類を得意としています。
水玉模様は、呉須(ごす)と呼ばれる藍色に発色する顔料を混ぜた化粧土に、回転するドリルのような道具を使って「掻き落とし」という技法で丸を彫っていきます。そのため、水玉の部分は少しくぼんでいるのが特徴。この「掻き落とし」という技法で水玉模様を彫っているのは、現在副千製陶所だけのようです。 そもそもこの水玉模様は、戦後の物資や人手不足の時代に、隣町の長崎県波佐見町の窯業技術センターの職員が考案した方法だったそう。一時はいろんな場所で作られていたそうですが「他の売れる商品を作るためにみんなが(水玉を)やめていく中で、うちが最後までやめなかった」と副島さん。
レトロとモダンが共存する象徴的な「掻き落とし」による水玉模様。意匠登録を勧める声もあるそうですが、「(この方法は)窯業界の財産」とした上で、「やろうと思えば(他のところも)やれるけどマンパワーがいるし、めんどくさいから絶対みんなやりたくない」と話す副島さんからは、自社の技術や商品に対する誇りが見えました。
「日本いいもの屋」の「ウレシノペン」は副島さんが1人で「掻き落とし」を担っています。実際にその場面も見せていただきました(動画参照)。 印もついていない中、迷いなく水玉の位置を定めてスイスイと彫っていく技術はまさに職人技。お茶碗なら全体を8等分、土瓶なら7列目が半分にくるように…などと、正確な配置で水玉を打つ必要がありますが、その感覚はもう手に刻まれているそうです。 さらに、水玉の美しさは削る深さに左右されるため、その加減は職人にしかわかりません。
特にガラスペンは細くて小さいためとても繊細。削る時の振動に負けて折れることは日常茶飯事だそうで、10本中半分折れることもあると聞いて驚きました。 そんな「特殊案件」のHIZEN5ですが、活動についてはどう思っているんでしょうか。 副島さんは「いいことだと思います」と話し、「色々挑戦させてもらうことで自分たちの技術的なレベルアップにもなる」と答えました。実際、HIZEN5や400年事業の時にできた横のつながりが刺激になっているようで、今では他の窯元と飲み仲間としてお互いの技術や悩みなどについて語り合うこともよくあるそうです。 伊万里焼・畑萬陶苑|伝統の鍋島様式で進化する「イマリペン」最後に訪れたのは、車で40分ほど離れた場所にある佐賀県伊万里市の「畑萬陶苑(はたまんとうえん)」。山水画のような景色が広がる大川内山の麓に、窯元が軒を連ねています。
ここのエリアは、江戸時代から明治初期にかけて鍋島藩の御用窯として徳川家への献上品を焼いていた、通称「秘窯の里」。門外不出だった日本最高峰の「鍋島焼」の伝統を受け継いでいます。かつての関所の跡も残っていて、不思議な空間に迷い込んだような感覚になる場所です。
畑萬陶苑は1926年に創設され、来年で100周年を迎える老舗。5代目の専務取締役、畑石博朗さんが社内を案内してくれました。 畑萬陶苑が手がける「イマリペン」は、「鍋島様式」と呼ばれる上品で巧妙なデザインが特徴で、特にその洗練された緻密な絵付けが一際目を引きます。 形状自体は先ほどの「ウレシノペン」と同じで、嬉野プロデューサーの辻諭さん(224ポーセリン)がデザインした型を使用しています。
特徴の絵付けは、全て職人さん達による手描き。すでに素焼きをした生地にコバルトブルーに発色する呉須で「線描き」をし、一度1300度ほどの高温で焼いたのち、赤や黄で色をつける「上絵付け」を経てもう一度焼き上げます。多くの陶磁器は、素焼きと本焼成の2回焼きますが、色によって熱の耐性が変わるため、上絵付けがある鍋島焼きでは3回焼くのが特徴です。 実際に「線描き」と「上絵付け」の作業の様子を見学させていただきました。職人さんたちは、それぞれ目の前の仕事に黙々と集中していて、室内はラジオの音だけが響くシンとした空気です。
こちらは「線描き」された「イマリペン」。一般的な器に対して細くて小さいため、細密さが際立ちます。一定の太さで線が描かれており、職人の技術の高さに驚かされます。
完成品は鮮やかな赤や金、深みのある藍色が目を引く「金彩赤濃唐花文」の柄ですが、実際「赤」だけでも絵付けの段階では何十種類と色があり、職人さんはその色を使い分けて赤絵付けしているとのことでした。 ギャラリーも案内していただきました。 ギャラリーには、江戸時代から続く鍋島焼の歴史と伝統、技術を感じさせる商品がずらり。さすが、献上品として作られていた格式の高さが随所に表れています。 そんな中、ガラスペンを作り始めたことにより、今までに無かった「文房具を入り口にした人」が「伊万里焼」や陶器につながる手応えを感じているという畑石さん。「伊万里焼や窯元さん達の発展につながる面白い取り組みで、普及していきたい」と話します。HIZEN5の活動について「これからどんどんまた新しいことをみなさんとやっていけたら」と、とても前向きですが、伝統の重みがある中で、新しいことに取り組む難しさはなかったのでしょうか。 実は、畑石さんの父である現会長は「これまでコテっとしたものを作っていたのに対して、ここ最近は伝統を守りつつ新しいものを作っていこう」と舵を切ってきたとのこと。最近は器だけでなく、香水瓶などモダンな商品にも取り組んでいるそうです。「鍋島の技術を活かしつつ新しいものを」という父の考えを受け継ぎ、「ブラッシュアップ・グレードアップした新しいものがまた歴史になっていく」という心構えを大切にしているそうです。
実際、お父様はかなり研究熱心で、フランス語で「革」を意味するキュイールという革のような質感の磁器を5年かけて開発。現在はお父様だけが作れるシリーズだそうです。 「伝統を守りつつ、新しいものがまた歴史になる」。まさに、その通りだと思いました。 3窯元の取材を終えて
3窯元の取材を終えて印象的だったのは、みなさんそれぞれ個性的でパワフルだということ。“やきもの”といっても技術や特徴が全く異なり、それぞれの魅力が輝いていました。また、共通して見えたのが、伝統を受け継ぎながらも新しいことに挑戦する前向きな姿勢。今までのものをどう現代にアップデートしていくかという視点が、今につながっているのだと感じます。このような産地を越えたコラボレーションが、今後どんな化学反応を起こしていくのか。これからの展開が楽しみです。 現在は県の予算も活用しながら活動しているHIZEN5ですが、1番の課題はどう自走化させていくか。海外にも目を向け、新たな市場を開拓しながら挑戦を続けようとするHIZEN5から目が離せません。 五つの地域がそれぞれ切磋琢磨しながら独自のやきものを発展させていく姿は、まさにかつての肥前国から受け継がれたDNAなのだと感じることのできる取材でした。 みなさま、お忙しい中あたたかく取材に対応してくださりありがとうございました!
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富士高圧プロダクツ / buntA
富士高圧プロダクツ / buntA 取材記神戸市長田区は、古くからものづくりの街として地場産業が根付く地域。住宅と町工場が共存する昔ながらの雰囲気がただよいます。
今回お邪魔させていただいた株式会社富士高圧プロダクツさんも、住宅街のいっかくに本社を構えます。1948年に創業して以来、長田で75年以上も靴のアウトソールやインソールを作り続けてきました。
そんな富士高圧プロダクツさんが、ゴム製造の技術をサンダルなどにも展開しようと、2019年に立ち上げたのが「buntA」です。
buntAの最初の製品は、ビーチサンダル「waraji sandal」。その素材は、もともと医療用インソール用に開発したゴム素材でした。 だから「waraji sandal」を履くと、自然と5本の足指をしっかりと使う「正しい歩行」に導かれるそうです。その足裏が包み込まれる履きごこちと、足の指で地面を踏みしめられるような安定感から、高齢の方にも愛用者が多いのだそう!
waraji sandalは、機能性とデザインが評価され、2024年度グッドデザイン賞にも選ばれました。今では全国の百貨店から、ポップアップ(期間限定の出店)依頼もぞくぞくときています。
そこで今回は広報担当の佐篠さんに、「インソールの素材を作っていた富士高圧プロダクツさんが、サンダルを開発することになったわけ」や、「どうしてwaraji sandalだと、5本指を使って歩けるのか」など、いろんな疑問にお答えいただきました。 さらに、ゴムの原料からサンダルができあがるまでの貴重な製造工程も、職人さんの解説とあわせてお届けします! 医療用インソールをサンダルへ
75年以上前に、ゴム靴の生産からスタートした富士高圧プロダクツさん。靴のアウトソールやインソールの素材を作る会社として歩んできました。 なぜ、サンダルの開発をすることになったのでしょうか? 「従来の医療用インソールはとても硬くて、せっかく作っても履いてくれない患者さんが多かったそうです。そこで、長年インソールを作ってきた私たちの技術を、どうにか生かせないだろうかと考えたのが始まりでした」 そこで、試行錯誤を重ねて開発したのが「マシュマロ」という最高級ラバー。
一般的なインソールは、足裏の負担を軽減するために、衝撃を吸収する役割を担います。 ところが、マシュマロを使った医療用インソールは、衝撃の吸収と反発の連続運動である「歩行」までも助けることができるのです。 その理由は、マシュマロが、低反発と高反発、反対の特性をどちらも持っているからだそう! このマシュマロを使った医療用のオーダーメイドインソール「mysole®」は、6,000人以上の疼痛などに悩む方々の歩行をサポートしてきました。
さらに、マシュマロを医療用インソールだけでなく、一般の人にも履いてもらえる製品にもしようと考案されたのが、waraji sandalでした。 「足指を使う歩き方をサポートする靴はどんなものかなと考えたとき、ヒントになったのは日本の“草鞋(わらじ)”だったようです。鼻緒を意識するため、足指を使用して歩くというのが、昔から実現されていた履物なんですよね」 だから、一見デザイン性に特化されているように見えるwaraji sandalですが、歩き方の改善ができ、長時間歩いても疲れにくい高機能なサンダルなんです。 そのため外反母趾に悩んでいる方や50〜60代の愛用者も多いようで…購入された方の最高年齢もお聞きしたところ、なんと、96歳だそうです!
