ブランド紹介

BAGWORKS


BAGWORKS ブランド紹介

「世界で一番ちゃんとしたかばん屋さん」になることを目指して
日本一のカバン産地である兵庫県豊岡市で1954年に創業。“しごとのかばん”をコンセプトにしたファクトリーブランド「BAGWORKS バッグワークス」を展開しています
いろいろな職業の人が使っている、丈夫で機能的な業務用バッグをモデルに、丈夫で機能的それでいて日常に使える「しごとのかばん」を作り出していきます。





BAGWORKSの商品一覧



BAGWORKS BOYSCUTSMAN 2 ボーイスカウトマン 2

BOYSCUTSMAN 2
ボーイスカウトマン 2




BAGWORKS DOCTORMAN SD ドクターマン ショルダー

DOCTORMAN SD
ドクターマン ショルダー




BAGWORKS BICYCLEMAN 2 バイシクルマン 2

BICYCLEMAN 2
バイシクルマン 2







IITO


IITO ブランド紹介

紡績屋が糸からつくる”いい糸”を使ったこだわり定番カットソーブランド。
私たちが大切にしている3つのコンセプト「飾らない、気取らない」「スローファッション」「LIFEのclothes」
自信をもっておすすめできる本当にいい素材、ものだけを提案。
日々の生活に馴染む服は自然と手に取る回数が増え、自然と日常になじむ、長く使ってもらえる服を作っています。





IITO 取材記



「IITO(イイト)」は、綿花を糸で紡ぐ紡績屋さんから生まれたブランドです。
その名の通り、「いい糸」から織りなす服は、日々の生活にそっと馴染んで永く愛される定番アイテム。
毎日袖を通す服は、飾らず、気取らず、自分が本当に心地いいと思うものを選びたいですよね。IITOは、ベーシックだけど肌ざわりが良く、毎日の相棒になってくれるような洋服です。
今回は、そんなIITOを生み出す「第一紡績」さんにお邪魔し、心地よさを生み出す素材の秘密を探るために、糸になる前からの布づくりの工程を見せてもらいました。

案内してくれたのは、第一紡績でIITOブランドを立ち上げた高本さんです。



紡績から縫製までを行う「第一紡績」
有明海に面した熊本県荒尾市に「第一紡績株式会社」はあります。
第一紡績では、国内で唯一、綿花を仕入れるところから紡績、編み立て、染色加工、縫製までを自社工場で一貫して行なっています。工場の広さは約9万平米…!想像もつかない広さです。

第一紡績は、戦後間もない1947年に創業。戦後の食糧難を回復させるため、国の施策により漁業用の漁網をつくる紡績工場として誕生したそうです。その後、豊かな暮らしになるとともに、製網業から紡績業へ変化していきました。
紡績から縫製まで一貫して行うことを強みとし、紡績と染色加工の内製化により、海外品や他社にはマネのできない高品質で特長のある繊維製品を生み出しています。

糸の原料である綿花からこだわり、独自の技術で作り出した個性豊かな糸は、幅広いアイテムに活用されているほか、第一紡績オリジナルブランド「IITO」にも使用されています。


長年培った技術でつくる「糸」
IITOの最大の特徴は、もちろん“糸”。
第一紡績が長年培ってきた技術で開発した糸を素材として使用しています。
例えば、たっぷり空気を含ませた糸「ミッドエアー」。繊維のあいだに空気が含まれているので、この糸で編み上げた生地はふっくらとして温かく、軽いのが特長です。
このミッドエアーは、スウェットやパーカーに使用されています。


そのため、袖を通すとふわふわの肌ざわり...! そのうえ、糸が空気を多く含んでいる分、吸湿性が高く、乾きやすいので、汗をかいてもベタつかず、常に心地よい状態で着られます。まさに、理想的なスウェット生地です。


Tシャツに使用されているのは「ピュアブリーズ」。厳選された高級コットンを丁寧に紡ぎ、柔らかく丈夫な糸です。丁寧に天竺編みされてつくられた生地は、綿本来の光沢感となめらかでやわらかな肌触り。そのまま素肌に身につけても、サラリとした心地よさのある着心地です。


肌着から進化したIITO
「実は、『IITO』には前身に『荒尾の和糸』という肌着ブランドがあって、着心地と肌ざわりはそのときからとことん追求していました。『IITO』は、これまでの経験とノウハウを活かして、さらにしっくり肌に馴染むような着心地になっているんですよ」と高本さん。

紡績を専門とする第一紡績が自社ブランドの立ち上げを企画しはじめたのがおよそ10年前。しかし、価格で中国製に負けてしまったり、ファストファッションブランドが台頭したりという中でなかなかうまくいかず、ブランドを立ち上げては退くということを繰り返してきたそうです。
そこで原点に立ち戻り「純日本製で本当にいいものを届けよう」と、着心地を追求して立ち上げたのが肌着ブランド『荒尾の和糸』でした。

「荒尾の和糸が安定的に市場に出るようになると、『Tシャツもあったらいいよね』、『アウターも欲しいよね』という声が出るようになりました。それなら、とことん「糸」にこだわって自分たちの強みを活かしたブランドにしようと生まれたのが「IITO」です。現在はブランドをIITO一本に絞り、力を入れています」



強力なパートナーとの協働
しかし、第一紡績は優れた製品をつくる技術はあるものの、売れる商品をつくるノウハウを持ち合わせていませんでした。そこで、商品を売るためのアイデアを持つAREZZOの有田さんの力を借りることになりました。
「AREZZOの有田さんはもともと別の会社に勤めていたのですが、IITOブランドに惚れ込み、さらにうちの社長が有田さんを口説いたこともあり、このブランドを取り扱いたいがために今の会社に移った方です。商品開発のさまざまなアドバイスをいただくこともあり、現在は有田さんと協働しながら商品企画や販路づくりを行っています」

お客さまと近い場所にいる有田さんからのアドバイスで、Tシャツのシルエットやパーカーのジップの仕様など、細かな部分にまでこだわって改良が重ねられるようになったそうです。


試行錯誤の末に生み出される着心地
第一紡績では、糸になる前の原料から加工方法まで全ての工程にこだわります。どんな糸をつくろうか、どんな編み方にしてどんな着心地を目指すのか…自社で話し合い、試行錯誤を重ねることで、本当に心地良いと思える商品が生まれるのだそうです。
そんなお話を聞いていたら、糸をつくる工程が気になります……。そこで、工場を見学させてもらうことにしました。
***
工場に入って驚いたのは、圧縮されたコットンたちの山。まずは、ギュッと圧縮されたコットンを一夜かけてふわっとさせるところからはじまります。

コットンは世界中のいろいろな畑で育てられ、第一紡績に集められてきます。
「品種は同じでも、育つ場所によって違いが出てくるんです。例えば、コシヒカリだって新潟県産のものと石川県産のものって違いますよね。それを全部ひとつに集められたものを品質のバラつきが出ないように、機械で混ぜるんです」
畑で育ったコットンには葉っぱや木などが混じっていることも多く、キレイに取り除く作業を繰り返します。

それから、コットンの長さをそろえる工程が待っています。
洋服にするためには、繊維の長いコットンを使用するとキレイに仕上がるのだそう。逆に短い繊維のものは、綿棒の先や化粧用コットンに最適なのだとか。

コットンの大きなかたまりから、太く長く伸ばされ、ここからさらに伸ばして撚りをかけて粗糸にしていきます。

「ほぼ、ここまでで糸の品質が決まるんです。キレイにできるか否かの決め手は、温度・湿度の管理です。乾燥すると静電気が起きるので、そこに全部持っていかれちゃって品質が落ちてしまうんです。湿度が高すぎると今度は綿自体がベタベタしてしまうんですよ」と高本さん。
温度と湿度がある程度一定であることが、糸を紡ぐには大切な条件なのだそうです。機械が何通りもの働きをして糸を紡ぎますが、最終的には人の手の管理によって品質が保たれています。

撚りをかけられて、だいぶ糸に近づいてきました。


粗糸を引き伸ばし、何度も撚りを加えて強度を持たせ、細く繊細な「糸」へと整えられていきます。

こちらは染色機。綿は一度漂白してキレイにしてから染色することで、ムラにならずにキレイな仕上がりになるのだとか。


最後は、人の目によって検査をします。キズがないかどうか、色糸が混入していないか目視で確認していくのだそうです。
畑で育ったコットンに幾度も手が加えられ、撚りをかけられ仕上げられていく工程を見学させてもらうと、第一紡績の真摯にものづくりへ向き合う姿勢が伝わってきました。


丁寧に紡ぐ糸の温かさ
第一紡績の工場を見学させてもらうと、日々よい糸を追求して、長く愛される製品をつくるために努力を惜しまない姿がありました。


取材を通して見えてきたのは、「誠実でシンプルな定番の服だからこそ、最高の着心地を追求したい」という想いです。
ふんわり軽くてやわらかい、ついつい毎日手にとってしまうIITOの着心地は、単に素材や技術の結集だけでなく、丁寧に紡がれる温かさがあるからなのかもしれません。
「毎日袖を通すアイテムだからこそ、飾らないけど素材や仕様にこだわる上質な日常着を丁寧につくっていきたいです」と話す高本さんの姿が印象的でした。







IITOの商品一覧



IITO 紡績屋が糸からこだわったTシャツ

紡績屋が糸からこだわった
Tシャツ




IITO 紡績屋が糸からこだわったVネックカーディガン

紡績屋が糸からこだわった
Vネックカーディガン




IITO 紡績屋が糸からこだわったプルオーバー・トレーナー

紡績屋が糸からこだわった
プルオーバー・トレーナー




IITO 紡績屋が糸からこだわったパーカー

紡績屋が糸からこだわった
パーカー




IITO 紡績屋が糸からこだわったジップパーカー

紡績屋が糸からこだわった
ジップパーカー







THE


THE ブランド紹介

”最適と暮らす”というビジョンのもと 様々なジャンルの定番を提案する会社です。
世の中の定番を新たに生み出し、世の中の定番と呼ばれるモノの基準値を引き上げていくこと。本当に「THE」と呼べるモノを、生み出していくこと。 わたしたちが暮らす世の中の環境・経済・文化が、無駄なく最適であるために、あらゆるジャンルの製品において未来のスタンダードがどうあるべきかを研究開発し、発信していくブランドです。わたしたちは、そんなモノづくりを目指していきます。





THEの商品一覧




THE 洗濯洗剤

THE 洗濯洗剤




THE 衣料用漂白剤

THE 衣料用漂白剤




THE 万能クリーナー

THE Magic Water
(万能クリーナー)




THE 薬用はみがき剤

THE 薬用はみがき剤




THE グラス

THE グラス




THE カトラリー

THE カトラリー




THE 醤油差し

THE 醤油差し






ITO BINDERY


ITO BINDERY ブランド紹介

断裁する、綴じる、整える
1938年江戸川区にて伊藤春夫がノート製本を手がける紙工所「白鳥堂」を創業。江戸川区にて伊藤春夫がノート製本を手がける紙工所、白鳥堂を創業。
その後、株式会社伊藤バインダリーと社名変更。
時代の移り変わりと共にカタログなど広告販促物を扱う製本会社。製本の技術を活かした上質なステーショナリー、機械だけでは完成しない特殊折りの加工など、「紙」を熟知した私たちが新たなスタイルをご提案します。





ITO BINDERYの商品一覧




ITO BINDERY Drawing Pad(ドローイングパッド)

Drawing Pad
(ドローイングパッド)




ITO BINDERY Memo Block(メモ ブロック)

Memo Block
(メモ ブロック)




ITO BINDERY Notebook(ノートブック)

Notebook
(ノートブック)






山本勝之助商店



和歌山県海南市は、県の北西部に位置する人口5万人のこじんまりとした町。 世界遺産、高野街道の山麓、紀州野上谷と呼ばれる地域で、かつて地域産業を作り上げた人がいました。それが、今回紹介する山本勝之助商店の初代、山本勝之助さんです。海南市は、棕櫚(しゅろ)の集積地であったことから、それを原料とした家庭用品を生産する日本有数の地域です。 その棕櫚に最初に注目し、海南市の地域を棕櫚を使った産業で盛り上げたのが山本勝之助さん。今も手仕事にこだわり、職人さんが1つひとつ作り上げていく棕櫚製品と同じ山でとれる山椒を守り続け、全国に魅力を伝え続けています。

1880年に創業、141年目を迎える山本勝之助商店の歴史と、当時と変わらぬ棕櫚製品への思いを、4代目の代表取締役 土田高史さんに伺いました!


