ブランド紹介

人水 / JINSUI


人水 JINSUI ブランド紹介

JINSUIは日本一の常滑焼の急須の産地と知られる愛知県常滑市にございます。 品質が非常に高く、最高峰の急須を作っている産地の一つです。 職人の世界では、お茶を愉しむ時間の事を「時わすれ」と表現します。 そんな特別な「時」を楽しんで欲しいと願いを込めて急須。 江戸時代に創業し、常滑の良質な土と巧みな技術を現代まで受け継いできたJINSUIの新しい物づくりが此処にあります。




JINSUIの商品一覧




JINSUI TOKI 急須 常滑 茶こし不要

常滑焼の急須 | TOKI




JINSUI IROIRO 急須 常滑 茶こし不要

常滑焼の急須 | IROIRO 01




JINSUI IROIRO 急須 常滑 茶こし不要

常滑焼の急須 | IROIRO 02、03






吉田ヤスリ / YOSHIDA YASURI


吉田ヤスリ ブランド紹介

吉田ヤスリ製作所は、新潟県燕市にある、創業から100年以上金属加工技術を受け継いでいる製作所です。職人が手作業で一つ一つやすり目を打ち込んでいるシンプルかつ高品質な爪やすりを製造しています。




吉田ヤスリの商品一覧




吉田ヤスリ / ステンレス製爪やすり

ステンレス製 爪やすり




吉田ヤスリ / ステンレス製爪やすり

ステンレス爪やすり こども用




吉田ヤスリ / ステンレス製爪やすり

ステンレス爪やすり ペット用






深海産業(Broom Craft)


Broom Craft

Broom Craft

歴史ある箒の作り方をもとに、スタッフによって新たに生み出された独自の製法を加え、職人がひとつひとつ手作りで製作しております。
棕櫚・シダ箒の持つ深い歴史を、人の手で大切に繋いでいきたい。
未来に、そして世界へ。
そんな想いを胸に、日々丁寧に心を込めて、物づくりと向き合っています。





深海産業(Broom Craft)取材記



青く晴れ渡る空に、緑豊かな山々、広がる田んぼ。
今回の取材記では、日本の原風景のような景色が広がる和歌山県海南市にやってきました。
深海産業
和歌山を代表する特産品といえば、みなさん何を思い浮かべますか?
パッと思いつくところでいえば、梅のトップブランド「南高梅」や、甘くてジューシーな「みかん」でしょうか。
ですが、和歌山にはまだまだ隠れた特産品があります。それが、今回お邪魔した「深海(ふかみ)産業」さんの手がける棕櫚(しゅろ)製品です。

棕櫚という言葉、初めて聞いたという方もいらっしゃると思います。
棕櫚とは、いわゆる「ヤシの木」に似た木の一種。私たちが暮らしの中で目にするものでいえば、箒(ほうき)の穂先やタワシなどに使われる素材です。

深海産業では、そんな棕櫚の歴史を未来に繋いでいこうと、オリジナルブランド「Broom Craft(ブルームクラフト)」を立ち上げ、さまざまな商品を制作しています。
深海産業
こちらは看板商品の国産棕櫚箒。サイドにほどこされた三つ編みがトレードマークです。耐久性が高く、丁寧にお手入れすれば20年30年と長く使用することができます。
深海産業
深海産業
その他、フライパンにこびりついた油汚れを落とすのに便利なキッチンブラシや、気になるところが手軽に掃除できる手帚など、ラインナップも豊富。

今回の取材記では、聞き慣れない棕櫚という素材についてはもちろん、深海産業が作る箒の制作秘話から製造現場の様子まで、たっぷりお届けします。
この取材記を通して、みなさんが棕櫚という素材を知り、箒をもっと身近に感じていただければ嬉しいです。


棕櫚って、なに?
「Broom Craft」が手がける棕櫚の箒は、しなやかで柔らかい掃き心地が特長。
また、繊維に適度に油分が含まれているので、埃を舞い上げずに掃くことができ、畳やフローリングに艶が出てくるワックス効果もあるとか!

知れば知るほど箒の素材として優秀な棕櫚ですが、そもそもどういった植物なのか、詳しく教えていただきましょう。お話をお伺いしたのは、スタッフの津村 昴さんです。
深海産業
はじめに、加工する前の棕櫚を見せていただきました。棕櫚は、木の幹を覆っている皮の部分を製品に使用します。
深海産業
まるで人が織ったかのように、格子状になっていますね。これがまったく人の手が加わっていない“自然の状態”というから驚きです!

「もともとこのあたりの山には、棕櫚の木がたくさん自生しています。一説には、高野山の弘法大師・空海さんが『これは産業になる』と言って広めたとも伝えられているんですよ」と津村さん。


時代とともに移り変わる、棕櫚の今
ここまで話を聞くと、地元に生えている棕櫚を使って箒を製造しているのかと思いますが、現在、素材の棕櫚自体は中国から輸入しているそうです。
なぜ国内に生えているのに、わざわざ輸入するんでしょうか?
深海産業
「昔はこのあたりに生えている棕櫚を原料にして箒やタワシを作る地場産業が盛んだったのですが、時代とともにだんだんと下火になっていきました。今ではそのほとんどが、スポンジや歯ブラシといった家庭用品を取り扱う会社に変わっています。今の日本では、棕櫚の木が生えていても、その皮を剥ぐ人がほとんどいない状況です」
深海産業
そもそも棕櫚の木というのは、皮を剥がされると、より強くなろうとしてどんどん硬い皮を生み出す性質があるそうです。人間の皮膚も、外部から刺激を受けると皮が厚くなったり、硬くなったりしますが、まさにそれと同じ。

逆にいうと、皮を剥がないと皮はやわらかいまま。せっかく棕櫚の木があっても、皮を剥いで手入れする人がいない今の日本では、やわらかい皮しかとれません。

「そのやわらかさを生かして、今でも一部のタワシ作りには使われているようですが、ふにゃふにゃし過ぎて箒作りには向いてないんです。なので、うちは棕櫚の素材に関しては中国に頼っています。中国の方が圧倒的に質が良いんですよ」と津村さん。


未来を見据えて始めた、箒作り
もともと深海産業は、1950年頃に先代の深海 洋治さんが自宅で棕櫚縄の生産を開始したのがはじまり。それ以来、70年以上にわたって棕櫚縄を製造し続けてきました。

棕櫚縄は、主に緑化資材として活用されています。
例えば、街路樹が倒れないように添え木をあてて結ぶのに使ったり、竹垣の竹を組むのに使ったり。最終的には自然に還るエコな素材として重宝されており、深海産業が日本国内で95%のシェアをもつそう。
深海産業
「ですが、なかなか時代の流れもあって、棕櫚縄だけではいけない、と。なにかしようというところで始めたのが箒作りなんです」