佐篠さんも3年前からwaraji sandalを愛用しています。 「waraji sandalを履いていると、だんだんサンダルが自分の足の指の形に削れてくるんですよ。それくらい5本の指を使う歩き方になっているのだと思います」
サンダルですが、すべらず安心。でも、ビーチサンダルは滑りやすいイメージがありますが、大丈夫なのでしょうか?
「waraji sandalのアウトソールは、国産のガラスビーズやセラミックを配合した“スノーレイン”という素材を使っています。だから名前の通り、雪や雨の日も滑りにくい。ぬれた路面でも安心して履けるんです」 さすがはアウトソールも長年開発されてきただけはありますね。機能面だけでなく安全性もしっかり追求されています。 足指を使った健康的な歩行ができて、長時間疲れない。さらには雨の日も滑らず安全と、良いことづくめのサンダル…その製造過程も気になります。 そこで製造現場にもお邪魔して、原料からサンダルができあがるまでの工程を見せていただきました。 製造工程①原料の練り合わせ製造現場の職人さんたちは、製造工程を「パン作り」に例えながら、わかりやすく教えてくださいました。まずは材料を混ぜるところからスタート。パン作りでも材料を捏ねるところから始まりますね。 こちらがラバーの原料です。
ラバーは基本的にEVA樹脂と合成ゴムという2つの原料を練り合わせて作られます。 原料はそれぞれ数十種類もあり、組み合わせや分量は製品ごとに違うのだそうです。ちなみに富士高圧プロダクツさんでは、品質のブレが少ない国産品だけを使用しています。 続いてニーダーという大きな機械が登場。
“ゴー”という轟音とともに、ニーダーで熱と圧力をかけながら混ぜ合わせていきます。 不純物が混ざると製品が安定しないため、機械に飛び散った原料の粉まで丁寧に払っている、職人さんの姿が印象的でした。
原料が均一に混ざるよう、ニーダーの温度を120℃くらいまで上げていきます。 その日の温度や湿度によって微妙に変えなければならないニーダーの温度調整も、しっかり混ざったかも、職人さんが目視チェック。
職人さんのOKがでたら、次の工程へ移動です。 工程②発泡剤の投入
続いて、先ほど混ぜたゴムをローラーで伸ばしながら、「発泡剤」という膨らませ粉を加えていきます。 発泡剤を加えることでゴムの中に気泡ができ、独特の柔らかい触感が生まれるのだそう。パン作りでいうと、イースト(酵母)を入れる行程ですね。イーストも発泡剤も、焼いたときに生地を膨らませる役割を持ちます。 最初はローラーの摩擦でゴムが熱くなりすぎないよう、空気に触れさせて適度に冷まします。
これはカッターでゴムを切りながら、全体を冷ましているところです。 適温になったところで発泡剤を投入。もちろん製品ごとに発泡剤の分量も違います。ここでも均一に混ざったかは職人さんが目視で確認します。 工程③シート状にカット次に、ちょうどよい大きさにカットする工程に入ります。カットするのはこちらのロール機。
製品によってゴムの厚みを変える必要があるので、ロールとロールの間隔は職人さんが手で調整します。
ロール機から出てきたシートは薄いので、一枚一枚丁寧に、職人さん2人がかりで受け取っていきます。 それでも、最初にロール機に送る1〜2枚目は、どうしてもしわになったり破れたりしてしまうのだそう。ただし破れても廃棄するのではなく、最初の練り合わせの工程に戻して再利用しているそうです。
工程④油圧プレス機で加熱続いて、いよいよ「焼き」の工程に進みます。 加熱によって発泡剤からガスが発生し、ゴムに気泡ができることで、柔らかい触感が生まれます。パンも焼くことでなかの空気が膨らみ、ふわふわの触感が生まれますよね。それと同じなのだとか。 焼くのはこちらの巨大な油圧プレス機。
このプレス機の一段一段に、先ほどカットした薄いシートを何枚か重ねて投入し、加熱していきます。
こちらが焼く前のシートの状態。 プレス機で加熱するとき、機械の中の温度は160℃前後まで上昇。プレス機周辺にまで熱気が立ちこめます。
「プレス機の近くは、夏場50℃近くになりますよ〜」とおっしゃる職人さん。 そんなプレス機の前で、気温や湿度によって焼く時間を調整したり、焼き上がると17キロくらいになる生地を運んだりしているそう! 焼きあがると、プレス機の中で膨らんでいた生地が外に飛び出します。「パンッ」という音と同時にラバーが飛び出す瞬間は迫力満点。 先ほどまで薄いシート上だった素材が熱によって膨らみ何倍もの厚みになって出てきました!
空気の層をたくさん含み、重みも増したラバーを職人さんふたりがかりで運びます。 気温や湿度、生地の柔らかさを見ながら焼時間を調整する繊細な技術と、熱い空間で重いものを運ぶ体力、両方なければつとまらないお仕事だと感じました。
こちらが焼いた後のゴムの状態です。
焼く前のシートとの厚みの違いに驚きました。加熱してできるゴムの中の気泡が、サンダルのふわふわ触感の秘密なのですね! 小型プレス機で試作を繰り返す
大型の油圧プレス機の隣に、ちょこんと佇んでいた小さなプレス機。生地の焼き時間を変えるときには、この小型プレス機を使い少量の生地でテストをするそうです。
新製品の開発も、小型プレス機で行っているのだとか。buntA製品の開発を始めたばかりの頃は、1つの製品に3年くらいかけて、何度も何度も原料や焼時間の調整をしたのだそうです。
聞いているだけでも気が遠くなるような作業です。でも熱心に、そして楽しそうにお話される職人さんの様子から、ものづくりが本当にお好きなことが伝わってきました。 開発は大変そうですが、職人さんの表情からは新しいものを生み出す楽しさの方が全然大きいんだろうなと感じます。 今は、「屋内でも土の上で素足で遊べるような環境を作れないか」という社長さんのアイデアから、土を練り込んだラバーや、建設会社さんの要望で、建築用に燃えにくい壁材などの開発にも取り組んでおられるそうです。 今後のラバー開発にも注目ですね! 工程⑤指定の厚みにゴムをスライス焼きあがったゴムが冷めたら、製品ごとに指定された厚みにスライスします。スライスに使うのは、ロール状の刃が高速回転するこちらの機械。
スライスする前には、製品ごとに指定された厚みを機械に登録する必要があります。 ところが素材や気温、湿度によってゴムの硬さが変わるので、なかなか登録した厚み通りには仕上がりません。
そのためゴムの硬さをみながら、職人さんが機械を0.1ミリ単位で設定を微調整しているのだとか! 「この技術を習得するのに6年くらいかかりました」とおっしゃるのは、スライスを担当しているこの道8年目の職人さん。
スライスされたゴムの厚みも、1枚ずつチェック。多い時には1日数百枚ものゴムをスライスするそうです。
工程⑥サンダルの形へカット・鼻緒付けして完成へスライスされたゴムを専用の機械でサンダルの形へカットします。完成に近づいてきましたね。
もちろん製品によって、切り出しの手順や型が違います。鼻緒や組紐の穴を完全に貫通させるか一部を残すかといった細かい設計によって、裁断する機械も変わるのだそうです。
続く鼻緒の取り付け作業はすべて手作業。ゴムに傷がつかないように細心の注意を払いながら、一つ一つ丁寧に装着していきます。
サンダルごとに何種類も鼻緒があります。
この作業は職人さんだけでなく、店舗スタッフの方からアルバイトの方まで全員がマスターしているそうです。会社全員で製品を作り上げていこうという熱意が垣間見えました。
ちなみにwaraji sandalの鼻緒は、ミシンで手縫いした組紐を利用しています。組紐に芯材を入れてサンダルに縫い付ける工程は、できる職人さんが1人しかいないほど技術力が必要な作業。鼻緒の長さを1ミリ単位で調整しながら縫い付けるそうです。
この組紐は、かかとに引っ掛けて足をホールドする方法と、甲に乗せてぞうりのように足を入れる方法の2パターンで履くことができます。鼻緒が気になる人には、このように甲に載せて履くのがおすすめだそうです。
製造現場で一番驚いたのは、各工程に機械が対応しきれないほど繊細な調整があること、それを職人さんがカバーをされていることです。 足が守られるような「buntA」のサンダルの履き心地は、職人さんの熟練の技と細やかで丁寧な心遣いによって作られていることがわかりました。 サステナブルな製品開発が作る魅力実はラバーの種類は、waraji sandalに使用されている「マシュマロ」だけではありません。 「マシュマロ」のほかにも、マシュマロの普及版である「モチーズ」、軽くて水に強くキラキラの断面が特徴的な「カステラ」、最も柔らかい肌触りが魅力の「クリーム」の合計4種類を展開しています。
それぞれの特徴を生かしたサンダル、フィットネスやレジャーに使えるマット、ラバーバックなどを開発しています。 その中でも特に目を引かれたのが、「b–pac」です。夜の空に星が瞬くような素敵なデザインですよね。
「このb-pacは、ゴムで製品を作ったときに出た端材を細かく砕いて練り込んで作っています。他に端材を利用した製品としては、子どもがぶつかったり舐めたりしても安心なラバーのブロック(bRock)もあるんです」と、北篠さん。
今後は、子ども用のサンダルにも注力していく予定だそうです。 ちなみに、製品の耐久性にもかなり力を入れていて、佐篠さんが3年以上愛用するwaraji sandalもまだまだ履ける状態なのだとか。もし壊れても、修理をしてもらえるのはうれしいですね。 少しでも長く使ってもらう。少しでも廃棄を減らして資源を最大限活用する。そのような姿勢こそが、buntAの魅力的な製品開発に繋がっていると感じました。 「buntaro®」から「buntA」へ