土田さんと山本勝之助商店


土田さんは、山本勝之助さんのひ孫にあたる英津子さんの旦那さま。 もともと大手メーカーに勤めていらっしゃいましたが、山本勝之助商店の先代が他界、後継ぎがいなかったことをきっかけに、一念発起。 伝統ある商店を継ぐことを決意されたそうです。「まず山本勝之助商店の棕櫚製品を見た時に、素材の良さに感心しました。自分自身もそれを日常に取り入れてみて日に日に湧く愛着も感じ、だからこそここまで141年間も人々に愛されてきたのだと実感しました。」その後、地域の家庭用品組合に足を運び、近隣でビジネスをする人々への挨拶から始め、創業者の威徳を肌で感じたという。「ある意味私が外部から来たからこそ、棕櫚製品の良さに気づくことができたのかもしれません。このまま無くなってしまうのはあまりにももったいない。それに、創業者の威徳と町の人々との繋がりもある。これはできる。やらなければならない。」
でも創業者の威徳を感じながら一からまたビジネスを組み立て、取引先や地域で商売をされている人たちとの関係を作っていくのは決して簡単ではなかったはず。引き継いだ当初はほとんど売り上げが無く、自転車操業状態だったと言います。ホームセンターなどに卸すにも、他の日用品に埋もれてしまいます。まず、手仕事なので大量生産はできません。そこでほしい人に直接買ってもらえるインターネットでの販売に注力。さらに全国ネットのテレビ番組複数で紹介される追い風もあり、全国的に知名度が一気に上がったそうです。


棕櫚産業と山本勝之助商店の歴史

山本勝之助商店は、棕櫚の卸業から始まりました。 創業した明治13年、当初は高野山にたくさんの棕櫚の木が生えていました。 丈夫な皮に着目し、その特性を生かした縄が棕櫚製品の中で最も歴史あるものだそうです。 水に浸けても腐らないため、漁業で使う漁網にも重宝され、全国の漁港で広く使われていました。 その後あらゆる日用品に棕櫚が使われるようになり、海南市が棕櫚を原料とした家庭用品の製造地として発展していったのです。今では棕櫚たわしや棕櫚箒が有名ですが、これらが製造されるようになったのは少し後のこと。和歌山県海南市といえば、家庭用品や日用品の製造が盛んだということはなんとなく知っていたけれど、それが棕櫚から始まっていた、そしてその原点こそがここ山本勝之助商店。点と点が繋がり、なんだか少し感動しました。 山本家の屋号は「かねいち」。「まっすぐに筋を通すお店の器と、正直を信条として人の道を踏み行うことを第一とする」商売に対する姿勢が表現されています。この想い通り山本勝之助さんは自身だけの成功のみならず、事業を地域産業にし、周囲の人々も幸せに暮らせるように活動されました。「手廻しせねば雨が降る」という言葉は、現在でもかねいちの経営訓として掲げられているもの。「悪い状況に陥らないよう、日頃から事前に準備しておくべし。」という商売に対する心得を意味し、地域で新たに商売を始める人たちの多くを成功に導いてきたそうです。


母屋が登録有形文化財?!

歴史の長い山本勝之助商店。建物も当時の面影がほとんどそのまま残っています。母屋を含め11棟の建物があり、2007年に全ての建造物が国の登録有形文化財に指定されました。こちらの蔵は、大正時代の建物。そして現在お店になっている建物は、明治時代に建てられたそうです。これだけ綺麗に使われていることが何よりすごいですね。さらにその横の母屋は、江戸時代の建物です!このあたり一帯は、幸いに戦争で焼けなかったこともあり、今でもそのままの状態で残る貴重な伝統家屋です。取材日お店に到着した時からその出で立ちがあまりにも美しく重厚感があり、またこれまでの歴史を強く感じ背筋が伸びました。


「山物」とは?

山本勝之助商店では、棕櫚を原料とする家庭用品と高野山の山麓でとれる山椒などの薬味を販売しています。取材に伺う前、「なぜ棕櫚製品と山椒?どういう繋がりがあるんだろう?」と疑問に思っていました。

「山本勝之助商店は、山物屋(さんぶつや)です。棕櫚も山椒も同じ山でとれます。全く別のように見える2つですが、そういう繋がりがあるんですよ。」

「山物」とは、文字通り、山でとれる物のこと。「山物屋(さんぶつや)」とは、山物を扱うお店のことで、以前は海南市に多く存在しました。かつて棕櫚がたくさん生えていた他、漢方薬の原料となる、ニッキなどの「薬種」が同じ山で収穫されていました。今商店が山椒だけに集約しているのは、薬種だけにとどまらず料理にも使われるようになったからだそうです。

このように山物を扱う商売をしていたことから、山本勝之助さんは自前で神社を造り、毎日山の豊かな資源に感謝したと言います。

日本中に木々を植えて回ったと『日本書紀』に記される五十猛命(いたけるのみこと)という神様を祀る神社、伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)から神様を分けてもらい、毎日拝まれたそうです。自分だけでなく、周囲の人の幸せを。さらに、その恩恵をいただいている自然にも感謝を。経営者になるべきしてなられた方の志だと、このエピソードからも痛感しました。


使うほどに愛着が湧く棕櫚箒


現在、山本勝之助商店では棕櫚製品の販売を行い、製品の製造は専属契約している職人さんが行っています。手作業であたたかみのある棕櫚製品を、141年前から変わることなく世に贈り続けています。たくさんある棕櫚製品の中でも看板商品は、棕櫚箒。「まずは一度試してみてください。」と土田さん。 私も早速畳を掃かせていただきました。 繊維1本1本がしっかりしていてキメが細かいのにしなやかで、掃き心地が良く驚きます。フローリングを傷付けることなく、長年使うことでじわじわと艶が出るワックス効果も人気の秘訣。
さらに棕櫚製は、繊維が強いので傷みにくく、化学繊維の箒よりも頑丈なのも特徴です。小さな棕櫚箒は、壁に掛けておくだけでもおしゃれなインテリアに。
最近では手仕事で作られたものの良さに感度が高い、若い人たちの購入も増えているそうです。


棕櫚箒は10種類以上

お店に入ると、棕櫚箒がずらりと並んでいます。こんなに種類があるんだ、と新しい発見でした。そう、一口に「棕櫚箒」と言っても種類は様々、山本勝之助商店では10種類以上の箒を扱っています。 今回試し掃きさせていただいた2種類はこれ。見た目も少し違うのが分かりますよね。両方掃いてみましたが、重さも掃き心地も全く違いました!右上の棕櫚箒は、繊維が1本1本独立しています。 これは「鬼毛巻き」で棕櫚箒の中でも最高級品。 棕櫚の皮の太く、頑丈な毛のみが厳選して組まれています。 毛先の開きやクセが出にくいのも大きな特徴。 柔らかい掃き心地ですが、埃を巻いあげることもなく、細かい埃もよく掻き出せます。 左下は棕櫚の皮をそのままくるくる巻いて仕上げた定番の棕櫚箒で「皮巻き」と呼ばれます。 軽く、扱いが簡単で万能の箒です。 何度も使用すると毛先が寝てきてしまうこともありますが、棕櫚は自然のもの。 霧吹きで軽くしめらせ、まっすぐに癖付けすればまた元どおり。 こうやって同じ物を何度も使えるなんてとてもエコですよね。


「修理して、同じ棕櫚箒を使いたい」

「一生に3本で足りる」と言われるほど、耐久性がある棕櫚箒。 メンテナンスすることでさらに長く使えます。
もともと竹の棒に棕櫚の皮や繊維を巻き、銅線で巻いて仕上げているので、接着剤などは一切使用していません。 そのため、組みなおせば繰り返し使えます。「修理代無料、材料費と送料のみで箒の修理を承っています。愛着があり、生活の一部だからと言って新品に買い換えることなく、同じ箒を修理に出して何度も使ってくれるお客さんもいます。そう言ってもらえることも嬉しいし、快く協力してくれている職人さんにも感謝しています。」 持ち手の竹を新しい竹に交換したり、艶出ししたりと、丁寧に丁寧に、心を込めて作業される姿を見て、だからこそ長い歴史を経て親しまれてきたのだなあと改めて感じました。 月に5~6本程度修理の依頼が来るそう。 今日も1本1本丁寧にメンテナンスをしています。


石臼で挽く、甘酸っぱい香りの山椒

御年77歳でこの道50年以上。15歳の時から山本勝之助商店の山椒を石臼で挽いて来られたのは辻さんです。 1日に10kgほどの山椒が商品としてこの場所で作られています。
山椒は「ミカン科」の植物だとご存知でしょうか? 和歌山県はミカンの産地。温暖で多雨な気候のため、ミカン科の山椒もよく育ちます。お店に入ると、柑橘系の甘酸っぱい香りがふわり。 「山椒ってこんな香りなんだ!」と驚きました。山本勝之助商店では、山椒を収穫し実の状態を確認した後すぐに冷凍庫で保存しています。
「山椒は、光と温度と空気に弱いです。そのため保存環境には特別気を使っています。でも保存環境さえきちんと管理できていれば時間が経ってもずっとこの柑橘系の香りがするんですよ。」山椒の種は抜き、皮のみを石臼で挽いていきます。 そうすることで、種の油で酸化することなく良い香りが保たれるそうです!2度細かく濾された山椒はこんなにあざやかな緑色をしています。

お土産に山椒をいただきました!お料理のスパイスに活躍しそうです。土田さんのおすすめは、チョコレート、チーズ、バニラアイスに少し山椒を付けて食べる方法なんだとか!私も取材後にバニラアイスで試してみたのですが、ピリッとしたスパイスが効いた大人の味がやみつきになりました。


未来に残していきたい棕櫚製品

「化学繊維だけでなく、掃除機も普及し、手仕事で作られる棕櫚箒はどんどん淘汰されてきました。でも、やっぱりモノが良いからこそ消えずに、141年間も愛用されています。」
「私たちの提供する棕櫚製品はどこへ出しても自慢できるものだと思っています。実際に使って『他のものとは違う、良かった』と言ってもらえることこそが私や従業員、職人さんの励みになっています。」棕櫚製品は伝統工芸品である前に家庭用品です。 日常的に使ってもらうことでより親しみを感じ、素朴な魅力が分かるもの。

取材を通して、手仕事の温かさを感じたのはもちろん、土田さんの棕櫚製品と山椒への愛情を強く感じました。
山本勝之助商店に伝わる長い伝統と熱い想いをお聞かせいただきありがとうございました!