それが2019年のこと。会社としては歴史ある深海産業ですが、箒作りに関していえば、まだまだ歩き始めたばかりなのです。


きっかけは、京都からの依頼
では、箒を作ろうと思った最初のきっかけはなんだったのでしょうか。当時の事情を、専務取締役の深海 耕司さんに聞きました。

「僕が各地の職人さんを訪ねて回っていたときに、京都の荒物を取り扱う商店の女将さんから依頼を受けたんですよ。京都のシダ帚を作る職人さんがいなくなってしまい、このままでは伝統が途絶えてしまう。なんとかしてシダ帚を復活させてくれないかって」
深海産業
シダとは、パルミラという木の葉柄部分(葉を支える枝の部分)から取り出す繊維のこと。京都ではこのシダを使った箒が昔から使われ、「京帚」や「庭帚」などと呼ばれていました。
棕櫚とシダは似た素材なので、棕櫚縄を扱う深海産業ならなんとかできるのではないかと女将さんは考えたのでしょう。

「いただいた箒を解体して、職人みんなで研究し、なんとか納品はできたんですが。やはり箒に関しては素人なんで、クレームが発生してしまいました」


クレームから生まれた、独自の製法
クレームの内容は、「帚の毛が抜ける」というもの。いきなり大きな難題にぶつかった深海産業ですが、ここから本領を発揮していきます。

「僕らはいい意味で全員が素人のところからスタートしたんで、変な固定概念がないんですよ。今まではこうして作っていた、こうしなければいけないっていうのが、何もなかったので。純粋に『どうすればよくなるか』だけを突き詰めて考えました」と深海さん。

「なぜそういうことが起こるのか」「どうしたらいいのか」。職人が一丸となって問題と向き合い、解決策を徹底的に考えました。そうして生み出されたのが、毛を抜けにくくする独自の製法です。
深海産業
もともと箒は、毛をまとめた束(これを玉と呼びます)を合体させてできています。
画像の「従来」と書いてある玉が、伝統的な製法で作ったものです。芯に対して毛を巻きつけるだけですので、使い続けるうちに毛が抜けてしまうことがありました。

画像の「新規」と書いてある玉が、深海産業独自の製法で作ったものです。今までとは倍の長さの毛を用意し、芯に巻きつけてから折り返して銅線で留め、その上にさらに毛を足す。そうすることで、従来よりも毛が抜けにくい仕様となりました。

もちろん、今までより時間も手間もかかりますが、使い心地を一番に追求するからこそ考えつくことができた製法です。


トレードマークとなる、三つ編みの誕生
京都の伝統製法に独自の製法を加え、シダ帚を見事に復活させた深海産業。そのノウハウを生かして棕櫚箒の制作にも取り掛かりますが、こちらでも、また難題にぶつかりました。

それが、箒を使うときに最も力が掛かるサイド部分の「強度」です。一般的な棕櫚の箒はこの部分に銅線を巻くことが多いのですが、使い続けるうちに銅線が切れたり、ゆるんだりしてしまいます。

銅線を巻かずに、強度を保つ方法はないか。それを突き詰めた結果生まれたのが、商品名にもなっている三つ編み(TRECCIA)。棕櫚をぎゅっと編み込むことで強度をキープしつつ、見た目にもオシャレな佇まいに仕上がりました。
深海産業
「うちは女性の職人が4人おりまして、女性からの意見も取り入れています。…でも正直言って、最初僕は大反対したんですよ」と笑う深海さん。

「そもそも僕は三つ編み自体やったことがないので、それを棕櫚でするっていう発想がなくて。三つ編みだと、可愛すぎるんじゃないかと思ったんです。今は、うちしかやっていない製法ですし、特に女性の方に可愛いとご好評いただけて良かったな~と(笑)」


伝統を守りつつ、進化していく
「うち独自の製法で箒を作っているので、本当に“伝統工芸”かっていわれると、どうなんだろうと思う部分もありますけど…」

伝統をそのまま受け継いでいくことももちろん大切ですが、深海産業は問題を問題のままにせず、時代に即して、より快適な使い心地に進化させていくスタンスをとっています。
深海産業
「見た目は伝統に則った形で、使い勝手としては従来の物よりいいものを、ということで常にアップデートできるようにしています」と深海さん。

進化を続ける一方、伝統を守りたいという想いから、深海産業では“職人育成プロジェクト”に取り組んでいます。これは、年齢・性別・経験の有無を問わず、箒作りのノウハウを伝えていく仕組み。

「職人さんが技術を止めてしまって、弟子にしか教えないというのでは、伝統が止まってしまう。誰でも作れるような工程でカリキュラムを組み、『ここ、こうしたらやりやすかったよ』とか、社内で情報共有しながら箒作りができるようにしています」と津村さん。
深海産業
箒作りに限らず伝統的な物作り全般に言えることですが、おじいちゃんが一人でやっていて、誰も後を継がないということがよくあります。現に京都のシダ帚も、そうやって一度途絶えてしまいました。こういったことがまた起こるのを防ぐ、画期的な取り組みですね。


生き生きとした、楽しい制作現場
ここからは、箒の制作現場にお邪魔します。
箒という商品から、いわゆる職人気質的な空気感をイメージしていましたが、いい意味で裏切られました。性別も年齢も社歴も関係なく、和気あいあいとした楽しい雰囲気があふれています。
深海産業
「みなさん家庭もあるし、子どももいるんで。例えば今日は風邪を引いたからって急に休んだり早退してもOKです。やっぱりそういう働き方をしたほうがいいですよね」
深海産業
「商品を作るっていうのは反復作業なんで、しんどい部分もある。ゆとりを持ちながらやるっていうのが大事です」と深海さん。その言葉通り、工房内は楽しい会話が飛び交います。そうやってワイワイ話をしつつも、作業する手は少しも止まらないのがすごいところです。
深海産業
「僕らは職人のイメージっていうものを払拭したいんですよ。箒だけじゃなくて、どの業界もそうだと思うんですけど、職人が少なくて若い人がやりたくないっていう背景には、『難しそう』とか、『職場の環境が悪そう』とか、そういうイメージがあるんだと思います」と深海さん。
深海産業
「うちは見ての通り、堅物に取り組んでるっていうわけでもなく、楽しくやっています。もちろん、『楽しく』の中でも、きっちりやるところはやりますよ。お客様にちゃんとした商品を届けたいんでね」
深海産業
こちらは、棕櫚箒の三つ編みをしているところです。髪の毛をおさげに編んでいるような感じですね。「髪の毛を編むときとは、ちょっと力の掛け方が違います。上に向けて力を掛けていく感じ」と職人さん。
深海産業
三つ編みの数や長さなどは、特に決まってないそうです。
「玉を合体させて組んでいくときに、一度編んだものをほどいて調整したりするので、作ってみないと分かりません。なので、箒の一本一本が、本当に世界にひとつだけなんですよ」
深海産業
こちらでは、箒の玉を作っています。ある程度大きさを揃えて個体差が出ないようにするため、同じ職人さんが手掛けるそうです。
深海産業
こちらが、玉の芯となる部分。深海産業で取り扱っている緑化資材の余りを巻いて作っています。これ自体も天然素材なので、深海産業の箒はどれも環境にやさしいものばかりです。
深海産業
職人さんが使ってる道具も、各自で使いやすいようにカスタマイズされています。
こちらは銅線を締めるのに使う道具ですが、本来は電気工事用に使うものなんだそう。手前が新品の状態で、奥がカスタマイズした状態です。奥は、黒い持ち手の部分を削って握りやすくしているのが分かりますね。
深海産業
これも、元々はプラスドライバーでしたが、先を落として削り、自作したものだそうです。専用の道具を揃えるわけではなく、例えば100均で見つけてきて改造するなどして、自分たちで使いやすいものを作っています。これも、既成概念にとらわれない深海産業ならではですね。
深海産業
「こういった作業用の道具とかにしても、製品にしてもそうなんですけど。もっといい方法があるんであれば、ちょっとずつでも、いいものにしていきたいです」と深海さん。常に前進し続ける姿勢に、感銘を受けました。