そんなbuntAですが、2024年1月に「buntaro®」から「buntA」にブランド名を変更しています。 北篠さんによると、「もともと創業者の名前である“文太郎”をブランド名にしていましたが、海外展開を見据えて、外国人にも親しみやすく発音しやすい“buntA”へと名称を変えた」のだそうです。 少人数での運営のため、宣伝まであまり手が回っていない点が課題といいますが、いまでも、ギフトショーや百貨店の期間限定出店などに引っ張りだこです。 とにかく製造現場のデジタル化、自動化が叫ばれている現在。ですが富士高圧プロダクツさんの製造現場では、人の手が入ることで、より繊細なものづくりが実現されています。 富士高圧プロダクツの職人さんだからこそ作れるラバー製品の魅力は、日本にとどまらず世界に広まっていくと思います。 佐篠さんはじめ、製造現場の職人のみなさん、スタッフのみなさん、長時間にわたり取材にご協力いただきありがとうございました。
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工房アイザワ
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工房アイザワ 日本の伝統工芸を生かす道具を作ることを掲げる新潟県の燕市の老舗道具店。モノがなぜ存在するか、なぜ必要か。常にそのものづくりの原点に忠実に向き合います。機能美を追求し、装飾性を削ぐことでモノに生命を吹き込む。 それが工房アイザワのモノ造りとその姿勢です。 |
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金属加工の集積地で知られる新潟県の“燕三条”。特に燕市が作るスプーンやフォークなどのカトラリーは日本国内シェア95%を占めています。 今回は、そんなものづくりの町で大正11年に創業し、長く調理道具を作ってきた「工房アイザワ」にお邪魔しました。 取材に応じてくださったのは5代目の社長で代表取締役の相澤保生さんです。 ![]() 工房アイザワさんは業態でいうと問屋さんにあたります。実際に製造されるのは同産地のメーカーさんたちです。最近ではメーカー発のブランドが多く見られるようになりましたが、その中でも工房アイザワさんが存在感を持っているのはなぜなのか? 日本いいもの屋としても基本的にはお取り扱いさせていただくブランドはメーカー発のものが多いのですが、なぜ工房アイザワさんをご紹介したいと思うようになったのか?今回の取材ではそれらの理由もわかっていただけると思います。 機能に向き合うことが出発点 工房アイザワの商品は、時代を超えて普遍的に使える道具が並びます。その背景には、常にそのモノが「なぜ存在するのか」という問いがあるようです。 相澤さんは、商品を作る上で「まず一番最初にはっきりさせないといけないのがその“機能”」と断言します。 「商品である前に“道具”。機能を曲げてしまったら道具にならない。かっこよさやデザインを先に追求すると、その道具がなぜ存在するかというメインのところがぼやけてくる」 ![]() そのため開発の際はデザインやシルエットから入らず、外部のデザイナーさんも基本的には頼まないのだとか。 商品の企画は全て相澤さんが担当し、「なぜその商品を作るのか」と機能から考えます。出発点はあくまで「機能」。 ![]() 用途に合った材料は何か、どうやったら使いやすいか、あるいは持ちやすいか…。そのようなことを追求した結果、工房アイザワの特徴である機能的で丈夫な商品が誕生しています。 「その分シルエットはかっこよくないと自分では思っているんですけどね」と笑う相澤さん。 ![]() 商品に惹かれるのは、きっと必要な機能が備わった“機能美”があるからなのでしょう。なにをもって“かっこいい”のか?なんとも基準が難しい問題ですが、私は工房アイザワの商品はかっこいいと感じています。 “機能美”がある商品は自然とかっこよくなる、のかもしれませんね。 時代を越える道具たち 工房アイザワは相澤さんの祖父によって大正11年に創業。地方問屋として始まりました。隣町の三条市で作られた農作業の道具をはじめ、人々が必要とするものを売っていました。 ものづくりを始めたのは3代目の相澤さんの叔父の代から。玄能(金槌の両方平たいもの)やカンナ、キリといった大工道具を作っていましたが、お客さんに「鍋を作ってくれ」と言われたのをきっかけに調理道具も作るようになったそうです。大工道具については電動化が進む時代の中で次第に作るのをやめ、調理道具にフォーカスするようになりました。 元々、会社がある燕市はキッチン用品の生産が盛んな街だったこともあり、調理道具を約50年作り続けて現在に至ります。 ![]() 多くの店が時代とともに立ち行かなくなる中で、相澤さんは長続きする理由を「(商品を)道具だと思っている」からだと語ります。 「道具はいつの時代も道具。行平鍋だって江戸時代からあの形が続くのは、やっぱりあの形が正解なのかなって思う。デザインから入らない分、派手さはないし、カラフルさもない。よく言えばシンプルですけど悪く言えば単純。例えそれに飽きてかっこよさを求めても、結局元に戻ります。結局こいつらが正しいんでしょうね」。 ![]() この部分はとても工房アイザワさんらしい部分。追求した先にやはり同じ道具がある、こうしたものづくりのプロが試行錯誤しながら迷いながら行き着いたものを私たちが手にすることができる。なんだかそれだけでも贅沢な気がしてきます。 原点を見失わない。 コロナ禍、燕市では沢山のアウトドア商品が生産されました。コロナ禍でも楽しめるキャンプなどのアウトドアが流行し、燕市のメーカーさんや商社さんも売れるのであればと様々なアウトドア製品を作られたそうです。 確かに当時アウトドア商品が世の中に沢山出てきてキャンプなどのアウトドアブームがあったような印象です。現在でもキャンプなどアウトドアをする人は沢山いますが、一時期のブームのような時期は過ぎたように思います。 当時、相澤さんは周囲の会社がアウトドアブームに乗っていく中、アウトドア道具を作ることはされませんでした。 ![]() 「たしかに魅力には感じました。でも、これやってその先どうするんだ?と考えるわけです」 「自分たちは何のためにやっているのか、会社をでかくしたいと思えばそれなりの方法があるけれど、規模は現状でもいいんだけれど納得したいものを作りたいという想いが強いんです」 相澤さん自身、流行りの波に乗ることは否定されているわけでは無いのですが、乗るのであれば乗り続ける必要がある。「でも少なくとも自分にはその才はないです」と、相澤さん。 ![]() 自分自身をよく知り、会社の目的を見失わない。時代の流れや流行り廃りがあるなかでも、こうした原点を見失わない姿勢が、時代を超えて普遍的に使える道具を作り続ける工房アイザワさんを作り上げているのですね。 工程一つに妥協しない 商品のクオリティーの高さも工房アイザワの魅力です。100円ショップに調理道具が売られているように世の中には安価な製品が溢れていますが、「納得できる道具」を作ることに妥協しません。 ![]() 例えばスプーン一つにしても、写真にある6工程以外に、倍以上もの工程があるとのこと。工程を省いたり、材料の質を落とすこともできますが、一つでも省いたらクオリティが大きく落ちてしまうそうです。 安く作ろうと思えば研磨だけでも4工程、5工程を省けるそうですが、考えの根底には「どうしたら道具として使いやすいか」という発想があるため「価格云々ではない」と。 ![]() 実際にスプーンのようなカトラリーでは、バレル研磨(ドラム缶のような設備に石のようなビー玉のようなものの中にいれて回して研磨する工程)を1回で終えるのか、何度も行うのか。これによって仕上がりが全く変わってくる。 省けるけれど省かない、これがとても大事なポイントなのですね。 そんな相澤さんの1番の理想は「親から子へ、ずっと使い続けていくこと」だそう。カトラリー一つにしても引き継いでもらうことを考えるほどにこだわりをもっています。 ![]() 価格でいえば安価なものはいくらでもある現代、なぜこの道具を使うのか・選ぶのか。すごく大事なことを教えられました。道具を選ぶ時「子供に使い繋げたいか?」と考える発想は大切なのかもしれません、使い繋げたい道具の後ろには必ず素晴らしいものづくり・作り手が存在します。 製造現場へ、職人の絶妙な手加減の積み重ね 燕市は分業が盛んな町。工房アイザワは自社に製造現場を持たず、理念を理解してくれる地場の協力工場や各地の職人と連携しながら商品を作っています。 ![]() 金属やステンレスは、やはり金属加工が得意な燕市で。必要な金型などは工房アイザワさんがコストを負担します。 その他、竹の商品は竹細工で有名な大分県別府市で作ってもらったり、漆は漆が得意な石川県の片山津にお願いしたりと、日本各地のその素材が得意な地域と手を組んでいます。自社に現場がない分、いろんな種類の商品を作れることが強みになっています。 今回はその中でも燕市のステンレスの鍋やタンブラーなどを加工している工場を案内してもらいました。 ![]() 作業は職人が機械に向き合い丁寧に手作業で進めていきます。一見簡単そうに見える作業も、実は職人の絶妙な手加減とちょっとした工夫の積み重ねがあり、他に誇ることのできるクオリティが保たれています。 ![]() 例えば鍋の取手。 ![]() 機械で曲げる前に一つづつ人の手で油を塗ります。そうすることで金属に傷をつけずに曲げることができています。 ![]() また、こちらは製品の蓋になるパーツ。 ![]() 素人の目ではわからない金属の目の方向を瞬時に見分け、その方向に沿って丁寧に機械で磨きをかけてツヤを出していました。 ![]() これはあくまで1回目の研磨。すでに綺麗に見えますが、この後の工程で2回目の研磨をするそうです。その時の金属の生地によっては、さらに工数が増えることもあるそうです。 ![]() こちらはケトルの持ち手をつける工程です。製品に傷がつかないようにカバーをしながら丁寧に作業をされていました。 ![]() このように機械の作業に「人の手を入れたい」という思いは相澤さんの先代たちから引き継がれる思いです。そのような思いが工房アイザワの商品のちょっとした温かみや自然な形につながって、ここまで続いているのですね。