DAIKURA



DAIKURA ブランド紹介
DAIKURAは備前焼を産地よりお届けします。
無釉で、絵付けも施さず、窯の中の状態によって焼き物の色や表情が変化する窯変が魅力の備前焼。
先人たちが⻑い時をかけて築き上げてきた「備前焼」を守るとともに、現代の生活に寄り添ったものづくりをこころがけています。   




DAIKURA取材記



今回は、岡山県の南東部に位置する備前市にお邪魔しました。目的地は、備前焼の産地として知られる「伊部(いんべ)」地区です。

JR伊部駅周辺はレンガ造りの四角い煙突が点在しており、焼き物の町ならでは。通り沿いには、風情たっぷりの窯元やおしゃれなギャラリー、ショップが軒を連ねています。
DAIKURA
お話をお伺いしたのは、「DAIKURA」を運営する備前焼作家の小川弘藏さんです。
DAIKURA
小川さんは、デザイナーさんと協力してウォーターカラフェの「hiiro」(ひいろ)を手掛けています。
hiiroは、「水がまろやかになる」という備前焼の特性を生かして作られた水差しです。
DAIKURA
Photo by Fumio Ando
伝統的な備前焼の技法で焼き上げつつも、デザインはスッとシャープで現代的な佇まい。
DAIKURA
Photo by Fumio Ando
カラフェの「hiiro」、フタはそのままカップに。飲むときは、カップを外してそのまま中身を注げばOK。おしゃれなだけではなく、実用的に使えるのが嬉しいですよね。
DAIKURA
Photo by Fumio Ando
今回の取材では、hiiroとhitoe誕生の話はもちろん、備前焼の特徴から伝統的な作り方まで、いろいろお伺いしてきました。

手作業で作られているのは想像していましたが、実際に見ると予想以上に大変な現場でした。でも、そんな苦労があるからこそ、この美しいhiiroとhitoeが生まれるのでしょう。

今回の取材記では、そのあたりまでしっかりお伝えしたいと思います。


さまざまな焼き色がある備前焼
岡山を代表する、伝統工芸品の備前焼。その歴史は古く、今から約1000年前の平安時代末~鎌倉時代に誕生したと言われています。

しかし同じ備前焼と言っても、赤茶色っぽいものから、青みがかったグレー、黒褐色まで、その色合いは実にさまざま。
DAIKURA
「備前焼は、焼き方で色の違いが出るんです。色は違っても、使っている土はすべて一緒なんですよ。土に多く含まれている鉄分が、窯の中の酸素や灰などと化学反応を起こして、こういう風に色が変わります。簡単にいうと、理科で習った『酸化と還元』みたいな感じですね」と小川さん。
DAIKURA
「酸素の分量や炭の入れ方、窯を密閉するタイミングなどによって、色の仕上がりがガラッと変わるんです。似たような柄は出せても、まったく同じ柄っていうのは出せない。そういう意味でも、まだまだ奥の深さはありますね」


土の風合い、そのままに
備前焼と言えば、釉薬(ゆうやく)を塗らず、絵付けもしないことで知られています。釉薬とは、陶磁器の表面を覆っているガラス質を生成する薬のことです。

それらを使わずに作られる備前焼は、土が本来持つ素朴な味わいを、よりダイレクトに感じることができます。
DAIKURA
「普通の焼き物は、『素焼き』の後に釉薬をかけて『本焼き』という風に2回焼くんですけど、備前焼は釉薬をかけないので1回しか焼きません。他の産地の方には『1発焼きでいいな』と言われることもありますが、1発は1発で結果がシビアに出るんで大変なんですよ…」


なぜ伊部で備前焼の文化が根付いたのか?
備前焼の産地として有名な伊部ですが、なぜこの地で備前焼の文化が根付いたのでしょうか。
「昔から、焼き物に適した条件が揃っていたからでしょうね」と小川さん。
DAIKURA
「ここら辺は田んぼの下を掘れば『田土』という、焼き物に適した良質な土が出ました。近くには窯焚きに使う松の木もたくさん生えていたし、山の傾斜を利用して登り窯を作ることもできた。焼き物の文化が発展しやすい環境だったと思います」


備前焼をとりまく、今
こうして伊部で発展してきた備前焼ですが、現在の状況はどうなんでしょうか。
「昔に比べて、窯元も作家さんも少なくなりましたよ。親から子へ継ぐのが一番の近道なんですけど、窯場の子がみんな継ぐというわけでもないです。表の見た目より、裏の仕事がきついんでね(笑)」と小川さん。
DAIKURA
「昔は大きな壺や花瓶が主力だったみたいですが、今はほとんど需要がないです。最近は日用品の小さい焼き物が主流ですね。昔と比べて日本人の生活様式が変わってきてるから、作る物も変えていかないと難しくなってきています」


海外での、意外な反応
日本の景気が冷え込んで販売が低迷する中、小川さんたちは海外展開にもチャレンジしました。

「2015年頃、ドイツやフランスの見本市に備前焼を持って行きました。でも現地の人たちには『なに?その汚い色!』と言われましたね(笑)。その当時、向こうは『食器=白』という感覚が強くて、それ以外は理解できないという感じでしょうか」
DAIKURA
ところが、しだいに状況が変わってきます。

「その後、海外で日本のお酒がブームになって、日本酒がどんどん売り出されるようになったんです。そしたら日本の文化として、日本人が茶色いおちょこで日本酒を飲んでいるもんだから『それはアリなんだ!』みたいになって。備前焼も受け入れられましたね(笑)。最近はNY売れからも注文が入るようになりました」

日本文化のひとつとして日本酒と一緒に広まっていったのは、伝統工芸品ならではの動きで面白いですね。


備前焼の良さを生かした「hiiro」誕生
「そもそもhiiroもhitoeも、『世界に通用するような物が作りたい』というところから始まったんです」と小川さん。

「当時、伝統工芸品を作っている我々のような人たちと、デザイナーさんをマッチングするというプロジェクトがありまして。そこに参加して、海外展開を前提とした新商品を作ることにしました」
DAIKURA
Photo by Fumio Ando
日用品の中でも、ウォーターカラフェというアイテムに行きついたのはどうしてですか?
「デザイナーさんと一緒にどんなアイテムを作るか、話し合いをしたんですけど。最初に備前焼の特徴を説明をして、その時に『水がまろやかになる』っていう話をしたんです。それなら、水系のものを作るのはどうだろうか、と。

備前焼は昔から、「備前水甕(みずがま)、水が腐らぬ」と言い伝えられてきたそうです。水との相性がとても良いので、まさに水差しにはぴったりの焼き物だと言えます。


試行錯誤を重ねた、hiiroの制作
ここからはhiiroの制作過程を追いながら、お話を聞いていきましょう。

「備前の土を使うことと焼き方は今までの伝統的なものですが、hiiroの作り方は試行錯誤の連続でした」と小川さん。

「最初はうちの父がろくろを回して手引きで制作してたんですけど、厚みを揃えるのがすごく難しいんですよ。普通のコップみたいに指が届くものをろくろで作るのはけっこう楽なんですけど、hiiroみたいに細くて背が高いものは指が入らないので、コテを使うんです。これが本当に難しくて…厚みが違うと内容量がだいぶ変わるし、重くて持ちにくくなってしまう」
DAIKURA
「僕も縮こまった姿勢でろくろを回してたんで、腰を痛めちゃって。もうこれ無理だ、と(笑)。どうしたらいいか、他の産地の方にも相談しながらかなり試行錯誤しましたね。詳しくはお伝えできませんが、最終的に仕上げで使う治具を工夫することで対応できるようになりました。」
DAIKURA
まずは荒削りしていきます。繊細な動きは、まさに職人技!

その後はさらにまっすぐ整え、再び手で仕上げの削りを行い、完成です。
DAIKURA
画像の左がキレイに仕上げた状態です。
「最初は失敗作ばっかり作ってましたね(笑)。仕上げをする治具はもちろん売ってないので自作しました。改良を重ねて、今は3代目かな」

小川さんは笑顔で話してくれましたが、そこには私たちの想像もつかないような苦労が感じられました。一本一本ここまで手間がかかっているとは、本当に驚きです。


備前焼ができるまで
ここからは、備前焼の制作現場を見せていただきました。
DAIKURA
「これが、備前焼の原土です。うちでは、田んぼの下から採ったものをブロック状にして、水に浸しやすくしています」と小川さん。色のついた部分が、鉄分の多いところ。ここが化学反応を起こすことで、備前焼独特の色が生まれます。
DAIKURA
「ここは土を生成するところです。さっきの土をこの水槽に入れて、板でかき混ぜていきます」

このかき混ぜる作業を少しだけ体験させてもらったんですが、ぐっと水圧がかかり、なかなかの重労働でした…。

「水が濁ったらポンプで吸い上げて、別の水槽に貯めて、今度はそのまま沈殿させます。そして上澄みの水だけをポンプで吸い上げて、また沈殿させてっていうのを繰り返します。そうすると重い土から早く沈殿するので、1番槽、2番槽、3番槽といくほど、だんだんきめの細かい土になるんです」
DAIKURA
沈殿させた土は、このドベ鉢という容器に入れて乾燥させます。そうすると、手で練れる状態になるそうです。
DAIKURA
DAIKURAの大きな登り窯です。中に棚を組んで焼いていきます。
DAIKURA
「焚口に対して、一番正面でしか出ない焼き色っていうのがあるんですよ。僕の曽祖父くらいの時代から、そういう柄や色の違いを追求するようになったらしいです。それまでは大きな窯をみんなで共同で使っていたんですけど、『この場所に置くと、こういう色が出せる』というので場所の取り合いになってしまい、個人個人で窯を持つようになったと聞いています」
DAIKURA
こちらは、今メインで使っている薪窯です。
「焼いている途中、焼き物の上にセンバ(炭を運ぶスコップ状の道具)を通して、隙間に炭を入れていきます。再び窯を密閉すると、この炭が焼き物についている酸素を取って燃やす『還元』が起こり、焼き物の色が変わるんです」
DAIKURA
炭は、窯に入りやすいサイズにカットして使います。
「炭入れをするとき、壁1枚向こうは1000度以上の高温なんで、けっこう暑いです。暑いっていうより、痛いっていう方が正しいかな(笑)」
DAIKURA
薪窯には盛り塩が。炎や炭といった自然が相手だからこそ、成功を神様にお祈りします。