深海産業
ちなみに、今回の工房見学中に、キッチンブラシの制作体験をさせていただきました。先ほどご紹介した道具を使って銅線を締めて、中に折り込む作業に挑戦します。ひと通り説明をしてもらったのですが、やはり見るとやるとでは大違い!
深海産業
足を踏ん張って体重をかけながら銅線を締めるのですが、想像以上に力が必要です。途中で銅線が切れてしまうハプニングもありつつ(笑)、なんとか完成させることができました。ありがとうございました。


棕櫚製品を、未来に繋いで
最後に、今後の展望をお伺いしました。
「あんまり世界中でバンバン売りたいっていうよりかは、地元に昔からあったものを、まず地元に知ってもらって。それが徐々に日本全国で『いいものやね』って広まっていけば、いちばんいいかなと思っています」と深海さん。

「江戸時代から棕櫚の産業はあったんですけど、今、地元の子どもたちに棕櫚ってなにか聞いてもひとりも知らないんですよね。その現状をなんとかしたいです」と津村さんも語ってくれました。

最終的には、和歌山県といえば、梅、みかんだけじゃなくて、棕櫚製品もあるということを知ってもらいたいそうです。
深海産業
「僕らはビルみたいな建物を建てることも、大きな橋を架けることもできないですけど。未来に棕櫚製品を残せたら、自分の人生ハッピーやったなと思います。それをみんなでやっていきたいです。伝えていく自信はあるんで」

そう力強く語る深海さんをはじめ、スタッフの全員の背中には、「CRAFT WITH PRIDE(クラフト ウィズ プライド)」の文字が。
誇りをもって取り組む深海産業のみなさんなら、きっとその未来を実現できるはずです。
深海産業


深海産業さんのものづくりでは国内の素材に固執することなく、作り方についても柔軟で、取り組み姿勢や環境も他とは少し違った印象をうけます。
考えられていることは「より質の良いものをより作りやすく」、そして何より「箒作りが次代にも続けられる産業になること」。
伝統に縛られて変われないものづくりはいずれ消えてしまう。これは多くの作り手さんの取材にうかがって感じていることです。「唯一、生き残るのは変化できる者である」ということですね。
積み重ねてきたものを変えるのは勇気がいりますが、その点深海産業さんはフラットな気持ちで取り組めたのが良いものを生み出せたのだと思います。
伝統を守るのではなく、大切にし、その芯の部分を理解すれば、それ以外の部分を変えることは日本ものづくりにとって今求められていることだと感じました。
深海産業

深海さん、津村さん、深海産業のみなさま、長時間にわたる取材にご協力いただき、ありがとうございました!









Broom Craftの商品一覧




国産棕櫚箒 | TRECCIA  -Broom Craft-

国産棕櫚箒 | トレシア





国産シダ箒  -Broom Craft-

国産シダ箒





国産棕櫚の万能ブラシ | トレシア  -Broom Craft-

国産棕櫚の万能ブラシ | トレシア





国産棕櫚の万能ブラシ  -Broom Craft-

国産棕櫚の万能ブラシ





国産棕櫚・シダの手箒  -Broom Craft-

国産棕櫚・シダの手箒





国産棕櫚の万能ブラシ  -Broom Craft-

国産棕櫚の鍋敷き







サイフク(mino・226)


minoサイフク226  ブランド紹介

雪国の冬に使われてきた「蓑」をモチーフにして生まれたブランド。
新潟の美しい四季を背景に、シンプルなデザインのニットアイテムを提案。
時代や流行に左右されず、長く愛用できる物づくりを心がけています。


minoサイフク226  ブランド紹介

「226」(つつむ)は、ヒトと暮らしをニットでつつんで、心地よくユーモアあふれる毎日へ導くことをコンセプトとしたブランドです。頭・手足・お腹など大事なカラダの一部から、インテリアなど生活を彩るプロダクトまで、すべて物を、楽しい工夫でつつみます。




サイフク(mino・226)取材記



ニットといえば、秋冬に着るセーターやカーディガンを思い浮かべる人が多いと思います。でも実はニットって、“防寒着”としての良さだけではなく、さまざまな魅力を持った素材なんです。

今回は、そんなニットの可能性を積極的に発信し続ける、ニット専門メーカー「サイフク」さんにお邪魔しました。訪れたのは、新潟県の五泉(ごせん)市です。
サイフク
五泉市は、『ニットの産地』としてアパレル業界で広く知られた存在です。サイフクは、この地で1963年から物づくりを続けてきました。
サイフク
お話をお伺いしたのは、常務取締役でブランドマネージャーの斉藤佳奈子さん(左)と、スタッフの 山木紗百合さん(右)です。

サイフクでは、2つのオリジナルブランドを手掛けています。
nico ストールポンチョ
mino nico ストールポンチョ
新潟の四季を生かして、シンプルなデザインで展開する「mino(みの)」。

サイフク
サイフク
体の一部からインテリアまで、いろいろなものをニットで包むことをコンセプトにした「226(つつむ)」。

それぞれのブランドの魅力から、知られざるニット作りの裏側まで、いろいろなお話をお伺いしてきました。この取材記を通して、みなさんのニットに対する意識が少しでも変化してくれれば嬉しいです。


時代とともに移り変わる、ニット業界
五泉市は、古くから豊富な水資源に恵まれ、繊維の町として発展してきました。着物から洋服へと時代の流れが変化するなか、五泉市も織物からニット製造へ転換していきます。