取材を終えて 燕市をはじめとする各地の工場とコミュニケーションをとりながら、長く支持される商品を作り続けてる工房アイザワ。 ![]() シンプルに見えてもどこか他とは違う、一線を画した雰囲気がありますが、原点からぶれず、使いやすい道具を作るために細かい部分も妥協しない姿、作り手の小さい気遣いを積み重ねる姿をみて納得しました。 ![]() 相澤さん、工房アイザワ、工場のみなさん、取材に協力してくださりありがとうございました! |
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雪平鍋 艶消し (18cm 20cm)
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純銅製の卵焼き器 (9cm 12cm)
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ストレートケトル
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ミマツ工芸 / M.SCOOP
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ミマツ工芸 / M.SCOOP 佐賀県南部にある筑紫平野にミマツ工芸の工房はあります。 家の中で、埋もれがちなアイテムに居場所をあげよう。という想いからM.SCOOPは生まれました。 「置く」という些細な動作を、愉快なワンシーンに変える。シンプルで上質なものを作り続けています。 |
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古来から日本人の暮らしと共にあった木材。機能性だけでなく、木材ならではの温かさや安心感が私たちの生活を支えています。 佐賀県と福岡県の南部にまたがる筑紫平野の中心に位置する大川は、日本最大の家具生産地。今回は木工業が集まる大川の地で、暮らしに心地よさをもたらす木のプロダクトをつくる「ミマツ工芸」にお邪魔しました。 「ミマツ工芸」は現在、三つのブランドを持っています。大切なツールに置き場をつくる「M. SCOOP(エムスコープ)」、国産の杉の木目を生かした日本伝統の模様の贈り物「NENRIN(ネンリン)」、暮らしに花や自然の表情を取り入れる「GREEN(グリーン)」。 家具のまちで家具を大量生産していた時代から、「つくりたいものをつくる今」にどのように至ったのか。ミマツ工芸がたどってきた足あとを紹介します。 ![]() 8月上旬の佐賀県神埼市。「ミマツ工芸」は青々とした田んぼに囲まれていました。 取材に応えてくれたのは、代表取締役社長の實松(さねまつ)英樹さんです。 ![]() ショールームに入ると、洗練された木製品が棚に陳列され、心地の良い木の香りがしていました。 大量生産の時代から自分が作りたいブランドへ 「ミマツ工芸」は實松さんの父親によって昭和47年(1972年)に創業しました。シンプルな家具が好まれる現在と違い、当時はヨーロッパ風の装飾が施された家具の需要が高い時代。大川家具を分業で作る地元で家具がどんどん売れる時代の流れに乗り、菓子職人をしていた父親は木製のテーブルの足を作るための会社を立ち上げました。 一帯では木工工業がどんどん栄えていきました。元はテーブルの丸い足だけを作っていた父親の会社も工場を拡大して大型の機械を導入し、婚礼タンスの引き出しを作ったり、取手や枠も作ったりするようになりました。 ![]() 實松さんが若い頃は、朝の8時から夜中の12時まで働くような時代。そこまでしないと生産が追いつかないほどの勢いでした。ただただ発注された部品をがむしゃらに作る日々。お客さんの顔が見えない商売に「こんなに大量なものがどこにいくんだろう」「本当にどこかの家に入っているのか」「いつかは仕事がなくなるんじゃないか」という疑問や不安があったそうです。 30代になり、實松さんは会社の将来を考えるために先進地の視察などいろんな場所に出かけ、いろんなものを見て回りました。「うちの会社だったらどんな魅力あるモノがつくれるのか」。考えながら、2006年40歳を機に自社製品開発事業をスタート。2008年に自社ブランド「M. SCOOP」を立ち上げます。 初めはバイヤー主体で「こんなものなら買いますよ」との言葉を受け、iPodやiPhone関連の商品を開発し作っていた實松さん。「自分は、どうかなー?と思っても買い取ってくれるからしょうがない。そんなものづくりでいいのか」。そんな疑問が湧いて、「自分が欲しいと思うモノや、大切な人の贈り物にしたくなるモノを作る」ためにリブランディングも着手しました。これまでは作ることに徹していた實松さんですが、リブランディングを行うと決めてからは、自らお客さんとの窓口にもなりました。 ![]() 当時はスティーブ・ジョブスが活躍していた時期。「あんなスマートなもの(iPhone)を持って軽やかに仕事をこなすような男になりたい」という憧れから「そんな男性になりたいなギフト」「かっこいい男性になってよギフト」をつくる方向性が固まりました。 国と時代を超えて愛されるものに心地いい置き場所を 「iPhone、腕時計、メガネ、ペン」。この四つは實松さんが毎日必ず会社に持っていくもの。さらに共通するのは、どれも實松さんが好きなものであるということ、いつの時代も変わらないであろうということ、万国共通であるということ。「変わらないものを絶対的に永久的に使っていきたい」という想いで、この四つに関連するものを作ることにしました。 ![]() デザインはプロにお願いし、實松さんはそれを形にする。当初開発会議の際、作りたいモノを説明しても「売れ筋じゃないよね」と言われることもありました。特に、腕時計置き。實松さんは以前から、机にわざわざ卓上時計を置くのではなく、自身の腕時計をデスクウォッチにしたいと思っていた気持ちとイメージを説明し「売れなくてもいい、同じように思っている人が多くなくても何人かいるはずだからそれでいい」と自身の想いに沿い、開発をスタートしました。 ![]() そうして生まれた腕時計スタンド「D. Watcher(デーウォッチャー)」、今ではブランドのベストセラーです。 ![]() 「メガネ置きは、ミマツ工芸の原点であるテーブルの足をイメージしました」と、デザイナーの一言に、「すごい、さすがプロだ!」と感じたそうです。色は何年かに一度、「その時に感じた色」をリリースしています。写真に写っているのは「地域の色」。一つひとつ絶妙な塩梅で調合し、塗装は地元の信頼できる会社にお願いして表面の質感にまでこだわっています。 「僕らが良いと思うものを、多くなくても共有できる人に届けていければいい」という納得できるやり方で、「その時に出会った人や場面、感じたもの、大切なものから新しいものが生まれる」と實松さんは語ります。 ヨーロッパで与えられた課題から生まれた「NENRIN」 2015年と16年。世界に進出したいという思いもあり、以前から「世界で一番魅力的な展示会」と聞いていたパリで開催される「MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)」に「M. SCOOP」を出展しました。 一つ一つ手を抜くことなく、どこから見てもきれいに仕上げた自社の製品たち。来場者がペン立て一つにしても隅々まで注目してくれたのが自信につながったと言います。「自分で会場を見て回っても『僕らが作っているもののクオリティーは高いんだ、いいものができているんだ』と感じることができました」と實松さん。一方で、日本で販売している価格と海外の人が出そうとしてくれる何倍もの価格のギャップに課題を感じたそうです。 ![]() もう一つ課題になったのは「なぜアメリカの木を使っているのか」という来場者からの問い。地元の家具業界では九州にない広葉樹をアメリカから輸入するのが当たり前でした。「日本には木が生えてないの?」とまで言われてしまい、「自分の地域に何があるか」「日本らしいものはなんなのか」という模索が始まります。 ![]() 模索を始めて思い出したのは、1998年から實松さんがコツコツと作り直売していた年輪時計。佐賀県産の杉の木目を生かした丸太時計で、退職や還暦、米寿などの節目に、その人の歩みをたたえて贈るメッセージ性のある商品です。切り倒してから加工するまでには一年ほど上手く乾燥させなければならないため、作れる数はかなり限られていましたが、お客さんの顔が見えない商売をしていた時代でも、唯一お客さんと直接やりとりをして「買っていただいた喜び」と「自分の仕事が本当に喜んでもらえている喜び」を確認できる商品でした。 ただ、佐賀の杉の木は形も色もバラバラで「シンプルで美しいプロダクト製品が生み出せるような素材ではないと思っていた。」と實松さん。そんな時に「年輪経営」を掲げる大手自動車メーカーから自社の森の杉を使って毎年製品を40、50個つくってほしいという依頼を受けます。 ![]() 「その時に向こうから送られてきた木が、ぎゅっと小ぶりできれいな丸太でした」。初めてここまできれいな杉を見たという實松さんは「こんなきれいな杉だったら何かプロダクトができるんじゃないか」と、新たな「年輪時計」プロダクトに取り組む事にしました。 こうして試行錯誤しながらたどり着いたのが、国産の杉の木目を生かして日本伝統の吉祥文様に仕上げた新しい年輪時計です。 ![]() 「一本の木からつくる」ことに意味がある従来の年輪時計の思いはそのまま、さらに「おめでたい」ことを意味する日本伝統の紋様を自然の木目で表現することで、杉の美しさと日本らしさがつまった商品のブランド「NENRIN」が完成しました。現在、年輪時計は商標登録されています。