DAIKURA
Photo by Fumio Ando
hiiroにはレッドとグレーの色の違う2種類の商品があります。これらは価格が違います。
「『色が違うだけでなんで値段が違うの?』ってよく聞かれるんですが、乱暴に言ってしまうと焼き方が違うから値段が変わっちゃうんです。そこまでの工程は一緒なんですけど、1回の窯焚きで取れる量が違うので、どうしても価格に反映されてしまうんです。」
DAIKURA
hitoeの模様は「緋襷(ひだすき)」と呼ばれる伝統的な柄です。画像のコップのように、叩いて柔らかくした藁を巻いたまま焼いて模様を出します。
「藁がしっかり密着してると、線がビシッとつく。藁が浮いていると、線がぼやっとした感じになる。窯の中は炎の対流が起きているから、それによって思ったように行かない時もあります」
DAIKURA
今回、特別にろくろを回して制作する姿も撮影させていただきました。最近まで体調を崩し、療養中だったという小川さん。「久々にやるんで恥ずかしいですね」と言いながらも、快く制作してくれました。
DAIKURA
ごろんとした土の塊が、小川さんの手によってまるで生き物のように動き、あっという間に形になっていきます。さすがですね!


これからのDAIKURA
実は私がこの取材に訪れたとき、小川さんは人生の節目を迎えていました。今まで師匠として一緒に仕事をしてきた小川さんの父・秀藏さんが、急な病気で突然亡くなってしまったのです。

「親父は、ろくろを引くのがすごく上手でしたね。徳利なんかは、手元をまったく見なくてもきれいに作れるんですよ。本当にすごかったです」と小川さん。

「亡くなったのがすごく急だったんで、いろいろ引き継ぐ猶予がありませんでした。焼成前の作品もけっこう残っています。親父の残したこれらの作品を次からは一人でちゃんと焚き上げたいですね」と語っていた小川さん。
DAIKURA
DAIKURAにとっては、ここからがまた新しい一歩となります。



ものづくりを繋げるということ
DAIKURAさんのように、機械ではなく手仕事がほぼ全てに関わるものづくりではだれがどんな想いで作るのかがすごく重要。

取材の所々で思ったことは「もっと楽に作る方法があるのでは?」ということでした。

おそらくそんな方法は小川さんたちはすでに知っていて、やろうと思えばできることもあるはずです。でも、取材を終えて「あっそういうことではないんだ。」とわかりました。
DAIKURA
工数を減らしたり、「これで良いか」と少し基準を下げたり、機械を入れて量産できるようにしたり。その繰り返しが味わいのないものづくりを産んでしまう。
必ずしも、旧来のやりかたを堅持することが正解ではないかもしれませんが、簡単な方簡単な方に流れていくものづくりにおそらく私も魅力を感じないと思います。

取材をしていて、小川さんたちの頭には、クオリティの高いものを安定して生み出す工夫はあっても、手間を省くとか、楽をするというような発想がないと感じました。

おそらくお父様から引き継いだのは技術だけでなく、こうした想いの部分は大きかったんだろうなとお話をしていて強く感じました。ものづくりを繋げるってこういうことか、と。

そんな意味では小川さんには、メモを取らないお父様からものづくりの細かなノウハウは引き継げていなかったとしても、備前焼の窯元の作り手として最も重要な部分はしっかり引き継げているんだと思います。

これから初めてお父様がいない窯入れをされる小川さん、待ち受けている壁はたくさんあるかもしれませんが、小川さんなりのものづくりをしっかりと確立されていくのだと思います。

それと同時に、私たちは微力ながら小川さんのような作り手さんの生み出す価値をしっかり伝えれるように頑張らないといけないなとも改めて感じました!

長時間の取材にお付き合いいただき、ありがとうございました。
DAIKURA
可愛い看板猫のすずちゃんも、ありがとうございました。









DAIKURAの商品一覧



DAIKURA カラフェ hiiro

カラフェ hiiro




DAIKURA カップ hitoe

カップ hitoe




KOTOKA



KOTOKA ブランド紹介
奈良の靴メーカー7社が共同で立ち上げたプロジェクト「奈良発靴」奈良が日本有数の革靴の産地であることの認知促進や独自の靴づくりなどに挑んでいます。
日本料理のように素材を生かして、簡素さに美を込める。そうして出来上がった革靴KOTOKA(コトカ)革がやさしく足を包む履き心地になりました。助け合いながらも、独自の道で歩んできた奈良の靴たちを様々な形を作っています。   




KOTOKA取材記



みなさん、「日本の革靴産地」ってどこの都道府県かご存じですか?

おそらくたいていの人は、言葉に詰まってしまったと思います。それもそのはず、現在の革靴市場は海外製が8~9割を占めると言われており、残念ながら日本製は少数派なのです。産地の認知度も、正直高いとは言えません。

そんな厳しい状況を打破しようと立ち上がったのが、日本の革靴産地のひとつである奈良県の革靴メーカーさんです。
KOTOKA
奈良県靴産業協同組合に所属する7社が集まり、2020年に革靴ブランド「KOTOKA」(コトカ)を共同でスタートさせました。
KOTOKA
日本の古都・奈良にふさわしい革靴を目指して。
KOTOKA
KOTOKA
一枚革で作られた靴からは、日本ならではの美意識や価値観が感じられます。
KOTOKA
代表で案内してくれたのは、7社のうちのひとつ「オリエンタルシューズ株式会社」の取締役・松本英智さん(左)と、営業部マネージャーの亭良行さん(右)。

奈良の革靴産業の歴史を踏まえつつ、KOTOKAに込められた熱い想いから革靴選びのコツまで、いろいろとお話をお伺いしてきました。


KOTOKA誕生のきっかけ
「そもそも、組合に所属する革靴メーカー7社で定期的に集まっていたのが始まりなんです」と松本さん。
KOTOKA
「その中で『奈良県の地元の人にすら、靴産業ってあんまり知られていないよね』という問題意識があって。『ちゃんと靴産業をPRしていかないといけない』といろいろ相談した結果、ブランドをみんなでやってみましょう、ということになったんです」


革靴産地としての、奈良の歴史
もともと明治時代のころ、日本ではワラジや草履が一般的に履かれており、奈良県もそういった履物の生産が盛んでした。ところが、戦争が終わり洋装化が進むと、革靴の需要がどんどん増加。奈良の履物生産も、ワラジや草履から革靴へと移行していきます。

「最初は住宅街に工房が点在していたんですが、いよいよキャパオーバーになって。現在の靴工業団地ができるくらいまで、産業が発展していきました」
KOTOKA
しかし、アジア製の安価な革靴が販売されるようになると、日本の革靴産業は徐々に苦境に立たされていきます。

「この団地もピーク時には14社ほど靴メーカーがありました。加盟してない会社もいれると、ものすごい数の従業員がいたんですけど…今は半分の7社しか残ってないですね」と松本さん。


いい空気感の、7社だからこそ
そんな時代の流れの中、革靴産地としての奈良を知ってもらおうと立ち上がったのが今回のプロジェクトです。しかし「7社で集まって共同でブランドを作る」と言葉にするのは簡単ですが、7社それぞれ歴史も環境も異なる同業者。意見が合わなかったり、足並みが揃わなかったりといったトラブルはなかったのでしょうか。

「もちろん同じ得意先をもっているという意味では、7社それぞれライバルにもなるんですけど。でも会社同士の垣根とか、ライバル意識バチバチみたいなのは全然なくて。もともと定期的に集まっていたときから、和気あいあいとした雰囲気なんです」と笑顔で語る松本さん。
KOTOKA
「モノづくりのクオリティであったり、納期であったり。そういう部分を揃えるのが難しいだけで、みんなの意思を揃えるのに大きなハードルはなかったですね」

複数のメーカーが共同でなにかに取り組むとき、対立が起こって上手くいかないという話もよく耳にします。やはり7社がもともと持っている空気感が良かったり、日頃の関係性が良好だったりするからこそ、無理なくまとまることができたのでしょうね。


KOTOKAが形になるまで
ブランドを作ろうと決めた後は、どのような流れでKOTOKAが形になっていったのでしょうか。

「最初は自分たちの強みを生かす方向でビジネスシューズを考えていたんですけど、なんか今更なぁと思っていて。そしたら、途中から参加してくださった外部のプロデューサーの方が、今のKOTOKAのアイディアを提案してくれたんです。みんな『めっちゃいいやん!』『まさにそれ!』みたいな感じで盛り上がりましたね」
KOTOKA
提案されたアイディアをみんなで検討して修正を加えながら、最終的な靴のデザインを決定。その後は7社のうち、その靴を一番形にしやすい会社が生産を担当して進めていきます。



KOTOKAのコンセプト
「もし日本が西洋の靴を見ることなく革靴を作っていたら、どのようなものになっただろうか?」KOTOKAのブランド作りは、この問いから始まりました。

「『日本ならではの靴作りってなんだろうか』というのは、我々の根本にずっとありました。そこから、日本の素材の良さを余すことなく生かそうという発想に繋がっていったんです」
KOTOKA
そうして形になったKOTOKAは、シンプルな一枚の革を使ったデザインです。縫い合わせが極力ないように作られており、素材そのものを食べる日本料理のような価値観を感じさせます。


一枚革の個性を楽しむ
一枚革のデザインだからこそ、まっさきに目に入るのはその革の表情です。KOTOKAではデザインに応じて「栃木レザー」「たつの蝋引き揉みレザー」「姫路丘染めオイルドレザー」という、厳選された三種類の革を使い分けて靴作りを行っています。

「革って個性があるんです。生きた動物の皮膚なので、当然虫に刺された跡もあるし、シワもある。皮膚の下を通っている血管のスジまで残るんです」
KOTOKA
例えばドレスシューズの場合はキレイな仕上がりが求められるため、そういった革の個性は好まれません。点在するシワや跡をよけるためにパーツごとに細かく革を裁断し、縫い合わせて作ります。

ところが一枚革の場合は大きなパーツで作るため、そのようなシワをよけることができません。
「もう割り切って逆の発想というか。そういった革の個体差とか、不均一さとか、動物が生きてきた証っていうのは、捨てるんじゃなくて生かそうってことで作ってるんです」
KOTOKA
こちらの画像は、同じデザイン・同じ種類の革を使った靴ですが、右側は凸凹感(シボ)があって左側はつるっとしています。これが個体差です。革の表情が違うだけで、雰囲気もずいぶん変わってきますね。ちなみに、同じ靴の右足と左足で個体差があるとおかしいので、そこは職人さんが両足同じような表情を選んで揃えてくれます。