クオリティの高い商品や品質の安定性が評価され、今では、有名ブランドやデザイナーからも支持される『ニットの産地』として注目されるように。
サイフク
そんな五泉市ですが、メーカー数は時代の情勢とともに、減ってきているそう。

「物作りが、日本から中国などの海外に移行したときがあって。そのタイミングでだいぶ減りましたね。価格と量の問題もあるので…」と斉藤さん。


自社ブランド誕生のきっかけ
自社ブランドを手掛ける前のサイフクは、アパレル業者から受注して商品を製造する、いわゆるOEM生産を行っていました。しかし時代の変遷とともに、それだけだと、ニットメーカーとして一年間やっていくのが難しくなったそうです。
サイフク
一年の中でもだんだん“谷間”が多くなってきたころ、斉藤さんたちは立ち上がります。

「OEMの営業活動を頑張っても、なかなか谷間を埋められない状況でした。やっぱり『自分たちで作って、自分たちで売る』っていうことを早めに始めて、種まきした方がいいんじゃないかという話になり、自社ブランドの制作に向けて動き出したんです」


シンプルな作りの「mino」に込めた想い
最初に立ち上げたブランドが、2012年に誕生した「mino」。これはどのような経緯で作られたのでしょうか。

「アパレル業者さんと常にやり取りをしていると、すぐにセールがやってくるんですよ。『私たちは、すごく賞味期限が短いものを作っているんだな。生鮮食品みたい…』と思うことがあって。自社ブランドでは、あんまりそういうことをしたくないなぁと思ったんです」
nico ストールポンチョ
「それに、今でもOEMでたくさんのアパレル業者さんと取り引きをしているので、そこを邪魔するようなものは、作りたくなかったんですよね」と斉藤さん。

確かに「mino」は、あまり見かけないシンプルな作りで、サイズ展開もなく、流行に左右されにくい。これは、そういった考えをもとに生まれたものなんですね。


外部と協力して、より良いものに
「mino」を立ち上げる際、一緒にブランディングに携わったのが中川政七商店さんです。こういった外部の方と一緒に動くことで、サイフクとしてはどのような影響を受けたのでしょうか。

「minoって、うちの商品の中で、もっとも簡単、もっとも単純な作りなんですね。ここまで単純なもので勝負するって、自分たちだけでやったら、なかなか踏み切れないと思います」と斉藤さん。
nico ストールポンチョ
シンプル過ぎて「これで本当にいいのかな?」と不安になってしまうところを、「これでいこう!」と力強く背中を押してくれる。こういう部分は、客観的に見てくれる外部の協力があってこそ。

また、「mino」には、丸めて持ち運べるように紐が付属しているのですが、これも中川さんと話すなかで生まれたもの。お客様だけでなく、店頭で売るときにも便利なんだそう。

「中川さんは売り場を持っていらっしゃるので、店頭で実際に売っている側からの話を聞きながら作れたのは、とても良かったですね」


外部のチカラも、自分たちの糧にして
ずっとOEMを中心としてやってきたサイフクでは、「企画をする」「作った後に売る」ということが初めてで、まさにチャレンジでした。その分、いろいろ苦労もあったのでは?

「なにかをやると、常に壁にぶつかるんでね(笑)。その時に『どうしよう!?』ってなっても、なんとか乗り越える。またなにかをすると、壁にぶつかる。もう、その繰り返しですよ(笑)。その繰り返しが、大変ではあったけど、今のノウハウや体力みたいなものにつながっていると思います」と笑顔で話してくれた斉藤さん。
サイフク
「良いものを作っているから売れるはずって、作り手は思いがちですけどね。やっぱりそれを“伝える力”がないと。良いものを作って、ただ東京に並べてきました、みたいな感じだとお客様には分かってもらえないと思います」
そういう点でも、しっかりとした流通を全国に持っている中川さんと組みたいと思ったそうです。

「ブランドのスタートとしてはよかったんですけど、ただそれだけではダメなんです。もっとほかに卸す流通先をみつけるために、展示会に出るとか、ECサイトを立ち上げるとか。ひとつひとつやっていった感じです」と、力強く語ってくれた斉藤さんと山木さん。 サイフク
私も、自社ブランドを立ち上げて頑張っているメーカーさんのところによく取材にいくのですが、「自分たちでちゃんと考えて発信していこう!」と動ける人が社内にいるかいないかで、そのブランドがうまくいくかどうか、変わってくると思います。「外部の人と一緒にやるから、全部おまかせすればいいんだ」というスタンスだと、たぶん難しい。ブランドを作るって、そんな簡単なことじゃないんです。自分たちでやるっていう、意識があることが大事なんです。

「外部の方も、永遠に並走してくれるわけじゃないですし。ひとり立ちしてやっていくには、自分たちがチカラをつけていくしかないですね」


ニットのおもしろさを発信する「226」
では、2つ目のブランド「226」が誕生したのは、どのような経緯があるのでしょうか。

「minoを立ち上げてしばらくやっているうちに、minoだけでは、ニットのおもしろさが伝えきれないなぁと感じるようになったんです」と斉藤さん。

「mino」には、シンプルな作りの良さがある。でもそれとは逆に、いろいろな編み方ができたり、伸び縮みしたり。そういう部分もまた、ニットの魅力のひとつ。ただ、その部分を「mino」に入れてしまうと、ブランドの世界観が崩れてしまいます。
サイフク
「もっとニットの可能性みたいなものを表現できるブランドがほしい、と思って作ったのが226です。どちらかというと総合ブランド的な感じで、衣料だけじゃなくて、バッグとかインテリアとか、なんでもやっています」
サイフク
「226」はロゴのデザインもユニーク。「226」の下にある「3129」はサイフクの社名、「5000」は五泉市の五泉。よく見ると「210」のニットも隠れています。

「もっと自分たちを前に出したブランドにしたいっていう、想いも込めています」


ブランドを起点に、広がる輪
「226」を立ち上げてから、意外とOEM生産の方にもいい影響があったそうです。

「例えば、今までOEMではバッグみたいなものって作ってなかったんですけど、226にバッグがあることによって、ここから派生して、コラボのお誘いがきたり。イスメーカーさんとか、普段なかなか出合わないようなメーカーさんとつながれたり」
サイフク
「226」でいろんなことをやっているからこそ、さまざまな企業からお声が掛かるようになったとか。発想次第でいろいろ作れる、ブランドならではの魅力がよい結果に広がっていますね。