足元にある楽しさを 一方で「GREEN」は、一輪挿しを生活に取り入れるためのブランドです。テーマは「日常の足元」。野草が好きな實松さんが、野草があることで感じる「いつも行き来する道でのワクワク」を共有したいとの想いから生まれました。 ![]() 「野草は、風に揺れる細く繊細な茎や葉っぱが絶妙に美しく、つい眺めてしまう。しかしこれは流石に作れない!だったら、それに合うものを開発し心地良い暮らしの場をつくろう」という想いで商品ができています。 使われる木材は、自然にしかない個性や表情、美しさを代表するものたち。そこに、一輪挿し用の試験管などが付いています。 展示会がある時には、東京でもどこでも街中を散歩して自分でとった野草を持参しています。「ビジネススーツを着て、野草を持って歩いてるような男性、そういうスタイルいいと思いません?」と實松さんは笑います。
杉の美しさを最大限に引き出す選別 ここからは、工場内を見学させてもらいましょう。 ![]() ミマツ工芸では、實松さんが試作品をつくった後、従業員に一つ一つ作り方を教えながら切る、貼る、組み立てるなどの作業を任せます。「同じものを作れないと製品化できない」。再現性が求められるため、試作品から製品化するまでに数年かかることもあるそうです。 ![]() 木の選別は全て實松さんが担います。 ![]() こちらは年輪時計用に自社でブロックにした杉。ブロックにするのも精度を出すのが難しい作業です。實松さんは木ごとにまとめられたブロックを指差しながら「これはきれい、これはきれいじゃない、これは美しい絵にならない、この赤みはきれい」と一瞬で全体のイメージまで見極めていきます。素人の目には全てがきれいに見えましたが、こちらには分からない絶妙な色や木目の違いがあるようです。面によっても表情が違うため、一番美しい吉祥文様になるよう「市松」にするのか「波文」にするのかなどを決めていきます。 ![]() 世の中には、ガラスや金属等、素材の良さを生かした魅力ある製品がたくさん存在しています。「僕は、木という素材が持つ個々の表情の違いを最大限引き出した美しいモノが、僕のつくりたいもの」と實松さんは語ります。 作家ではなくインダストリアルの仕上げ方 ![]() こちらは「M. SCOOP」のペン立てにもメガネ置きにもなる商品。お客様の要望から生まれました。ここから内側にフェルトを貼ったり、塗装をしたりして仕上げます。 木の削り方は素材に合わせて調整します。「試作品を一つ作る際は、極端な話一個一個調整すれば形になる。しかし、僕らが作るのは均一な精度を保った製品」と實松さん。「『削った状態が仕上がり』ぐらいのレベルにしなければ整わない」、「あとで補修するという気持ちは基本持たないようにしたい」と話します。 特にこの商品は、縁の数ミリの幅を均一にするのが、デザインのポイント(生命線)です。いくつもの工程を経て、ようやくこの形になるそう。磨きの工程でも、この絶妙な角を生かすのがポイントです。 ![]() こちらが完成品。このような細かい積み重ねが、一目できれいだと思える商品につながっているのですね。
取材を終えて ![]() ペン立て一つにしても「多分こんな(こだわって)やってるのは珍しいかもね」と嬉しそうに言う實松さん。自身が本気で楽しんで納得できる仕事をしているのが伝わってきました。 「自分がどうありたいか」「どうあったら自分がもっと心地いいのか」。 注文された数をがむしゃらにこなしていた下請け時代と打って変わり、實松さん自身が変わらないものに目を向けて、心地よいものづくりを追求するようになりました。そうした中で、その時々の出会いや感性が商品に生かされているからこそ、私たちの暮らしにも心地よさをもたらすものができているのだと感じます。 「生み出す製品は、永久デザインの想いを持って作っていきたい。常に改良を続け、もっともっと本物の機能を追求していきたい」と語る實松さん。これからも目が離せません。 實松さん、ミマツ工芸のみなさま、長時間にわたる取材にご協力いただき、ありがとうございました! |
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スマホスタンド
Mobile catcher |
ペン立て兼ペーパーウェイト
p-pen place2 |
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腕時計スタンド
D.Watcher |
メガネ置き
GLASSES PLACE |
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ペン立て
70G case |
clife / 宇内金属工業
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clife / クリフ 金属、革を使用した雑貨で心地良い日々を生み出すライフスタイルブランド。 私たちの仕事は『リラックスした日常』をテーマに、あなたの日々の暮らしをほんの少し心地良くする事。 メイドインジャパン・メイドインオオサカ。金属加工技術とレザークラフト技術、デザインの力で人々の気持ちに寄り添う製品を提案。 |
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みなさんは、使えば使うほど魅力が増していく“経年変化”という言葉をご存じでしょうか。 本革や金属、木材、デニム生地などをイメージしていただくと分かりやすいと思いますが、長い時間をかけて使い込むことで、色や質感が変化することを指します。 使う人の個性によってその変化がひとつひとつ異なることから、「育てる」と表現されることもありますね。 当店でも経年変化が楽しめるアイテムをたくさん取り扱っていますが、なかでも今回は、革と金属を組み合わせてオリジナル商品を生み出す「宇内(うない)金属工業」にお邪魔しました。 訪れたのは、大阪市東成区。 製造業が多く、モノづくりが盛んな地域のひとつです。 お話をお伺いしたのは、装身具事業部企画課副部長の中村 拓也さん(右)と、企画・営業の石原 実千瑠さん(左)です。 宇内金属の自社ブランド「clife (クリフ)」では、さまざまな商品を展開しています。 ![]() ![]() すべて社内で一貫生産されており、機能的ながらユニークなデザイン性と、素材へのこだわりが魅力です。 ![]() 今回の取材では、その誕生秘話から商品に込められた想い、製造現場の様子までたっぷりお届けします。 培われた、デザインの経験 clife (クリフ)の商品は、他の革小物ブランドとはひと味違う、個性的なデザインが目を引きます。 これらをすべてデザインし、形にしてきたのが中村さんです。 でも実は、最初から現在のような商品を専門に作ってきたわけではないそう。 「僕が20代で入社した時は、毎日ベルトのバックルのデザインばっかりやってました」と中村さん。 当時はまだ、物作りも販売もすべて国内で完結していた時代。 日本人が使う物は、日本人が作って、日本人が販売するのが当たり前でした。 「ところがいつの頃からか、海外に買い付けに行ったり、工場が移転するようになったりして、徐々に国内産業が衰退していったんです」 時代の流れにあわせて、中村さんの仕事も少しずつ変わっていきます。 今までは日本製のバックルだけだったのが、台湾製のバックルもデザインするようになり、また数年後にはバックルだけでなくベルト全体のデザインにも携わるように。 さらにはお財布もデザインするようになり、どんどん仕事の幅が広がっていきました。 モノ作りへの、熱い想い 「特に財布のデザインって、構造上どうなっているか、わりと緻密に設計していかないと、つじつまが合わなくなってくるんですよ」と中村さん。 「この財布ってどういう構造をしているんだろう」というのを現物を見ながらじっくり調べ、紙を使って自分で財布を試作し、それをお客さんに見せながら製品にしていったそう。 「そうやって設計のノウハウみたいなものを自分の中で作っていけたのが、30代の頃でしたね」と中村さん。 ところが、その状況もまた少しずつ変わっていきます。 「直接中国に工場を持つような会社さんが出てきたり、金具をもっと安く海外で作って販売する業者さんもどんどん増えはじめて。流通経路の中で、少しずつうちの仕事が減ってきたんです」 中村さんが40代の頃には、デザインの仕事が急速になくなってしまったそう。 「その頃の僕は暇になってきたんで、会社のこととか仕事のこととか、 自分の関わってることに関して、色々深く考えていました」と中村さん。 会社の中で製品のデザインに携わってはいるけれど、実際に製品を作っているのはメーカーさんで自分じゃない。 もともとモノ作りに興味があった中村さんは、もっとモノ作りに関わりたいという気持ちが高まり、仕事とは別の趣味として、カバンの製作教室に通い始めます。 ここが、中村さんのすごいところです。 普通は自分の仕事が減ってしまうと意欲も落ちてしまうものですが、中村さんの探究心は尽きません。 やっぱり“モノ作りが好き”という想いが、根底にあるからでしょうね。 「どんな形のパーツが組み合わさって、この形になっているか。バラバラに開くとどういう形をしてるか。そういうのを考えるのがわりと好きで。頭ん中でずっとシミュレーションしたりしています」 転機となった、カバン製作 「カバン教室に通っているときが、『人生の中でいちばん楽しい!』っていうくらい楽しかったです」と笑顔で語る中村さん。 できることが増えてスキルがあがってくると、今まで趣味でしていたカバン作りを会社の仕事に生かせないかと考えるようになります。 「僕の仕事も減ってきていたし、このままこの状態でいるのは良くないな、と。でも自分にできることっていったらカバン作りくらいだったんで、 じゃあ会社の中で1回カバンを作ってみようと思って、Caramel(キャラメル)というブランドを立ち上げたんです」 自社でブランドを立ち上げるのはまったくはじめてのことだけに、社内で反対する意見などはなかったのでしょうか。 「わりと自由にさせてもらえたんで、その点はとても恵まれていました。『あんまり無茶するな』とは言われましたけど(笑)」と中村さん。 