優しく包まれる履き心地
一枚革で作った靴は、独特の柔らかい履き味も魅力です。

「たくさん縫い合わせがある靴は、パーツとパーツを重ねるため生地が二重になって分厚くなり、履き味が硬くなります。でもKOTOKAはできるだけ縫い合わせないようにデザインしているので生地の重なりがほとんどなく、革の柔らかさとしなやかさが、ダイレクトに足に伝わってくるんです」
KOTOKA
私も実際に試し履きをさせてもらいましたが、初めて足を入れたときはびっくりしました。やはり革靴って少し硬いイメージがあったんですけど、KOTOKAは想像以上に柔らかかったです。


KOTOKAを代表する一足
KOTOKAの中でも特におすすめなのが「一枚革ダービー」。足指あたりに幅のある木型で作っているので、ゆったり履けるのが特徴です。
KOTOKA
革を柔らかくするために揉む工程で自然に生まれる、ナチュラルな凸凹感(シボ)が魅力の「栃木レザー」。カジュアルなデニムの足元に合わせると、カッコよく決まります。
KOTOKA
なめらかな革の表情が美しい「姫路丘染めオイルドレザー」。ややハリがある履き心地で、キレイ目に履くことができます。

同じデザインでも、使用する革が違うと雰囲気がかなり異なりますね。


革靴を選ぶときのコツ
ところで、革靴を選ぶときはどのような点に気を付けて選んだらいいのでしょうか。

「デザインは、自分の用途と生活スタイルに合うものを選びましょう。ただ、靴は選び方を失敗すると足の痛みにつながるので、デザインだけを優先せず、自分の足に合わないと思ったらやめる勇気も大事です」と松本さん。
KOTOKA
「サイズは、できるだけ無駄なゆとりがないように選んでください。幅、甲周りが当たって痛いようならダメだし、足が動くくらい浮いているのもダメ。かかとは、歩いたときにちゃんと食らいついてくるのがベストです。つま先は伸びないので5~10mmはゆとりがあって、ほかの部分はフィットしているというのが理想ですね」

KOTOKAの靴はWEBサイトでの販売がメインなので、「サイズ選びの目安」をよく読んで選びましょう。自分が普段履いてるスニーカーと比べて選ぶのがコツです。また、東京と大阪、奈良には、実際に靴を手に取れる展示体験コーナーがあるので、そちらで試し履きをすることもできますよ。


一足一足、想いを込めて作る現場へ
ここからは、KOTOKAの靴が作られている工場を見学させてもらいました。
KOTOKA
私が一番驚いたのは、想像していたよりも手作業が多いことです。
KOTOKA
KOTOKA
「それぞれの工程で機械は必ず通るんですけど、それを操作するのにも人の手が必要ですし、設定やさじ加減っていうのも人の手が握っている。機械にのせてボタンひとつで自動的にできるという感じでは、まったくないですね」
KOTOKA
一足の靴を作るのに、かなりの時間と手間がかかっていました。
「一足が出来上がるまで、ちょっとした釘打ち工程まで入れると…だいたい100~200くらいの工程があるかな? 正確に数えたことはないんですけど(笑)」と松本さん。
KOTOKA
すべてはご紹介できないですが、ここからはざっくりと工程順にみていきましょう。
KOTOKA
まずは、一枚革を裁断していく作業から。
「抜き型を使って機械のプレス機で裁断することもできるんですが、KOTOKAの場合は、ひとつひとつ型紙をあてて裁断を行っています。目立つ傷がある場合は、裁断の時によけながらカットしていくんですよ」
KOTOKA
こちらはベロが縫われ、仮紐が通った状態。これを見ると一枚革で作られているのがよく分かりますね。
KOTOKA
柔らかい一枚革の履き心地を追求しているため、KOTOKAの靴はライニング(裏材)をつけていません。ですが、かかとだけはライニングとカウンター(芯材)を入れて、かかとを保護しています。
KOTOKA
中底を仮止めした靴型の上に、アッパーをのせた状態。ここから機械を使って革を引っ張りながら靴型に密着させて成型し、中底と革を固定させます。
KOTOKA
つま先部分は機械を使い、残りの部分は手作業で成型していきます。
KOTOKA
「靴型にぴたっと隙間なく革をつけて作らなければ、サイズ感の個体差が出てしまうんです。例えば、右がぴったりしていて、左が2mmでも浮いていたら『なんか左足だけゆるい』ってすぐ分かってしまう。靴は曲線がいろんなところにあるんで、細かいところまでバラつきなく成型していくのは、本当に難しい作業なんです」と松本さん。
社内でも、この作業ができるのは2人しかいないそう!
KOTOKA
成型した後に本底を縫い付けていきます。
KOTOKA
工業用の接着剤で、靴底ラバーをくっつけます。靴は体重を受けてものすごい力がかかるので、底剥がれが起きないようしっかり接着させます。
KOTOKA
他にもさまざまな工程を経て、ひとつの靴ができあがります。
普段何気なく履いている靴ですが、こんなにも多くの人の手を経てできているなんて知りませんでした。


KOTOKAの魅力を広めたい
KOTOKAは今後、どのように展開していく予定なのでしょうか。

「今はWEBサイトがメインなので、今後は取り扱い店舗をどんどん増やしていきたいですね。あと、KOTOKAはレディースもあるんですが、我々が男ばっかりでやっているというのもあって(笑)、女性に向けたアプローチがまだまだできていないので。そういったところも積極的に動いていきたいです」

そう力強く語ってくれた松本さん。最後にふと彼の足元を見ると…これはKOTOKAですか?

「そうです!一枚革ダービーの姫路レザーの黒。1年くらい履いています。黒が抜けて、地の茶色が見えてきてるんですけど、こういうヴィンテージっぽい抜け方がいいですよね」
KOTOKA
「よく『素材の味を味わう』って表現しますが、なにが楽しいかっていうと、ひとえに経年変化やと思うんですよ。色味が深くなったり、逆に僕の靴みたいに色が抜けて表情が出てきたり。均一な革と違って、履き込めば履き込むほど変化していく。それを楽しめるのがKOTOKAなんです」

例えば、無垢材でできた建物や家具、ろくろを回して作られる陶器など。
ひとつひとつに個性があり、年月とともに味わいを深めるものたち。

我々日本人が昔から愛してきた、そういったものとKOTOKAの靴は、どこか通じるものがありますね。
KOTOKA
長い時間取材にご協力いただき、ありがとうございました!










KOTOKAの商品一覧



KOTOKA 一枚革ダービー(メンズ)

一枚革ダービー(メンズ)




高岡屋



高岡屋 ブランド紹介
1919年(大正8年)創業の株式会社高岡が、代々受け継いできた座布団、布団作りの技で作り上げたブランドです。
2019年に創業100年という節目を迎えるにあたり、私たちが生み出すアイテムを、「寛具(かんぐ)」と名付けました。
寛具は「人々の思いやりと細やかな手仕事により生み出される、寛ぎを与える道具」この新しい言葉にこめた思いと共に、座布団・布団の枠にとらわれない「寛ぎのアイテム」開発、展開しています。   




高岡屋取材記



ソファにゆったり腰掛けてテレビを見たり、床やラグの上に座って本を読んだり。お家でくつろぐ時間って、大切なひと時ですよね。
でもしばらくすると足や腰が辛くなって、体勢をあれこれ変えたりすることってありませんか? 

「ラクに長くくつろぐためには、どうしたらいいんだろう」

今回お邪魔した京都の高岡屋さんは、そんな「くつろぐこと」を長年真剣に考え続けてきた老舗の座布団・布団メーカー。
くつろぐことに関してプロフェッショナルな企業なので、いろいろと面白いお話をお伺いすることができました。
高岡屋
案内してくれたのは、代表取締役の高岡幸一郎さんとスタッフの高岡佳奈絵さんです。


「くつろぐ」ことを追求した道具
高岡屋さんでは、座布団をはじめとする「くつろぐための道具」をたくさん手掛けています。
高岡屋
代表作の「おじゃみ座布団」。ラクに座りやすいのはもちろんのこと、ころんとした形やオシャレなファブリックが目を引きます。
高岡屋
ソファや床に置くだけでも、インテリアのアクセントに。
高岡屋
こちらは大きな丸い形が可愛らしい「せんべい座布団」。大人だけではなく、赤ちゃんもにっこり笑顔になる人気商品です。

今回の取材を通して、くつろぐ道具に込められた熱い想いから、長くくつろぐためのコツまで、みなさんにしっかりお伝えしたいと思います。


寝具作りからスタートした高岡屋さんのあゆみ
高岡屋さんは、1919年(大正8年)に京都で創業しました。もともとは、百貨店の大丸京都店さんに納める寝具の加工所としてスタート。職人の手仕事で丁寧に作られた布団を作ることで、京都に暮らす人々の生活を支えてきました。

ところが戦後、日本人の使う寝具というものが、ガラッと変化していきます。毛布や羽毛布団、羊毛布団など、工場で大量生産された布団が主流となり、職人が作る昔ながらの布団はどんどん衰退していったのです。
高岡屋
「街にたくさんあった同業のお布団屋さんも、次々となくなっていきました。当時はすごく大変でしたね。今だから言えますけど、まわりの人から厳しい声を浴びせられて、くそーっと思うこともありました(笑)」と幸一郎さん。


「寝るもの」から「くつろぐもの」へ
そんな時代の大きな変化を、高岡屋さんはどう乗り越えたのでしょうか。

「せっかく職人がいるんだから、彼らが作る布団の技術を生かしてなんとか他のものを作れないかと考えました。誰かがボタンをぽんっと押したら、勝手に機械が作ってくれるようなもんじゃなくて。職人の技を通して、いいものを作っていきたいと」
高岡屋
「試行錯誤するうちに、日本人がくつろぐスタイルってなんだろうと考えるようになって。床にごろんと横になった時に何を使うかなって突き詰めて考えていくと、たどり着いたのが座布団だったんです」

最初に作ったのは「ごろ寝」というシリーズ。座布団を3枚並べて、一番上の1枚をちょっと折ってまくらにする。そういうくつろぐスタイルを、ひとつのコンセプトにしたアイテムです。座布団3枚分の大きさは、まさに名前通り、ごろんと寝っ転がるのにぴったり。
高岡屋
ここから徐々に、くつろぐ道具というもののあり方やブランディングを考えるようになり、「寝るもの」から「くつろぐもの」へと商品作りをシフトしていきます。


時代によって鍛えられた、考える力
時代の流れに合わせて、柔軟に変化を遂げた高岡屋さん。そこには計り知れない苦労があったと思いますが、幸一郎さんは力強く語ってくれました。

「もちろん、当時は我々にとってすごく大変やったんですけど。でも後から考えると、そういう時代があったからこそ考える力がついて、今の形があるんです」
高岡屋
「あの時そのままずーっと同じことをやっていたら結局次を考えることもなく、小さな市場の中でもがくだけもがいて終わっていたでしょうね。そう思うと、当時むちゃくちゃ厳しく言われたこともありがたいな、と(笑)」