社内の人間だから、できること
ブランドマネージャーでもある斉藤さんは、商品のデザインも行っています。しかし、もともとデザインの経験がなかったというから驚きです。

「最初は外部のデザイナーさんにアイディアをもらったほうがいいのかなと思ったりしたんですけど…。結局はニットのことをよく分かっていて、うちの機械背景の特長をうまく生かすことが大事だったりするので。自分でうんうん悩んだほうが、スジのいいものが出る気がして」
サイフク
特にそれがよく分かる商品が、226の「見せるハラマキ」シリーズ。お腹の部分が薄くてすごく伸びる生地なのに対し、裾部分は見えても下着っぽくないよう、しっかりと厚い生地に。

「こういうデザインも、それぞれの生地を縫製してくっつけるんじゃなくて、このまま編める機械がうちにはあるんですよ。そもそもこの機械は、薄手のセーターのケーブル模様だけ厚く表現したいっていうときなんかに使ったりするんですけど。この機械のおもしろさって、なにかに使えないかなとずっと思っていたんです」

機械の特長をきちんとつかみながら、一般消費者の「腹巻は使いたいけど、腹巻として見えるのはイヤ」という心理具合も見事に汲み取った商品。これは、外部のデザイナーさんではなかなか出せないものですね。


知っているようで知らない、ニットの製造現場
さて、ここからは、実際にニットが生み出される現場にお邪魔してみましょう。
サイフク
最初は、糸を編んで編地を作る工程です。こちらはパソコンで、編地を編むためのデータを作っているところ。柄を組むのはもちろん、糸を何本で編むのか、ふわっと編むのか、ぎゅっと編むのかなど、いろいろなことを何度もチェックしながら作っていきます。
サイフク
サイフク
先ほど組んだデータをもとに、こちらの大きな編み機で編んでいきます。サイフクには、なんと80台もの編み機があるそう!
「編み機は同じように見えても、それぞれ針の太さが違うんです。針の部分をごそっと取りかえればほかの太さが編める…というわけではなく、ひとつひとつがその太さ専用の機械なんです」
それで、こんなにたくさんの編み機が必要なんですね。
サイフク
こちらは最新のホールガーメント機。縫い目のない、無縫製の商品が編めるそう。
サイフク
ここは洗いの工程を行います。大きな洗濯機と乾燥機のような機械で、水洗いやお湯洗いなどをして、風合いよく仕上げていきます。
サイフク
編み機で編んだ編地を、パターンに合わせて裁断していきます。前見頃、後ろ見頃、袖、ポケット、フードなど、それぞれのパーツごとにどんどん分けていきます。
サイフク
こちらは縫製の工程です。ミシンやロックミシンを使って、スピーディに、立体的に縫っていきます。
サイフク
普通の生地と違って、ニットを縫うのは難しそうですね。
「ニットは伸びたり縮んだりするので、縫うときはちょっと縮めながら縫って、伸びすぎないようにしています」と職人さん。
サイフク
こちらは「リンキング」と呼ばれる縫い合わせの工程です。編地のひと目ひと目を、もう一度針に刺していく、非常に細かい作業! 職人さんの手元を見ていると、思わず息をするのも忘れてしまいそう。
サイフク
リンキングではループとループを同じ針に刺して縫い合わせるので、縫い代のない仕上がりに。襟元など、伸び縮みの必要な部分によく使われます。
サイフク
こちらは仕上げの工程。縫っていると端に糸が出たりする場合があるので、それをきれいに取りのぞいたり、キズがあれば直したりしています。
サイフク
蒸気が出る台の上に置き、縫ったあとの縫いジワを整えていく工程です。金枠にセットして、指示通りの寸法を出していきます。
サイフク
最終の検品をして出荷します。襟ネームや下げ札がつき、私たちがお店でよく見る商品に。

今回はざっと駆け足で見学させてもらったのですが、商品だけ見ていると気付かないところや、作られるまでの大変さを知ることができました。リンキングなど初めて見る作業も多く、これからニットを着るときに、思わず襟元を確認してしまいそうです(笑)。


これからも、ニットの魅力を形に
最後に、これから先、めざすところについてお伺いしました。

「いろいろ作っていくなかで、やっぱりもっと気軽に洗えるようにしたいなと思っています。ニットの衣類を洗濯機で洗えるようにするには、糸や作りなど、けっこう考えないといけなくて…」と斉藤さん。

「ブランドでいえば、minoと226のブランドの差が、なくなってきちゃった部分が最近あるので。minoはもともとある、新潟の四季というコンセプトに立ち戻るようにしたいなぁと思っています」
サイフク
常に自分たちで考え、生み出していくサイフクさん。今後の課題もきっと乗り越えて、新しく、楽しいアイテムを、また私たちに届けてくれることでしょう。

長い時間、取材にご協力いただきありがとうございました。









minoの商品一覧




mino 洗えるストールポンチョ nico

洗えるストールポンチョ nico





mino 透けるボーダー ストールポンチョ nico | 涼しい麻

透けるボーダー ストールポンチョ nico | 涼しい麻





226の商品一覧




226 見せるはらまき

見せるウールハラマキ





226 のびるニットロングスカート

のびるニットロングスカート







タダフサ


タダフサ  ブランド紹介

職人の手仕事にこだわる新潟県三条市の庖丁メーカー。「基本の3本、次の1本」をコンセプトにした「庖丁工房タダフサ」をはじめ、プロ料理人用・家庭用・蕎麦切り庖丁など幅広い包丁/刃物を製造販売しています。




タダフサ取材記



毎日の料理に欠かせない、キッチン道具。なかでも包丁は、繊細な日本の食文化を支える道具として重要視され、昔から各地でさまざまな種類が製造されてきました。特に“日本三大刃物産地”のひとつとして有名なのが、新潟県三条市です。
タダフサ
今回は、この地で昔から受け継がれてきた鍛冶の技術を生かして、本格派の包丁を作り続ける「株式会社タダフサ」にお邪魔しました。
タダフサ
お話をお伺いしたのは、代表取締役社長の曽根忠幸さん(左)、番頭の大澤真輝さん(右)です。
タダフサ
タダフサが手掛ける『包丁工房タダフサ』シリーズでは、「まずこれだけ揃えれば充分」という“基本の3本”(パン切り包丁、万能包丁 三徳、万能包丁 ペティ)を提案しています。
タダフサ
「パン切り包丁」は、先端だけに波刃をあしらった独特のデザイン。この波刃でパンに切れ目を入れてから、まっすぐな刃でスライドすれば、パンをつぶさずキレイに切ることができます。
タダフサ
「万能包丁 三徳」は、肉・魚・野菜といった幅広い食材に対応でき、家庭のキッチンで重宝する存在に。
タダフサ
小回りが利く「万能包丁 ペティ」は、果物の皮むきや小さな野菜のカットなど細かい作業に最適。
タダフサ
刃の部分は、よく切れて錆びにくい「SLD鋼」をステンレスで挟んだ三層構造。するどい切れ味が特長です。丸みを帯びた優しい雰囲気のハンドルは、タダフサさんの特許「抗菌炭化木」が使われており、衛生的に使えます。