宇内金属は、エアコンや自動車の部材といった工業製品を手掛ける事業部がメインで、中村さんが所属する事業部だけがファッションにまつわるものを手掛けるちょっと特殊な立ち位置だったことから、ブランドに関することは中村さんにすべて任されていたとか。 「金属 × 革」で、独自の色を Caramelは中村さんがカバンを作り、販路も色々探しながらやっていたのですが、1人で手掛けていたため「もっと伸ばしていこう」と思っても、量産できないのが難点でした。 「もうちょっと量産に向いてる製品を作りたいなと思いました。うちはもともと金属加工会社なんで、どうせならその金具と革を組み合わせたブランドを作ったらいいんじゃないか、と」 ![]() 一般的に、金属加工の会社は金属加工ばかり行いますし、革製品を作る会社は革製品の製造ばかり行います。 「うちなら両方できるから、自分たちらしいものができるのかなと思って。金属と革を使って、自分たちでデザインからスタートして、制作まで全部やっちゃう。他のメーカーさんが真似したくてもできないブランドになると思ったんです」 こうして誕生したのが、clife (クリフ)です。 --- ブランドの惹かれたポイント --- 代表 裏家 私も実はこういう背景・ストーリーにとても惹かれました。 革製品を好きな方はとても多いので、日本いいもの屋でもご紹介できるような革製品ブランドはないかな?と探していました。 革製品という分野は作家さんも多くいる分野ですし、作ることそのものはそれほどハードルが高くありません。ですので、素敵なデザインの革製品は沢山見つかるのですが、「日本のものづくりを伝える」というお店のコンセプトにも合ったブランドがなかなか無かったのです。 でもclife (クリフ)は全然違った。金属加工をスタート地点にしています。金属部分が軸にあって革製品を生み出すブランドは知る限り他にはありませんでした! 成り立ちが特殊なので誕生する商品にも特徴があります。金属加工が一からできるので、金属パーツの素材や形状や加工方法でもこだわることができる。他に真似できないパーツがあるので、人とは違うものを探す人にはぴったり。 実は私たちの拠点も東成区。こんなに近くに探していたものがあったとは、、まさに灯台下暗しでした。 金属だけじゃない。革にも永く使える良いものを clife (クリフ)は、金属部分だけでなく革素材にも並々ならぬこだわりを持っています。 製品に使う革は、すべて「ピットなめし」という製法で作られたもの。 「なめし」とは、牛の原皮が腐ったり変質したりしないように加工する作業のこと。 なめすことで原皮が革へと変化し、私たちが使う革製品になっていくのです。 なめす作業には、植物の渋であるタンニンを使用します。 一般的には「ドラムなめし」といって、ドラム槽に薬剤と原皮を入れてぐるぐると回しながら短時間でなめす製法が主流です。 一方「ピットなめし」は、プールのような槽に原皮をつけて、ゆっくり時間をかけながら徐々になめしていく製法です。 ![]() 中村さんはなぜ、ピットなめしにこだわるのでしょうか。 「ドラム式洗濯機をイメージすると分かりやすいのですが、ぐるぐる回すと服の繊維がほぐれるじゃないですか。原皮も繊維が密に絡み合ってるものなんで、やっぱりほぐれちゃうんですよ。でも、ピットなめしだとゆっくりなめしていくので繊維がほぐれず、粘り強くて丈夫な革になるんです」 実際にピットなめしの革を長く使えば使うほど、その良さが分かってくるのだとか。丈夫で美しい、ピットなめし。 ![]() 「世界でも日本でも、ビットなめしをやっているところって昔はたくさんあったらしいんですけど、 やっぱり手間と時間がかかるんで、どんどんなくなっていって。今、ビットなめしっていったら、日本だけじゃなく、世界でもかなり希少なんです」 そんな貴重なピットなめしを、中村さんは姫路にあるタンナー(製革業者)さんから仕入れています。 実際に姫路まで足を運んで話を聞き、その技術や勤勉さに惚れ込んで、ここの革を使うことに決めたそうです。 味わい深い、真鍮の魅力 製品に使われる金属パーツは、可能な限り、真鍮製のパーツにメッキをほどこさずに使用しています。 そのため、手で触れるとその水分や油分により、アンティーク風な深みを感じさせる独特の色に変化していきます。 こちらの商品は、本体の革も金具の真鍮もイイ感じの色に経年変化したもの。革も真鍮も使うほど経年変化を愉しめる素材。clife (クリフ)の商品は使えば使うほど『私だけの愛用品』へと変化していくので、愛着もひとしおです。 日常に寄りそう、clife (クリフ)のアイテム ここからは、clife (クリフ)の代表的なアイテムをご紹介しましょう。 ![]() GRASPは、シンプルなのにどこか気の利いたデザインが魅力。 カラビナのシャープなフォルムがかっこよく、他とは少し違うカラビナを探す男性からの支持が多いとか。さすが金属加工の会社ですね。 パンツのベルトループに付けても上品にまとまります。 ![]() エマージェンシーウォレットONEは、他ではなかなか見かけないユニークな形。 これは財布を考えてデザインしたというより、「お金をどう収納したら小さく持てるか」という発想から生まれたのだそう。 キャッシュレス時代の今、現金しか使えないという場面に備えるのにぴったりですね。 ![]() 「財布と思って持たれると、正直ちょっと使い勝手が悪い(笑)。あくまで緊急用なんで、ギリギリ我慢できる…くらいのところを意識して作りました」と中村さん。 こうしてみると、clife (クリフ)の商品は、革を開くとひとつになる構造が多い気がしますね。 「そうですね。パーツ数を減らし、ひとつの革をたたむことによってカード入れや小銭入れを作ったりしています。シンプルを突き詰めて無駄なところなくしていった結果、『これで事足りるな』と」 いい素材を使って、シンプルに作る。 当たり前のようでいて、とても難しいことです。 「すごくハイテクな機械で製造してるわけでもないし。革のところももっと上手なメーカーさんもたくさんあるんですけど。簡単に作っているようで、ちょっとした仕立て方とか、その構造とか、デザインのまとまりとかにめちゃめちゃこだわりが詰まってる。そこに気づいてもらえたら嬉しいです」と中村さん。 clife (クリフ)が生まれる、製造現場 では、ここからは実際の製造現場を見せていただきましょう。 まずは、金属パーツを作る工場で、カラビナを作る工程を見せていただきました。 ![]() 最初に、大きな1枚の板状になっている真鍮を、製品の取り分ぐらいの寸法に細長く裁断していきます。 ![]() ![]() こちらは、カラビナのパーツにあわせてカットした状態です。 ![]() ![]() 先ほど裁断した真鍮を機械でプレスし、製品の形に抜いていきます。 ![]() 製品を抜いたあとがこちら。 先に板に小さい穴をあけて、そこを機械にはめ込んでいきながらプレスすることで、ズレないようになっているそうです。 ![]() ちなみに、抜き終わった材料は一か所に集められスクラップ屋さんへ。 こうやって見ると、真鍮が多いですね。 「真鍮は加工しやすいし、プレスで柄も出やすい。研磨やメッキもやりやすいので、よく使われる素材です」 先ほどの型抜きでは上から圧をかけて抜くので、どうしてもカラビナの裏にあたる下側が膨らみます。 これを表も裏も同じ状態にしたいので、もう1度プレスして平らにします。 画像だと少し分かりにくいかもしれませんが、左が平らになった状態、右が平らにする前の状態です。 こうやって細部まできれいにしていくのが、こだわりのポイントですね。 このあと、ブランド名や「MADE IN JAPAN」等の文字をプレスして刻印します。 プレス作業はここで終わり、続いては研磨です。 ![]() 機械の中にカラビナと石と水、洗剤のような液体を入れ、1時間半ほどぐるぐると回転させて研磨します。 機械の中にある白い物体は、大きな泡! 本当に洗濯機のようでした。 ![]() 研磨したばかりのピカピカのカラビナが、画像の奥側になります。 ちなみに手前はスタッフさんの私物で、3年ほど使った状態だそう。 こうして並べると、真鍮がイイ感じに変色してるのが分かりますね。 続いては、革の裁断や縫製、組み立て作業なども見学させていただきました。 ![]() ![]() ![]() バネをつけたり、カシメを付けたりといった作業も、社内で一つ一つ丁寧に行います。 ![]() GRASPだけは、カシメを潰してフラットにしたデザインのため、圧が強めにかかる機械を使います。 カシメひとつとっても、こだわりがすごいですね。 clife (クリフ)のこだわりを、これからも 最後に今後の展開について、お二人それぞれにお伺いします。 まずは、入社10ヶ月の石原さんです。 これからどんな商品を作っていきたいか、思われてるところってありますか。 「男女関係なくどちらでも使える、ユニセックスなものとか。革製品だけでなくて、もうちょっと金属に特化したものとか。色々やってみたいですね」 石原さんは、前職が服関係のお仕事だったそうです。 「以前は、トレンドを追って勉強してるような感じだったんですけど。逆に今は、流行りのものとか、まわりの子たちが求めてるものとかを吸収して、clife (クリフ)に反映していけたらいいなと思います」 石原さんのように、客観的に見てもらえるスタッフがいると助かりますね。 「そうですね。石原さんには、主にSNS関係を任せてます。今までは、考える仕事って僕1人でやってたんですけど。そこに彼女が入ってきて、一緒にこのブランドを作っていこうとしてて。相談したことに対してわりと的確に答えてくれるんで、頼りにしてます」と中村さん。 そういう意味では、またここから変化しつつ、ブランドをしっかり伸ばしていければという感じでしょうか。 「そうですね。今までずっと、手探りで考えながらやってきたんで。これからも多分、それをずっと続けていくんでしょうけど、やっぱりブランドを成長させたいっていう欲が最近は出てきてますね」 「僕しか考えられないデザインのところは、しっかり考えて考えて。他のブランドがやらないデザインや形っていうのは、絶対外さない方がいい。そこを外しちゃうとブランドの意味がなくなってくると思うんでね」 技術としてはシンプルであっても、簡単には真似できないこだわりがぎゅっと詰まっている。 自分の持ち物にこだわりのある方には、きっと魅力を感じていただけるブランドだと思います。 宇内金属工業の皆さま、取材にご協力いただき、誠に有難うございました。 |