クッションと座布団の違いって?
ところで、現代のくつろぐスタイルを想像したとき頭に浮かぶのが、クッションの存在です。クッションと座布団。一般人の私から見ると「洋」と「和」ということ以外、あまり大差なく見えるのですが…。
「クッションは中身を『詰める』、座布団は中身を『形作ってから入れ込む』というのが大きな違いです」
高岡屋
クッションは単純にわたを詰めるだけでいいのですが、座布団というのは『上に人が座る』ことを考えて作らないといけません。

そのため、体重がかかる中央部分はわたをたくさん使ってふっくらとさせ、下は平らにした「かまぼこ型」にわたを成形してから、生地に入れ込んで作っていきます。ここに、職人の技や工夫がぎゅっと詰まっているのです。

「クッションや座布団というのは使い込むうちにへたっていくものですが、良い座布団は均一に平らにへたります。へたり方もきれいなんです。ただわたを詰めるだけだと、中身が片寄ってデコボコにへたるんですよ」と佳奈絵さん。

なるほど! 同じように見えても、そんな違いがあったとは驚きです。


ラクに長く座るには、お尻を浮かせること
では、高岡屋さんの看板商品である「おじゃみ座布団」はどのようにして生まれたのでしょうか。
高岡屋
戦後の日本は住空間が変化して、畳の部屋がどんどんフローリングに変わっていきました。その中で日本人の体型も変化し、昔よりも長い時間床に座ることが難しくなるように。そこで高岡屋さんは「少しでもラクに、長く座るにはどうしたらいいか」と考えました。

「僕自身きっかけになったのは、宴会に行ったとき。長いこと座れなくなったんで、座布団を1枚もらって半分に折ってお尻に引いたんです。座布団を大事にせなあかんと思いながらも(笑)みんなよくやるでしょ。お尻をちょっと浮かしたら、だいぶラクになるんですよね」と幸一郎さん。

そこで思いついたのが、高さのある座布団。座布団でお尻を浮かすと、知らないうちに背筋がすっと伸びる。そうやって良い姿勢になれば、自然と長くラクに座ることができると気付いたのです。


実際に座ってみると!?
せっかくなので、高さのあるおじゃみ座布団に私も座ってみました。男性はあぐら、女性は割座で座るとよく分かります。自分の足ではなく座布団が体を支えてくれるので、見た目以上にラクチン!
高岡屋
画像はモデルさんですが、まさにこの画像のように背筋が自然と伸びるので驚きました。普段から「姿勢よく座ろう」と思っているとリラックスできませんが、おじゃみだと何も考えなくても姿勢がよくなるので、気分的にもラクチンですね(笑)
高岡屋
また、ソファや椅子の場合は、自分の背骨のそりに合わせておじゃみを置くとラクに座ることができます。


お手玉をモチーフにした、おじゃみ
おじゃみは、ころんとした可愛らしいお手玉の形をしているのも特徴的。この発想はどこからきたのでしょうか。

「たまたま一人の社員がお手玉を持ってきてくれて。お手玉って昔からあったじゃないですか。ああ、これ可愛いよなぁと思って、それを座布団に使ってみたらどうだろうと。京都でお手玉のことをおじゃみと言うので、おじゃみ座布団と名付けました」
高岡屋
ところが、お手玉のように4枚の生地を縫い合わせるところまではスムーズにいきましたが、わた入れの段階で壁にぶつかってしまいます。

「日本の座布団はみんな『平面』やったけど、おじゃみは『立体』。ただわたを詰めるだけでは、使い込んだ時に均一にへたるという、理想の座布団にならないんです」

そんな中がんばってくれたのが、わたを入れる職人たち。長年培った技術を応用しながら、おじゃみ独自のわた入れ方法を確立していきました。
高岡屋
「生地が変われば硬さも変わってくるので、わた入れ方法もひとつじゃありません。一個一個工夫しながらわたを入れていく。まさに職人技です。量産が難しい部分もあるのですが、工場では再現できない、うちならではの形です」


ひとつひとつの生地に、ストーリーがある
取材でお邪魔させていただいたお部屋には、色とりどりのおじゃみがたくさん並んでいました。そのバリエーションの多さに、思わず「わー!」と見惚れてしまうほど。
高岡屋
「今はみんなインテリアの個性を大事にしている時代なので、その人の部屋に合った色とか柄を選べる方がいいと思って。うちでは、綿生地だけでも2500くらいの組み合わせができます」

高岡屋さんでは、綿以外の生地もたくさん取り扱っています。ヨーロッパの生地を使ったもの、京都ならではの西陣織で仕立てたもの、昔からの染めの技法を使ったもの、着物の帯をリメイクしたもの。

ひとつひとつのファブリックに想いがあって、ストーリーがある。ここではとてもすべてを書ききれないので、ひとつだけご紹介します。
高岡屋
これは障害者施設で作っている、刺し子を使ったものです。

「縁があって作らせてもらったんですけど、これってほんまに世界にひとつ。彼らの刺し子は、色の組み合わせとか刺繍のリズムとか、すごい才能がある。めちゃくちゃきれいですよね」と幸一郎さん。

「国内にも海外にも、素材ってほんとにたくさんあるんですよ。大量生産・大量消費は終わったと言われていますけど、やっぱりまだそういう部分が残っているので。うちはひとつずつ想いを込めて、これからもいいものを作っていきたいなぁと思っています」


もともとは、お父さん向けのせんべい
おじゃみとともに、高岡屋さんの人気商品となっているのが「せんべい座布団」です。これはどういう経緯で生まれたのでしょうか。
高岡屋
「今は赤ちゃんと一緒に紹介させてもらうことが多いですが、もともとは家の中でお父さんにちょっとでも大きいスペースでくつろいでもらおうと作ったものなんです」と佳奈絵さん。

「一番最初は、作務衣でおじさんが座ってる写真を使っていたんですけど、それはみなさんにあんまり響かなかったみたいで(笑)」


ママと一緒に、どんどん進化
高岡屋
「ある日、お友達がたまたまこの写真を送ってきてくれて。これを見て、『赤ちゃんが可愛い!』ってなったんです。ほんとにね、ここに赤ちゃんを寝かせると、赤ちゃんがにこっとするんですよ(笑)」

直径1mの丸い形が、小さな赤ちゃんのサイズ感にぴったり。おしめ替えやプレイマットとして、ちょうど良く使えます。
高岡屋
「みんなが赤ちゃんとせんべい座布団を一緒に撮って、うちに送ってきてくださるんですよ。その写真を載せると、また私も私もって広がっていく。ありがたいですよね」

そうこうしているうちに、「おしっこがついたのに洗濯できなくて困る」という声が届きました。それならと洗濯できるカバーを作って、中身の座布団は撥水生地に。

そんな風にお母さんの声と一緒にどんどん進化していき、今では立派な人気商品へと成長を遂げました。


職人の技が光る、現場へ
ここからは高岡屋さんの商品が作られる工房へお邪魔して、現場を見せていただきましょう。

まずは座布団を作るうえで要となる、わた入れ作業から。
高岡屋
わたを座布団の形に成形して、生地に入れ込んでいきます。想像よりも大量のわたが、どんどん手早く収まっていく様子はおもしろくて、目が離せません。
高岡屋
こちらは、伝統的な京座布団です。わた入れが終わった座布団は、美しいかまぼこ型で角までしっかりわたが入っています。
高岡屋
こちらはおじゃみ座布団。おじゃみ1個に対して、肌掛け布団1枚分ぐらいのわたが入っているそう!
高岡屋
「わたは湿気を含むので、わた入れをする時の湿度が関係してきます。毎回同じ量を入れれば良いわけじゃなくて、湿度によってわたの量を調整しないといけない。そこはもう感覚なんで、ほんとに職人さんにしかできないですね」と佳奈絵さん。
高岡屋
座布団の中央に施される「綴じ」。これをすることでわたがズレないのはもちろん、座りやすくてきれいな形状に決まります。分厚い座布団に正確に針を通すのは、とても難しい作業です。
高岡屋
わた入れをしたおじゃみは、ひと針ひと針手縫いで仕上げていきます。
高岡屋
こちらはわた入れが終わったせんべい座布団を、専用のミシンで綴じているところです。
高岡屋
高岡屋
経験や感覚を頼りに調整するのも職人の技。
道具を使いこなすのも職人の技。
機械を操作するのも職人の技。

どの工程も人の手や考え、想いがしっかり入っており、いわゆる機械任せで済む部分はひとつもありません。この現場こそが「職人の技を通して、いいものを作っていきたい」という高岡屋さんの目指す形そのものですね。


みんなが笑顔になれるように
最後に、今後の展開についてお伺いしました。

「基本的に我々の会社は『みんなが笑顔になってくれればいいなぁ』と思ってやってるんです。買っていただいたお客様も、商品を作っている我々も、原料とかをやってくれている人も。みんなが笑顔になれるような、そういう展開を目指していきたいんです」と幸一郎さん。
高岡屋
例えば、食品ロスを少なくするのと同じように、繊維ロスをできるだけ少なくするためにはどうしたらいいのか。今の世界情勢をみながら、海外展開をどう動かしていくのか。

ひとつひとつの物事に対して、ただ流されるのではなく、しっかりと立ち止まって自分たちで考える。当たり前のようでいてなかなかできないこの姿勢は、ひとつひとつ想いを込めてモノづくりを行う職人さんの姿と重なるものがあります。

「考えることは山ほどあって、行き詰まるところまで考えられていない。まだまだできることは残っているなと(笑)」明るく笑う幸一郎さんと佳奈絵さんの笑顔がとっても印象的でした。
高岡屋
長い時間取材にご協力いただき、ありがとうございました!