これら“基本の3本”のほか、料理の腕が上がったら揃えていきたい“次の1本”として牛刀や出刃などを4種類展開しており、『包丁工房タダフサ』のブランド全体では、7種類の包丁が揃います。

今回の取材では、包丁に関することはもちろん、国内・海外におけるブランディングの違いから、モノ作りの産地として未来を見据えた動きまで、幅広い視点でお話をお伺いしてきました。包丁の魅力とともに、タダフサさんの企業としての考え方やモノ作りに対する熱い想いなどを、みなさまにお届けできると幸いです。


決して平坦ではなかった道のり
株式会社タダフサは、1948年に初代(現社長・曽根さんの祖父)が独立創業したのがはじまり。もともとは、漁業用刃物を中心に手掛けており、その後、家庭用包丁や本職用包丁などを製造するようになりました。

「実は『包丁工房タダフサ』を作る前は、ずっと業績が良くなかったんですよ。僕が会社に入ったのが今から22年前なんですけど、バブルが崩壊して、リーマンショックもあって・・・」と語る曽根さん。
タダフサ
特に、タダフサのルーツである漁業用刃物は、創業当時からずっと作り続けて安定した売上があったのですが、2011年の3月、突然大きく落ちこんでしまいます。
原因は・・・戦後最大の自然災害となった、あの、東日本大震災。

「漁業用刃物は、東北の三陸のあたりが一番取り引きが多かったんで、一気にダウンしました。そこからは悪い状態が続きましたね」


転機となった、2011年3月
未曾有の災害が起こった2011年の3月ですが、ちょうど同じ頃、中川政七商店さんによるコンサルティングがタダフサで始まり、新しいブランド『包丁工房タダフサ』を立ち上げることに。

「僕にとっては、震災が大きなきっかけでしたね」と曽根さん。

「やばい、自分でなんとかしないと、本当に会社が潰れる!という状態にまで追い込まれて。そこから本気になってブランディングに取り組んだ感じです。震災がなければ、たぶん『包丁工房タダフサ』はできてなかったし、自分と会社の将来を、そこまで深く考えられなかったんじゃないかと思います」
タダフサ 中川政七商店さんは、生活雑貨の販売のほか、工芸メーカーへのコンサルティング業も行っています。今では多数のブランディングを手掛ける中川さんですが、当時はまだ『包丁工房タダフサ』が2例目というタイミングでした。

「もともと三条市はモノ作りが盛んな町で、その鍛冶の火を絶やさないようにということで、当時の市長さんと一緒に立ち上がって始めた取り組みでした。おかげさまで、国内においては『包丁工房タダフサ』がどーんと(笑)圧倒的に、有名になりましたね」と曽根さん。


初心者も選びやすいラインナップ
包丁と一口に言っても、用途によって種類も素材も多く、素人ではどれを選んでいいか分からないものですが、『包丁工房タダフサ』は“基本の3本、次の1本”という考え方に基づき、7種類に絞って展開しています。包丁に詳しくない人でも、料理の腕前に合わせて選びやすいのがポイントです。この着眼点はどのような流れで生まれたのでしょうか。

「当時のブランディングでいうと、やはり既存の販路“じゃない”ところにも包丁を置いてもらいたいというのがあって。そのためには、分かりやすい仕組みがいるんじゃないかと」

“基本の3本、次の1本”という仕組みがあれば、刃物専門店のような詳しい知識がなくてもお客様に提案しやすい。つまり、今まで包丁を扱ってこなかった雑貨屋やアパレル店などでも販売しやすくなるのです。
タダフサ
「選びやすい、分かりやすいっていうのは、『包丁工房タダフサ』の魅力のひとつですね」

ブランドリリース後は販売店が驚くほど増え、売上も順調に回復。さらに、コロナ禍の「おうち需要」で包丁のニーズが高まり、今では過去最高の売上を更新するほどになりました。こう聞くと、なんともうらやましい話ですが、その裏で、意外な課題も発生したそうです。


ひとつに縛られないように
『包丁工房タダフサ』は7種類の包丁を展開していますが、これは逆に言えば、7種類で完結してしまうということ。

「ある意味、完璧なブランディングをしてしまったがゆえに、このブランドばかりやってると職人が育たないんですよ」と苦笑する曽根さん。
タダフサ
ずっと7種類の包丁だけ作っていると、毎日同じ製造に掛かりっきりになり、いくら職人さんでも飽きてくるのだとか。

「なので、『包丁工房タダフサ』とはちょっと違うものとして、海外のお客様向けの案件も積極的に手掛けています。それによって、常に同じ仕事じゃないっていう状況をなるべく作るようにしているんです」


国内と海外、なにが違う?
「国内と海外で、包丁のニーズは全然違うんですよ」と教えてくれた曽根さん。

国内で売れているのは、ほとんどが『包丁工房タダフサ』です。前述の通り、販路は雑貨屋やライフスタイルショップが中心。ここ10年ぐらい日本で続いている、優しいナチュラルなデザインのブームもブランドの後押しになっています。

「国内では、『錆びにくくて使いやすいですよ、メンテナンスは私たちがやりますよ』という形でやらせてもらっていて。ホームページも白ベースで打ち出しています」
タダフサ
一方、海外で重視されるのはとにかく切れ味。錆びやすいけど、よく切れる鋼の包丁が人気だそう。

「外国のお客さんに『錆びやすいけどいいの?』って聞いたら『包丁の本質は切れ味。切れ味が一番。錆びる、錆びないは二の次だよ』と言われました。彼らは『錆びたら研げばいいじゃん』っていう感覚なんですよ」

実はこれ、販路の違いも関係しています。日本は、刃物の専門店がどんどん無くなっていますが、海外は逆で、刃物の専門店が専門店としてちゃんと残っており、みんなそこで包丁を購入します。メンテナンスまでやってもらえるので、包丁は研ぎながら長く使うという意識が強いそう。

また、切れ味という機能性が重要視されるため、プロダクトとしてカッコいいものを求める人が多いとか。
タダフサ
「海外では、ホームページも思いっきり黒ベースで、『私たちは鍛冶屋です、ブラックスミス(英語で鍛冶屋の意味)です』って雰囲気にしています」

国内と海外では、まったく逆のブランディング。作られている包丁のクオリティはそれぞれ変わらないけれど、プロモーション、伝え方が全然違います。会社として、どちらも大事に、うまくバランスをとりながらやっていらっしゃるのは、すごく面白いなと思いました。


長く使うために大事な、研ぎ直し
包丁というのは、使えば使うほど切れ味が悪くなってしまいます。本来の能力を再び発揮させるには、メンテナンス、つまり“研ぎ直し”が必要です。タダフサでは、この研ぎ直しサービスも有料で行っています。