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カラビナキーリング | グラスプ
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キーケース | スティル
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カラビナ付き小銭入れ | ファウンド
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エマージェンシーウォレット | ONE カラビナver
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エマージェンシーウォレット | ONE キーリングver
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槙田商店
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1866年江戸末期に創業。織物の製造から傘の組み立てまで一貫して生産することができる、世界で唯一の老舗織物工場。私達の作る傘は、すべて織生地です。服地づくりで培われた技術と傘を組み合わせることで他にはない傘を生み出しています。日本最高峰の職人が、伝統技術をもって、「あなただけの特別な傘」を実現します。 人生を添い遂げたくなる傘をお楽しみください。 |
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山梨県南都留郡にある槙田商店さんでは、江戸時代から続く織物の技術を活かして傘を作っています。今回はそんな槙田商店さんのこれまでの歩みやものづくりに込められた想い、こだわりについてお話を伺いました。 ![]()
郡内織物の歴史と甲斐絹の広がり 山梨県の郡内地域は、織物の産地として有名です。この地域で作られる甲斐絹(かいき)という絹織物は「先染め織物」といってまず糸を染め上げてから織られます。 ![]() 槙田商店の始まりは江戸時代、1866年に創業しました。当時は江戸に年貢として米を納めるのが一般的でしたが、山や坂が多い山梨から重い米俵を運ぶのは難しく、また行商人もこの地域から商品を仕入れるのは困難でした。 そこで運びやすく価値の高い絹織物が年貢として納められるようになり、山梨の甲斐絹が全国に知られることになったのです。 その後幕府から贅沢禁止令が発令され、一般人が表立って派手な暮らしができなくなりました。 そこで江戸で大流行したのが、羽織の内側に模様を施す「裏勝り」。この裏勝りの流行を機に甲斐絹はますます広がっていったのです。 布産業の発展と槙田商店の傘づくりの始まり 槙田商店では古くからある地場産業の絹織物を発展させ、独自の技術を活かした傘づくりに取り組んでいますが、その始まりはどのようなものだったのでしょうか。槙田商店の栗原さんにお話を伺いました。 ![]() 「槙田商店はもともとは生地屋なんです。創業当初は生地の仕入れや販売に始まって、その後衣服用の布地を制作していたんですが、昭和になってポリエステルが発展したことで絹産業全体が縮小してきました。」 ![]() 「そのタイミングで郡内の各織物の会社が、ネクタイやストールなど自分たちの得意分野に商材を絞って発展していったんです。当時の槙田商店では傘、服、マフラーなんかの生地をつくっていました。」 そう話す栗原さん。傘づくりはいつどのようなきっかけで始められたのでしょうか。 「傘用の生地を織り始めたのは50〜60年ほど前で、当時は百貨店で傘を販売する大手のメーカーさんに生地を納めていました。傘づくりを本格的に始めたのは20年ほど前のことで、ちょうど百貨店での傘の販売が減ってきた頃ですね。」 ![]() 「大手のメーカーさんからの依頼が減ってきたタイミングで自分たちでデザインした生地を織って組み立て、販売までやってみようということになったそうです。というのも、あくまでメインではなく細々となんですが、実は一部傘の状態にしてから製品として納めていたものもあったんです。おかげで傘を作るノウハウがあったというわけなんです。」 傘の生地を作ってきたノウハウを生かしての傘づくりと販売。苦労されたのはどんなところでしょうか。 「今でも大手の傘メーカーさんに生地を卸しているので、私たちが作った傘をデパートに置かせてもらうわけにはいかないんです。お客様が競合になっちゃうので。なので今はセレクトショップに置かせてもらったり、ポップアップショップやてしごと展で販売しています。」 糸を染め上げるところから始まる傘づくり 生地から傘を作っているとのことで、まずは織機のある工場を見せていただきました。 ![]() オリジナルの傘を作り始めたのは会社の歴史としては最近だという事ですが、槙田商店の織物や傘にはどのような特徴があるのでしょうか。 「織物で傘を作っている会社は他にもありますが、糸を染め上げて生地を織って、傘を組み立てるところまでを一社で行っているのは日本でもここだけだと思います。」 ![]() 「うちの工場は織機のサイズが大きいので、ジャガードの織りの模様が大きく作れるんです。ちなみにこの織機はなかなか繊細なので、室温や湿度も年間を通して一定に保つ必要があって、ちょっと暑いくらいがちょうど良いんです。」 細かな温度管理まで必要になってくるんですね。 ところで、この美しい模様はどのようにして作られているのでしょうか。 「縦糸を持ち上げて、その下を横糸が通れば縦糸の色がでて、反対に横糸を縦糸の上から通せば横糸の色がでます。それらを細かく繰り返すことで絶妙な色の濃淡や細かい柄が表現できるんです。デザインの色に制限はありますが、その制限の中で美しい柄を作ろうと頑張ってます。」 ![]() 工場で目の前で折られていく布は光の加減によって表情が変わり、この段階でもすでに見惚れてしまうほどなのですが、このあと防水加工を経てより美しく光るそうです。 細かい分業制で成り立つものづくりと課題 最初の行程の「撚糸」では、染め上げる前に糸をカセというドーナツ状にする「カセ上げ」という作業が行われます。 その次はその状態で染める「カセ染め」をする染色屋さん。さらにそれを巻き取って縦糸を12000本以上並べる成形屋さん。 ![]() というように、槙田商店での傘づくりにはたくさんの人が関わっています。想像以上の細かい行程ですが、分業をしている事で苦慮されている点についても教えていただきました。 「分業での傘づくりに関わっている、どこかの会社が廃業になってしまうと続けることができないという点です。」 「どの会社もかなり細かく分担された作業を行っていて、どこが欠けても成り立たない。そんな状況の中でそれぞれが後継問題を抱えているんです。実際にこのあたりでは後継がいないために仕方なく工場を畳むところが多いんです。」 ![]() 「地域の内職屋さんにお願いしている作業はコストを抑えることにも繋がっているのですが、その方達が高齢化で辞めてしまったり、新しく募集するには賃上げの必要もあって…これもうちだけではなく産地全体の問題ですね。」 郡内地域でのものづくりと同じことを他の地域でやろうとしても、各工程の段取りを行う体制がないからできない。改めてここでしか作れない貴重なものだということが分かりますね。 大型の機械だからこそできる繋がった柄 織物の模様は裏側から見ると色が反転していますが、昔はこの模様を作るのに「紋紙」というものが使用されていました。 ![]() 紋紙というのは穴が空いている巻物のようなものです。これを織機にセットすると織機が紋紙の穴の情報を読み取って模様を表現するそうです。 「今はうちでは紋紙の代わりにUSBのデジタルデータを機械に読み込ませていますが、まだ紋紙を使っている工場もあります。受注の量によっては外の機屋さんにお願いすることもあるんですが、そこでは今も紋紙を使って模様を作っているんですよ。」 同じ織物でも工場によって違いがあるとのことですが、槙田商店で使う機械にはどんな特徴があるのでしょうか。 「この機械を使うと長いリピートの柄が作れるんです。傘の生地を作るのにここまで大きな織機を使っているのは、うちくらいなんじゃないかなと思います。」 ![]() 「傘の三角形の面をコマというのですが、隣り合うコマを跨いだ大きな柄を作ったりもできます。さらにこの機械では、70cm× 2 の140cm幅に交互にコマを配置して織っていて、これだと効率も良いし、無駄になる生地が少なくて済むのも特徴です。」 元々傘用に作られた機械というだけあって、こだわりや工夫がたくさん詰まっているんですね。 全体のチェックと生地の裁断 生地が織り上がったら、検反機という機械を使って140cm幅の状態で生地の表側から50m分を一気に確認し、全体に模様のエラーや汚損がないかを探します。 ![]() その後生地の裁断作業に入ります。織機で織られる生地幅が140cmそれを半分の幅に折り、専用の木型を使ってコマと呼ばれる三角形の形に切っていきます。傘の生地はこの段階ではすでに防水加工が施されているため、専用の建ち包丁が使われています。 ![]() 「大抵8コマで一本の傘になるんですが、傘によって形も色々なので、それぞれの骨に合わせて、使う木型も変わってきます。」 ![]() 「たとえば女性用の傘は60cm程度が一般的なんですが、同じサイズでも傘のデザインに依って切り方が変わるので、たくさんの木型があるんです。ちなみにうちでは少し深さのあるお椀型の形の傘が人気ですね。」 