高岡屋の商品一覧



おじゃみ

おじゃみ



SiNG


SiNG ブランド紹介

生活の部品、のような製品を福岡県久留米市に工場を構え、長年に渡り工業用部品(合成ゴム製)の生産を行ってきました。
「もっとゴムの魅力を多くの人に知って頂きたい」という想いが芽生え、2011年シリコーンゴム専門工場を立ち上げ、シリコーンの生活用品ブランド「SiNG」が誕生しました。
工業用ゴムらしい、飾り気のないカラーリングとマットなテクスチャーが合わさることで、今までのシリコーン雑貨以上にオフィスや暮らしの中の幅広いシーンに取り入れやすい質感になりました。





SiNG取材記



キッチングッズから日用品まで幅広く使われ、今や私たちの生活に欠かせない存在となったシリコーンゴム。しかし、シリコーンゴムが何からできていて、どういう特性があるのか、意外と知らない人も多いのではないでしょうか?
今回は、福岡県久留米市でシリコーンゴム専門の会社を経営する「SiNG」さんにお邪魔して、その魅力についてお伺いしてきました。案内してくれたのは、スタッフの内山さんです。
SiNG 取材記
SiNG 取材記



■暮らしに馴染む、シリコーン雑貨
SiNGでは、シリコーンゴムを使ったオリジナルブランド「FACTORY」シリーズを展開しています。
SiNG 取材記
よくあるシリコーンゴム製品とは一線を画す、スタイリッシュな存在感。
SiNG 取材記
すっきりとしたオシャレなデザインなのに、シリコーンの特性がちゃんと生かされているので、毎日の暮らしに取り入れやすいのが魅力です。
SiNG 取材記
今回この「FACTORY」シリーズの取材記を通して、シリコーンゴムという素材のおもしろさをみなさんにお届けできればと思います。


■ゴムの街・久留米で誕生した「SiNG」
久留米市は、もともとゴム産業が盛んな街。SiNGの代表である中野さんも、工業ゴム製品の製造に長年携わってきたそうです。
転機は10年前。ゴムとは違う、シリコーンゴムならではの特性におもしろさを感じた中野さんは、シリコーンゴムを専門で扱う会社を作ろうとSiNGを立ち上げました。
現在は、工場とショールームを兼ねたカフェを大宰府で展開しています。
SiNG 取材記



■ゴムとシリコーンゴムって、なにが違うの?
ゴムとシリコーンゴムの両方を手掛ける会社は多いそうですが、シリコーンゴムを専門で扱う会社は珍しいのだとか。中野さんをここまで引きつけたシリコーンゴムって、そもそもどういうものなんでしょうか。
「ゴムとシリコーンゴムって、名前に同じ"ゴム"が付くんでよく誤解されるんですけど、もともとの素材はまったく違うんですよ」と内山さん。
天然ゴム以外の一般的なゴムの多くは「石油」からできており、独特の臭いがあります。
一方のシリコーンゴムは、ケイ素を含んだ鉱物・・・簡単に言うと「石」からできており、無味無臭なんです。
SiNG 取材記
「シリコーンは自然界に当たり前にあるものでできているので、人体に対してのアレルギーはほぼありません。『臭いがあるんじゃないか』『体に影響があるんじゃないか』と思う方もいらっしゃいますが、実際は違うんですよ」
この話を聞いて、私自身、とてもびっくりしました。
ゴムはなんとなく想像がついていましたが、シリコーンゴムがまさか鉱物からできているとは!
この時、実際にシリコーンゴムのマグカップに淹れてもらったコーヒーをいただきましたが、確かに、コーヒー以外の臭いはまったくしません。なんの違和感もなく、おいしく飲むことができました。
SiNG 取材記



■FACTORYシリーズができるまで
では、SiNGの自社ブランドであるFACTORYシリーズは、どういう経緯で生まれたのでしょうか。
「SiNGの会社自体は、他社からの依頼を受けて、シリコーンゴムを使った部品や商品を作ったりするのがメインの業務でした。そのうち、シリコーンゴムのおもしろさを、もっと広く一般の方に知ってもらいたいと考えるようになったんです。そこで、外部のデザイナーさんと協力して、6~7年前にFACTORYシリーズを立ち上げました」
SiNG 取材記
目指したのは、シリコーン素材の特性を生かしたモノづくり。
ほかの素材ではできない形、できないデザインを追求し、試行錯誤しながら商品を作り上げました。


■深みのある色にこだわって
FACTORYシリーズをひと目見て真っ先に心引かれるのが、独特の色使いです。
「色には、かなりこだわりを持っています。ただの赤、ただの黄色じゃなくて、もっと深みを持たせるために顔料を5色以上調合しています。100gに対して0.0何グラムという単位で調合することもありますね」
SiNG 取材記
一言で「何色」と表現できない、繊細な色使い。
その想いは「かき」「こいねず」「きり」「なのはな」「まつ」という、カラー名にも表れています。古き良き日本の趣を感じさせる名前が、商品の雰囲気にぴったりですね。
今は、1つのアイテムに2つ以上の色を混ぜ合わせたマーブルカラーをいろいろと試作中だそう。
「同じ形のマグカップでも、マーブルカラーなら世界にひとつしかない柄に仕上がるのでおもしろいですよ」
今後、どのような商品に発展していくのか楽しみですね。
SiNG 取材記



■あえてマットなテクスチャーに
色の次に気になるのが、その質感です。
「シリコーンゴムって通常はツヤがあるんですけど、FACTORYシリーズは表面をマット加工しています。いわゆるシリコーンゴムっぽくない質感なので、お客様の中には、触ったときにびっくりされる方もいらっしゃいますね。陶器と間違われるみたいで」
SiNG 取材記
確かに、陶器と一緒に並べられても、引けを取らない仕上がりです。
この色とこの質感の掛け合わせこそが、FACTORYシリーズの個性を作り出しているんですね。


■生活に寄り添うラインナップ
FACTORYシリーズでは、様々なアイテムを展開しています。なかでも、おすすめの商品とそのポイントをお伺いしました。

◯キーリング
いま、最も人気を集めているのがキーリング。こちらはシリコーンゴムのやわらさを利用した商品です。熟練した職人さんの技術により、シリコーンゴムの中に金具を仕込んでいます。
SiNG 取材記
切り込み部分だけやわらかくしてあるので内側に倒れやすく、鍵のつけ外しが簡単に行えます。また、切り口を斜めにカットしているので、外側には開かない作りです。
種類は、大きめの円と正円の2つ。
大きめの円は、指を引っ掛けてサッと持ち出しやすいのが魅力。正円は切り込み部分の可動域が少なくて安定感があるので、バッグに引っ掛けて使うのもおすすめです。

◯コースター、ペンシート、トレー、ボウル
シリコーンゴムはクッション性があるので、割れやすいものを置くのにも最適です。また、水にも強く、すべりにくくて、劣化もしにくい。その特性を生かして作られたのが、コースター、ペンシート、トレー、ボウルです。
SiNG 取材記
玄関で鍵を置く。ベッドサイドでメガネを置く。料理を置いてお皿として使う。
アイデア次第で使い方はいろいろ。
SiNG 取材記


◯ライト
シリコーンゴムを使ったライトは、万が一頭をぶつけても痛くないので、お子様がいるお家でも安心して使用できます。
また、シリコーンゴムは熱の伝導率が鈍いので、ライト自体が熱くならないのだそう。間接照明のように、床に転がして使用しても大丈夫。
SiNG 取材記
普通のライトもシリコーン素材に変わるだけで、使い方の幅がぐっと広がります。

◯カップ、マグカップ
こちらも、熱の伝導率の鈍さを利用した、カップとマグカップ。熱い飲み物を入れても、すぐに持つことができます。
口当たりがやさしく、滑りにくいので、キャンプなどの屋外で使ったり、子ども用に使ったりするのもおすすめです。
SiNG 取材記
大宰府にあるSiNGのカフェでは、シリコーンのカップでプリンを作って、カップごと販売しています。
「シリコーンの魅力を知ってもらうために、赤字覚悟でやっています(笑)。みなさん、カップを持って帰って、繰り返し使ってくださっているようで、嬉しいですね」
SiNG 取材記
口であれこれ説明するだけではなく、実際に使って、生活に取り入れることで、たくさんの人にシリコーンゴムの魅力を感じてもらう。
カフェメニューを自然に使った、SiNGならではのアプローチが素晴らしいですね。
もちろん、プリンも、とってもおいしいです(笑)!


■シリコーンゴム商品の制作現場
ここからは、FACTORYシリーズが生まれる現場を見学させていただきます。
まずは、SiNGの作業場にお邪魔しました。
SiNG 取材記
この機械はロールといい、生のシリコーンゴムを練って仕込みを行うものです。機械をまわしている途中に顔料を入れて、色を付けていきます。
SiNG 取材記
ちなみに、これが何も色を付けていない状態の生のシリコーンです。切れ端を少し触らせていただきました。見た目はナタデココのようですが、感触はもっと柔らかくて、粘土みたいな不思議な素材ですね。v
SiNG 取材記
こちらが顔料。これを入れることで、先ほどの生のシリコーンに色が付きます。
SiNG 取材記
色付けしたシリコーンゴムを薄く伸ばして裁断機にかけてから、計量していきます。計量も、0.0何グラムの世界で行っているそうです。
SiNG 取材記
これが、色付け、裁断、計量が終わった状態のシリコーン。
SiNG 取材記
この後、プレス機を使って成形していくのですが、ここからは、関連会社の「大友ゴム工業」さんの工場のほうへ移動します。
SiNG 取材記
こちらがプレス機です。金型にさきほどの仕込みをしたシリコーンゴムを入れて、上下で蓋をして、熱と圧でプレスしていきます。
SiNG 取材記
SiNG 取材記
しばらくすると、成形されたものがあがってきます。商品ごとに焼きあがる時間は違うそうです。テストを何回か行い、どんどん時間を修正しながらベストなタイミングを追求していきます。まさにここが職人技ですね。
SiNG 取材記
SiNG 取材記
熱を使う機械に囲まれているため、現場はどうしても暑くなります。そのなかで、重い金型を運んだり、たくさんの機械をひとりで動かしたりする職人さんは、ほんとうにすごいです。


■これからも試行錯誤を重ねて
FACTORYシリーズの商品は、まだまだ開発中のものがたくさんあります。店頭に置いてある、このスツールもそのひとつ。
「シリコーンゴムって、硬度を変えることができるんですよ。なので、座面はやわらかく、下は硬くしています。ただこれ課題がひとつあって・・・中に芯があるうえにシリコンに厚みを持たせているので、すごく重いんです(笑)」
SiNG 取材記
「軽くする方法はいろいろあるので、これからもっと開発研究していきたいなと思っています」
生き生きと話す内山さんからは、熱いチャレンジ精神が伝わってきました。
たくさんの特性があるシリコーンゴム自体が”おもしろい”からこそ、その商品作りもきっと”おもしろい”のでしょうね。
お忙しいところ取材にご協力いただき、ありがとうございました。


■おまけ
シリコーンゴムは一度成形してしまうと溶かせないため、再利用しにくい素材だそうです。
「商品を作っていると、どうしてもB品が出てしまうんですね。それを、どうにか再利用したいと思ったんです。くり返しずっと使える商品を提案しているのに、破棄をしてしまうのがすごくもったいなく感じて・・・」
そこで思いついたのが、植木鉢として再利用する方法。
SiNG 取材記
シリコーンゴムは水を通さないけれど空気を通す性質があるので、素焼き感覚で、底に穴をあけて植物を植えてみたそうです。
B品の活用方法もSiNGらしくて、素敵なアイデアですね。










Sing 取材記

SiNGの商品一覧



SiNG トレーコースター

トレーコースター  




SiNG ペンシート

ペンシート




SiNG シームレスキーリング

シームレスキーリング




SiNG タビーライト

タビーライト




SiNG タビーカップ

タビーカップ




SiNG タビーマグカップ

タビーマグカップ




SiNG タビートレー

タビートレー




SiNG タビーボウル

タビーボウル






SHINTO TOWEL / 神藤タオル



SHINTO TOWEL ブランド紹介
創業100余年の技術力を生かし、新しい発想力を磨いていく。
泉州タオルの特長である「後ざらし」が生み出す高い吸水性、優しい肌触り、おろしたての清潔さを追求しています。
泉州タオルの技法を継承しつつ「本当にいいタオルとは何か」を求め続け、伝統と実績が培ってきた技術力を生かし、時代の変化に呼応した発想力が必要です。
SHINTO TOWELは、素材や機能、デザインなどさまざまな角度から製品を見つめ、新しいものづくりにチャレンジしていきます。   