「売るっていうのももちろん大事なんですけど、うちは一本の包丁を大事に長く使ってほしいっていうのがモットーなんで、研ぎ直しに力を入れています。他社製品でも受け付けていますよ」と曽根さん。
タダフサ
国内の場合はタダフサが研ぎ直し対応できますが、海外の場合は難しい。そこで、海外の専門店と取り引きする際は、研ぎのメンテナンスができるかどうかちゃんと調べ、それが可能な専門店のみに販売しているそう。

「国内でも海外でも、うちの包丁を使ってくれるお客さんたちが、最終的にずっと満足できる状態をいかに作れるかっていうことを考えています」

売って終わり、売れればOKということではなく、そこから先までちゃんと寄り添ってくれるタダフサの姿勢は、消費者にとっても嬉しいですよね。


現場を見て、感じるイベントを
曽根さんが中川さんと一緒にブランディングを始めた際、『モノ作りの背景が透けて出るような仕組みがいる』と言われ、その言葉がすごく印象に残ったそうです。その後、いろんな人と会話をするなかで、曽根さんは「工場の祭典」というイベントの開催を思いつきます。

「当時の燕三条地域では、うちも含めて、それぞれの工場で工場見学をやってたんですよ。来てくれた人に現場を見せて、どういう風にモノが作られているか説明して、納得してもらう。結局はこれが一番手っ取り早くて分かりやすい。それならみんなにもっと産地まで来てもらって、どんどんこれを見せちゃえばいいじゃん、と」
タダフサ
現場を公開して、体験して、感じてもらう。作り手と使い手の距離を縮める、オープンファクトリーの取り組みです。これが大きな話題を呼びました。燕三条地域だけではなく、全国の作り手が「地方でもいろんなことができる」ということに気付いて動き始めたのです。

「ある地域でも同じようなイベントを始めたんですけど、それも前年に工場の祭典を見にきて、『パクります!』と堂々と宣言されて(笑)僕も『やれ、やれ!』って(笑)」


モノ作りのおもしろさが広がった、結果
このイベントは、燕三条地域にさらなる変化を生み出しました。工場の祭典をきっかけにして、モノ作りに魅せられた若者たちが「職人になりたい!」と訪れるようになったのです。
タダフサ
「やっぱりこれから地元の中でパイを取り合ってもしょうがないんで、いかに、東京や地方から引っ張ってくるかっていうのをやらないと、働き手が不足してしまう。工場の祭典を通して、あわよくばこっちで働いてもらう、移住してもらうっていう形に持っていきたいと意識してやっていました」

実際に私が各地のモノ作りを取材する中でも、こういうイベントを精力的にやっている産地は、若い働き手が増えているイメージがあります。単純にイベントの動員人数や売上が狙いというわけではなく、未来に向けての影響まで考えていたなんて、すごいですね。


次の世代に引き継いで
タダフサは、曽根さん自身が35歳という、地元の中でも早いタイミングで社長になり、さまざまな改革を実施。若い働き手の獲得にも成功し、会社自体がとても良い循環でまわっています。しかし全国に目を向けると、モノ作りの産地では、職人や後継者などの高齢化が課題になっているところも。

「僕の座右の銘は『温故知新』って、ずっと言ってるんですけどね。やっぱり、昔からある技術の基本の基っていうのは大事です。でも、そこに至るプロセスって、新しい技術があるんなら変えたって全然いい」
タダフサ
「DX化もそうだし、新しい世代に向けてのアプローチとか、若い人にしかできない部分ってあると思うんですよ。どうしても“冒険”ってなったときに、お年寄りの方たちは冒険しにくい。カタカナ語で言われたところで、なに言ってんだ?てなるし・・・」

曽根さん自身も、今後は会社として大きくなるというより、「次の世代に渡すまでの余力みたいなものを作っておきたい」と語ります。
これからどうなるか分からない子どもたちの世代が、より変わりやすく、変わるのを恐れないような余力をつけておく。常に次を見据える曽根さんの視点は、とても勉強になりました。


包丁が生まれる現場へ
ここからは、実際に包丁の製造現場をのぞいてみましょう。包丁の種類によって作業工程が異なるので、代表的な工程をざっくりとご紹介します。
タダフサ
タダフサ
ガス炉で800~900度に熱した鋼材を叩いていく「鍛造」という工程は、とにかく暑い! 夏の工場内は大変な暑さだそうです。
タダフサ
鋼材がみるみる形を変えていくさまは、迫力満点。ずっと見ていられる職人技!
タダフサ
こちらは、金型で包丁の形に打ち抜いていく「型抜き」という作業。
タダフサ
高温で熱した後に生じた、曲がりや歪みを矯正する「歪取り」。わずかな歪みも見逃さず、職人さんが叩きながら微調整していきます。
タダフサ
タダフサ
包丁の肉厚や形状を均一に整えるために行う「研磨」。職人さんが表面を確認しながら、一本一本丁寧に行っていきます。一度だけではなく、製造工程の中で何度も何度も研磨されるので、良い包丁が生まれるのも納得です。
タダフサ
タダフサ
刃と柄の部分を接着し、ここからさらに研磨。持ち手の心地よさ、角のなめらかさ、そして刃と柄の接続部のなめらかさを作るために、複数の職人さんが時間をかけて完璧に仕上げていきます。


目指すのは、モノ作りのダイバーシティ
最後に、曽根さんに今後の展開や夢についてお伺いしました。

「燕三条地域がモノ作りの町っていうのは、ある意味評価された部分があるんですけど。それを世界から見たときにもしっかり評価される立ち位置に、いかに昇華させられるかっていうのが僕の今後のテーマかなと思っています。『困ったときは燕三条』『燕三条に行けば何かができる』と言われたい」
タダフサ
「それにともなって、職人を養成するっていうことも今後手掛けていきます。それは国内だけではなく海外からも人を受け入れる、モノ作りのダイバーシティみたいな感じ。外国人も男も女も関係なく、モノ作りしたい人が集まる町にしていきたいですね」

力強く語ってくれた曽根さん。 取材に伺う前は、やはり包丁の世界なんで、職人気質の社長さんなのかなと勝手にイメージしていたんですが、いい意味で真逆の、柔軟な社長さんでした。変わっていくことに、積極的な社長さんだからこそ、これからも快進撃が続いていくのでしょう。