実際に使うところを想像しながら 裁断した後は再度生地のチェックをします。 ![]() 検反機では、どうしても細かい傷などの見落としが起こる可能性があるため、裁断後は実際に使う時をイメージしてより細かく見ていく必要があるそうですが、どんなところに気をつけているのでしょうか。 「まずは表側から光を当ててエラーがないかを確認します、しかし大事なのは裏側なんです。傘の表面って買った時には見るかもしれませんが、実際に使う方が良く見るのは裏側なんです。なので裏側にエラーが出てないようにしっかりと確認をしていく必要があるんです。」 ![]() 「傘を刺して太陽の光で透けた時に初めて細かい傷に気づいた、なんてことにならないように生地の表側から光を当てた状態で透かして見ていきます。」 実際に使う方の気持ちに寄り添い、使う方が気づかないほどのエラーも見逃さない厳しいチェックによって、槙田商店の高い品質の傘が生まれているんですね。 エラーからヒットした商品 織り上がった段階でエラーになった生地はB反、C反として販売されることもあります。 しかしコマ用に裁断した後にエラーが見つかった場合は、生地として販売する事ができません。そのため傘を止めるバンドなどに利用されてきましたが、もっと利用できるところはないかと考えられて生まれた商品がエコバッグです。 ![]() 「主に裏側にエラーがでた生地を再利用してエコバッグを作っています。傘を刺すときは内側にエラーがあれば問題ですが、エコバッグになってしまえば使っていて全く気になりません。」 「防水の加工が施されている生地なので、冷たいものを入れた時の水滴なども染みてこないところも人気の理由なんです。また同様にカバーバッグも作っています。突然雨が降ってきた時に大切な鞄が濡れないようにするバッグです。」 なるほど、傘の防水加工とエコバッグやカバーバッグとしての再利用はとても相性がいいのですね。 ![]() エコバッグを作る上で大変なことなどあれば教えてください。 「ちょっと問題というか、ありがたいことにエコバッグやカバーバッグが本当に良く売れるので、エラーの出た生地だけでは生産が追いつかなくなってしまって。今では普通に作っているんですが、今までは不要になった布で作成していたものを一から作成するとなるとコストが上がってしまうんですよね。」 特殊なミシンで行われる「中縫い」 さて、裁断とエラーの確認の後は「中縫い」という作業に移ります。ここではコマにした生地をつなぎ合わせていくのですが、この工程にはどんなこだわりがあるのでしょうか。 ![]() 「中縫いに使うミシンは一般的なものとちょっと違って、下糸がないんです。この特殊なミシンを使って上糸だけで縫うことで、傘を広げた時に弾性が効いて生地が綺麗に張るんですよね。」 ![]() もし通常のミシンで縫うと、傘が開きにくかったり、しわが入ってしまうそうです。より綺麗に仕上がるように、使う道具や機械にも工夫がたくさんあるんですね。 「槙田商店の傘づくりは、地域の中での分業になっています。工程ごとに専門の会社があったり、内職屋さんが担当していたり、みんなで作っている傘なんです。うちで働いてくれてる内職屋さんは個人の方が多いのですが、高齢者や外で働けない人に生地と骨を持っていって作っていただき、後日回収しています。」 地域で一体となって作り上げる槙田商店の傘づくりには、地域に働く場を生み出すという意味もあるんですね。 骨に縫い付けていく「縫いとじ」 コマを縫い合わせたものをカバーと呼ぶのですが、次はこのカバーを骨に取り付けていく「縫いとじ」と言われる工程です。 ![]() 専用の金具を使って生地と生地の間に骨を取り付けていくことにより、弛んでいた生地がピンと張り、美しさがより際立ってきます。 「縫いとじも基本的に地域の内職さんにお願いしてるので、それを回収してここで検品をするんです。傘の表面に糸が出てはいけないので、そこは特にしっかりと確認しています。」 ![]() 「その後ドライアイロンをかけて、上に 陣笠というものをつけて雨が入らないようにします。最後に手元の部分をつけて終わりなのですが、手元をつけて保管すると嵩張るのでつけない状態で保管し、商品として出す直前につけているんです。」 ![]() 内職屋さんから回収したあとの検品も含め、それぞれの工程の中で何度も厳しくチェックされてやっと出来上がる槙田商店の傘。 仕入れる糸によってエラーが出ることもあれば、織機で織る際にエラーが出ることもあり、防水の加工で塗りが荒い事でエラーになってしまうことも。 各段階でのエラーを何度も細かくチェックしていくところに、作り手の方々の職人としてのプライドを感じます。 一から作れることの強み 実は槙田商店では傘を「作っている」だけではないそうです。 「有料にはなるんですが、うちで買っていただいた傘に関しては全てお直しが可能なんです。」 ![]() 「それが結構依頼があるんですよ。最近も自転車に巻き込まれちゃったと言って持ってきた方がいらっしゃっいましたしね。傘の骨が折れてしまったり、生地に穴が空いてしまった場合も修理をしています。」 大きく破損してしまった場合にも直してもらえるというのは嬉しいですね。これはまさに生地からつくっているからこそできる対応だなと感じました。 では修理の対応ができないケースはあるのでしょうか。 「生地から作っているので、穴が空いてしまったコマだけ取り替えることはできるのですが、廃盤になってしまって別の生地を提案をすることもあります。」 作るだけではなく修理まで責任を持って行うことで、愛用する傘を長く使っていただきたいという槙田商店の皆さんの思いが感じられます。 ![]() しかしコマを張り替えるとなると、解いてまた縫い直すということですよね。結構大変な作業なのではと思うのですが、どうなんでしょうか。 「確かに作業は大掛かりになる時もありますが、サービスの気持ちで手間賃だけいただいて対応しています。せっかく気に入って買っていただいたんですから、そのあともできる限り寄り添っていきたいなと思っています。」 コロナ禍で見えたEC需要と課題 現在、傘の販売はECサイトがメインとなっているそうですが、その背景にはコロナの影響があったそうです。 コロナ禍ではデパートが休館し、大手の傘メーカーさんからの発注が減りました。そこで何とか売り上げを作ろうと、ECサイトでの販売を拡大させていったそうです。 コロナで影響を受けたことは他にもあったのでしょうか。 「コロナの時には全体的に需要が減りましたね。特に売れ行きが落ち込んだのは折り畳み傘です。折り畳み傘って旅行に持って行ったりするじゃないですか。でも今となっては、あの時期にECサイトを拡大出来たのは良かったと思っています。」 そう話す栗原さん。 ![]() ECサイトで販売する上で、何か大変な事などはありますか。 「うちの商品の売りはジャガード織の生地なんですが、ECサイトではどうしても生地の風合いが表現しきれないという所でしょうか。動画なども載せて伝えようとはしているのですが、やはり直接見て欲しいなという気持ちはありますね。」 ![]() 確かに実際に機械で織り上げられる生地を目にした時、ECサイトで見た以上の感動がありました。 さらに店舗に並ぶ商品を見て、生地が傘の形になることで、曲線に沿ってジャガード織の表情が輝きを増すことに気がつきました。これはECサイトで見ていてもなかなかわからないことだなと感じました。 日本いいもの屋としても動画での紹介など検討していきたいと思います。 地域とともに歩む槙田商店のこれから 最後に、この地域でものづくりを続けていくことに対する思いについて伺いました。 「この地域は、他の傘屋さんや織物工場さんととにかく仲が良いんですよ。 」 「私はここでのものづくりしか知らなかったのでそれが当たり前だと感じていたのですが、実は最近、他県で織物を作っている人たちと交流する機会があって、他では同じ織物の仕事をしている人同士がライバル関係だと聞いてびっくりしました。」 同じ業界だと必然的にライバル関係になってしまうのかと思っていましたが、なぜ郡内地域ではそんなにも横のつながりが強いのでしょうか。 「郡内地域の布産業は、座布団地、カーテン地というように商材が決まっているので、良い関係でやっていけているのかもしれません。」 ![]() 「それぞれが発展していく過程で、ただ得意分野に分かれただけなんですけどね。同じ傘を作る会社同士でも織り方が違ったりするので、うちに来た依頼でも他の傘屋さんの方が合っている時はそちらを紹介することもあります。」 他の傘屋さんを紹介するなんて、驚きです。強みに合わせて発展していったからこそ、それぞれに個性があり、お互いがぶつかることなくものづくりを行っているんですね。 今後に対する想いについてもお聞きしました。 「この辺りだと一軒家に見えても織機があったりして、親世代だと、機械の音が聞こえて今よりももっと身近に感じていたみたいです。私の世代になるとだいぶ廃れてきたのでもう知らない人も多いんですが、廃れゆく産業だからこそ仲間同士助け合って盛り上げていこうと頑張っているんです。」 ![]() 「つい先日隣の富士吉田市主体で行われたハタオリマチフェスティバルにも参加してきたんですが、これからも地域を盛り上げようという仲間意識を大切に、みんなでものづくりをやっていきたいと思っています。」 地域全体の強い絆を大切にしながらものづくりに取り組んでいく、槙田社長・栗田さん・槙田商店の皆さま、長時間位わたり取材にご協力いただき、ありがとうございました。 ![]() 左が槙田社長、右が栗原さん |
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日本製 長傘 晴雨兼用 | kirie バラ
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日本製 長傘 晴雨兼用 | kirie ドットとストライプ
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