SHINTO TOWEL / 神藤タオル取材記



大阪の南西部に位置する、泉州地区。
日本で一番最初にタオル作りが始まった『タオル産業発祥の地』に、老舗の神藤タオル株式会社さんがあります。
案内してくれたのは、代表取締役の神藤貴志さんです。
神藤タオル
1907年に創業して以来、伝統的な手法で泉州タオルを作り続けながら、その技術を生かして2017年から自社ブランド『SHINTO TOWEL』を立ち上げました。
神藤タオル
一度触れると忘れられない、優しい肌ざわり。
神藤タオル
シンプルなのに、どこか目を引くデザイン。
神藤タオル
今回は、『SHINTO TOWEL』誕生の経緯を中心に、伝統を継承していく難しさや、そこに隠された熱い想いなどをお伝えしていきます。


タオルの二大産地『今治』と『泉州』
日本のタオルといえば、愛媛の今治と大阪の泉州が二大産地と言われています。それぞれの地域で作られるのが今治タオルと、泉州タオルです。

では、このふたつのタオルに、どういった違いがあるのでしょうか。

「泉州タオルは、『白』が多くてデザイン性は乏しいけれど、肌ざわりや吸水性が高い。今治タオルは、ジャガード機械による多彩な織り柄が得意で、デザイン性が高い。それぞれ違った特徴があるんです」と神藤さんが教えてくれました。
神藤タオル
ところが、全国的な認知度は圧倒的に今治タオルが高く、泉州タオルは少し遅れをとっているようにみえます。
「今治タオルさんはマーケティングやPR戦略が本当に上手で…。そこは泉州タオル全体の反省点でもありますね」

しかし現在は、単純に今治タオルや泉州タオルといった『地域ブランド』をおしていくだけでは、うまくいかないのだそう。


地域ブランド特有の難しさ
例えば、認知度が高い今治タオルさんの場合でも、『今治タオル』という名前だけですでに似たような商品が数多く販売されています。
だからこそ自社ならではの特色がないと、生き残るのが難しくなっているそうです。

「今、僕らのような若手は、どちらかというと自社ブランドをおしていって、結果として泉州タオル全体が盛り上がったり、活性化するといいよね、という流れで考えています」

地域ブランドが認知されれば、そこがゴールというわけでもない。地域ブランドだからこそ、ぶつかる壁があるようです。



はじまりは、デザイン会社との出会いから
そんな状況の中、神藤さんが立ち上げたのが『SHINTO TOWEL』という自社ブランド。

「自社ブランドだからといって、僕自身が全部作りあげているわけではないんですよ。デザイン・アートディレクションの部分は、大阪のデザイン事務所さんと組んでやっています」と神藤さん。

もともとは10年くらい前に、関西の企業とクリエイターがいっしょになって取り組むプロジェクトで、今のデザイン事務所さんに声を掛けてもらったのがはじまり。

イベントに出品する商品を作るために、2.5重ガーゼタオルのサンプル生地を渡したら、現在のタグ付きのデザインがあがってきたそうです。

「すごく衝撃的でしたね。めちゃくちゃかっこいいな!って(笑)」
神藤タオル
しかし、その当時はまだプロジェクト用に作っただけで、商品を継続するつもりはありませんでした。


人と人の縁がつながって
その後、神藤さんが代表取締役に就任し、自社ブランドを作りたいと漠然と考え始めたときに、先輩から『大阪商品計画』という大阪府の支援事業を教えてもらったそう。

「その支援事業のアドバイザーの中に、以前お世話になった人が偶然いらっしゃったんです。その人にマーケティングのアドバイスをもらいながら、デザインも今のデザイン事務所に頼みました」

「どこの誰か分からない人とスタートするわけじゃなかったので、ラッキーでしたね(笑)すごく巡り合わせがよくて、今でも自分の人生で一番うまくいった瞬間だと思っています(笑)」
神藤タオル
自社の技術力を生かした商品と、確かなデザイン力、的確なマーケティングと支援。すべてが奇跡的に重なって『SHINTO TOWEL』が誕生しました。

作り手さんの取材をさせていただいていると、神藤さんのように運とか縁に恵まれて・・と言われる方が多いです。でもやっぱり“それ”を運とか縁に感じれる基礎がないとめぐってこない。熱量を持って動く神藤さんだからこその奇跡で生まれたブランドですね。


それぞれ魅力ある、3種類のタオル生地
『SHINTO TOWEL』は、「インナーパイル」「2.5重ガーゼ」「ユキネ」という3種類の商品を展開しています。それぞれの特徴をみていきましょう。


■インナーパイル
ガーゼ生地のあいだにパイルを挟みこんだ、特殊な構造のタオルです。シャットル機という昔ながらの機械を使って、丁寧に織りあげています。
神藤タオル
やわらかくて軽いガーゼに、ふわっとしたパイルのボリューム感が加わって、思わず頬ずりしたくなる肌ざわりに。
神藤タオル
タオルとしてはもちろん、枕カバーやブランケットにもおすすめです。


■2.5重ガーゼ
通常3重ガーゼといえば、同じ密度のガーゼを3枚重ねて作りますが、このタオルは真ん中の生地だけ糸の密度をあえて粗くして、3層のなかにゆるい遊びを作っています。そのおかげで、ペタッと平たくなりがちなガーゼも、やわらかく表情ゆたかに。
神藤タオル
タテ糸とヨコ糸で微妙に色差をつけているので、一口にネイビーと言っても普通のネイビーとは違い、奥行きと立体感があります。
神藤タオル
かさばらず、ごわつかず、速乾性に優れているので使い心地も抜群。


■ユキネ
手で握ったときにキュキュとする、不思議なタオル。まるで新雪を踏みしめるような感触があり、初めて握るとびっくりしてしまいます。
神藤タオル
その秘密は「後ざらし」という加工方法にあります。天然の油分や不純物、のりを洗い落とすさらし加工を、タオルの形に織りあげたあとに行う、泉州タオル独特の技法です。ユキネはその加工に、通常の倍ほどの時間と手間をかけています。
神藤タオル
吸水性が最大限に引き出された状態なので、買ってすぐ使っても、驚くほど水を吸うのが特徴です。


突き詰めた、究極の形
「僕の中では、3種類とも"タオルとしての究極系”という想いで作っています」と神藤さん。

「インナーパイル」と「2.5重ガーゼ」は、織りの技術と構造の特殊さを突き詰めたもの。
「ユキネ」は後ざらしの機能性と泉州タオルらしさを突き詰めたもの。

どれも神藤タオルにしか作れない、まさに究極のタオルです。

「タオルはタオルなんですけど、使い方を限定せずに使ってほしいですね。例えばアウトドアに1枚持っていったら、寒いときに羽織れるし、何かこぼしたときにはサッと拭ける。そういう風に自由に使ってもらいたいです」
神藤タオル


『SHINTO TOWEL』が生まれる現場
ここからは、実際にタオルの製造現場をお届けします。
神藤タオルでは、3世代の機械が現役で稼働中。

まずは、最新の機械から。こちらは完全にコンピューター制御されており、空気圧でヨコ糸を飛ばして織りあげます。
神藤タオル
スピードが早すぎて、素人にはどんな動きをしているのかはっきり見えません…。

こちらが、タオルを織る設計図になります。すべてデータで管理しているそう。
神藤タオル

次は、先ほどの最新の機械より、ひと世代前の機械です。レピアと呼ばれる棒でヨコ糸を受け渡しして、織りあげているそうです。
神藤タオル
こちらが設計図。プラスチックの板に穴があいたものです。先ほどの最新の機械と比べると、アナログな感じですね。
神藤タオル
ちなみに、こちらのタイプライターのような機械を使って、ひとつひとつ穴をあけて作ります。想像以上に、地道な作業でびっくり!
神藤タオル

そしてこちらが、昭和57年製の一番古い機械になります。現役で動いているのは珍しいそうです。神藤タオルではインナーパイル専用に、改造して使っています。
神藤タオル
シャットルと呼ばれる道具を使って、ヨコ糸を飛ばします。とても大きな音がして、迫力満点!
神藤タオル
木製の細長い板が連なったものが、設計図になります。パーツもいろいろむき出しですが、その武骨な感じがなんだかカッコ良く見えますね。
神藤タオル
この機械は現在8台ありますが、古くて部品も廃番になっており、壊れてしまったらそれでおしまいなんだとか…。
「できる修繕やメンテナンスは全部自分たちでやっていますが、正直どこまでできるか分からないですね。僕たちにはモノづくりを継承していく使命があるので、新しい機械でインナーパイルが作れないか、いろいろ試行錯誤しているところです」
技術があって、機械がある神藤タオルさんだからこそ、今の『SHINTO TOWEL』を作ることができたんだと思うと、なんだか運命的に感じますね。 神藤タオル
こちらはタオルの縫製をするところ。『SHINTO TOWEL』のデザインの要であるタグも、ここでひとつひとつ手縫いされています。
神藤タオル 最近はインスタなどのSNSを通して、海外との取引も増えてきているそうです。日本のモノづくりの素晴らしさが、どんどん広がっていくのは嬉しいですね。 神藤タオル


神藤タオル
神藤さんとお話をしていると、まわりの人を信頼して任せたり、いいものをいいと認めたりする、柔軟な姿勢とフットワークの軽さを感じました。

「僕はセンスがないので・・」と話される神藤さん、でも実はそんなことはないと私は思っています。デザイナーさんにデザインをしてもらったところで、最終的に判断するのは神藤さんです。

これまでにない、タオル業界にとって画期的な『SHINTO TOWEL』のタグ。前例の無いものをシンプルにかっこいいな!と感じ採用できる感性は間違いなくセンスです。

多くの素晴らしいブランド・職人さんの取材をしていて感じるのですが、なぜかみなさんとても謙虚!
ご自身のものづくりに関して話される時はすごい熱量なのに、人に任せたり信頼したりすることが上手。そんな人のまわりにはまた人が集まり、自然と素敵なブランドに育っていくのかもしれません。

神藤タオル 100年以上の伝統を継承し守りながらも、人と協力しながら新たな価値を生み出していく。そんな神藤さんだからこそ、こんな素敵なタオルを生み出すことができたんですね。

長時間にわたる取材にご協力いただき、ありがとうございました!










SHINTO TOWELの商品一覧



SHINTO TOWEL 2.5重ガーゼタオル

2.5重ガーゼタオル




SHINTO TOWEL インナーパイルタオル

インナーパイルタオル




SHINTO TOWEL ユキネタオル

ユキネタオル




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