長時間の取材にご協力いただき、ありがとうございました。









タダフサの商品一覧




タダフサ パン切り包丁

パン切り包丁





タダフサ 万能包丁 三徳 170

万能包丁 三徳 170





タダフサ 万能包丁 ペティ 125

万能包丁 ペティ 125








hana to mi


hana to mi  ブランド紹介

hana to miは「調える香り」 をコンセプトに、心・体・環境をホリスティックな観点からアプローチするアロマブランドとして誕生しました。 現代社会で一生懸命生きるあなたの心と体を、より調和のとれたバランスに導きます。




hana to mi 取材記



みなさん、和精油って聞いたことがありますか?
あまり聞きなれない言葉ですが、日本の素材を使って作られた精油(アロマオイル)のことです。

今回は精油などの商品の製造・販売を行うフレーバーライフ社さんにお邪魔し、和精油を使った商品やその製造過程を見せていただきました。

創業は今から約27年前。
海外で出会った精油の香りに感動した社長が輸入販売を始めました。以来すべて植物由来、100%天然の素材にこだわった商品を作り続けています。

そんなフレーバーライフ社から生まれたブランドが「hana to mi(ハナトミ)」です。

hana to mi

hana to mi のコンセプトは「調える香り」
心・身体・環境のバランスが崩れがちな現代人にホリスティックな観点からアプローチし、調和を生み出すブランドとして誕生しました。

今回の取材記では、和製油を使った「hana to mi」の商品や、商品にかける想いなどをご紹介します。


フレーバーライフ社とは?
フレーバーライフ社では精油やハーブに関連した商品の製造・販売を行っているほか、一般の方向けのスクールも行っています。

hana to mi

スクールというとアロマに関する資格取得のための講座といった感じでしょうか。

「資格取得の為のコースの他に、ハンドセラピストの体験や、ハーブティーの講座など色々やってます。うちの社長はたくさんの人にアロマを知ってほしい、詳しくなってほしいという気持ちがあるんです」教えてくれたのは営業部の飯室さんです。

スクールの運営には社長さんの思いが込められているんですね。そんな社長さん、一体どのような方なのかをお聞きしました。


優しい社長だからこそ生まれたアイディア
「社長はとにかく優しい人です。あとは『こうゆうのがやりたい!』という想いは人一倍強いタイプですね。社員の企画に意見をくれたり、新しいことを思いついたりもします。最近始めたディフューザーの量り売りも社長のアイデアなんです」

hana to mi

見せていただいたのはこちらのディスプレイ。自ら木材を持ってきてDIYで作ったそうで、これには社員の皆さんも驚いたんだとか。

以前から「ディフューザーの詰め替え用のオイルを販売して欲しい」という要望はあったものの、ガラスの容器に入れておく必要があるオイルは、詰め替え用を作ることができませんでした。

そこで思いついたのがこちらの量り売り。オイルの品質を守りながら、購入者の方や地球環境に配慮した、温かい発想から生まれたアイディアなんですね。


アロマとの出会い
社長さんのご実家が造園業を営んでいたため、もともとドライハーブなども扱っていたそうですが、フレーバーライフ社設立のきっかけとなったのは、イギリス旅行中のアロマとの出会いだったといいます。

「社長は滞在中に初めて嗅いだラベンダーの精油の香りに感動したと言っていました。それまで日本にはなかったものですから、同じ感動を日本でもたくさんの人に味わってもらいたいという想いで輸入し、自身で小分けにして充填し販売したのが始まりなんです」とのこと。

hana to mi

通信販売を始めた当時はアロマという言葉すら聞いたことのない人も多く、認知されていないものを広める難しさに加えて、扱うのは香りの商品。
まずはラベンダーやオレンジ、ミントなどのイメージしやすいものから始めて、徐々に種類を増やしていったそうですが、嗅いだことのない香りを文章でイメージしてもらうというのは相当大変だったと思います。


和精油を使用して作られた hana to mi シリーズ
創業以来、世界各国で選び抜いた様々な精油を扱っているフレーバーライフ社ですが、日本の素材を使用した和精油にもこだわっています。

hana to mi

和精油を使用して作られたhana to miは、中川政七商店さんの商品企画の方と協力してコンセプトを考え、古き良き日本の香りをベースに商品作りを行っています。

「和精油自体は以前から製造していました。日本で育った植物から生まれる精油は、どこか懐かしいような印象を与えてくれます。例えばヒノキの香りを嗅ぐとお風呂をイメージしてリラックスできますよね。hana to mi ではそんな和精油を中心にブレンドして作られた日本人に馴染みやすい商品を展開しています」

飯室さんによると、同じ植物でも海外と日本とでは香りが違うんだそう。さらには日本国内のものでも、産地や植物が育った環境によって香りが異なるため、色々な産地の香りを嗅いで厳選して商品化していると教えてくれました。

実際にヒノキのサンプルで嗅ぎ比べをさせていただいたのですが、産地によって重厚感があったりスッキリしていたり、同じ日本の精油でもこんなに違うものなのかと驚いてしまいました。


日本古来の懐かしい香り「6種の薫物」とは?
hana to mi の香りのテーマになっている「6種の薫物(むくさのたきもの)」とはどのようなものなのでしょうか。企画部の小池さんにお話をお聞きしました。

hana to mi

「6種の薫物というのは平安時代頃から使われてきた代表的な練り香です。懐かしい気持ちにさせてくれる和精油と様々な機能を持った洋精油をブレンドし、心・体・環境に不調を抱える現代人にアロマテラピーで寄り添う商品を作りました」とのこと。

ブレンドに使われる精油は和洋合わせて計33種類。自然の恵みが贅沢に使われているんです。

hana to mi
女性の魅力を高めたい時のフローラルな香りのbaika、質の良い睡眠をとりたい時のシトラスフルーティーな香りのkikka、すっきりしたい時におすすめのスパイシーな香りのrakuyoなど、気分やシーンに合わせて使い分けられるのが嬉しいですよね。


植物療法という考え方
hana to mi の監修は、フランスでハーブ薬局に勤めていたガロワーズ香織さんという植物療法士の方が行っています。フランスではアロマテラピーやハーブが医療の分野で確立しているため、漢方のように体調に合わせてアロマを処方したりドライハーブを煎じて飲んだりというのが一般的だといいます。

hana to mi

hana to mi の商品も植物療法の観点で作られているとのことですが、日本ではアロマやハーブはどのような位置付けなのでしょうか。

「アロマやハーブの効果は研究結果として出てはいるんですが、日本では医療行為とは認められていません。なので効果や効能がある程度認められているものの、それをはっきりと言葉にして伝えることができないのが難しいところです」と話す小池さん。

使う人の健康を考え、効果や効能にこだわって作られたhana to mi シリーズ。体調や目的に合わせて上手に取り入れていきたいですね。


小規模な日本の精油作り
近年小型の蒸留機も出てきて、観光協会が主体となって地域の精油を製造するなど、和精油作りは徐々に広がりを見せています。

北海道では、上富良野の観光協会さんがハーブを刈り取って蒸留していたり、瀧上の町おこしの一環で精油を作ったりしています。また瀬戸内レモンのブランドの精油で地域おこしなども行われています。

生活に根付いたものを原材料に使用し地産地消にもなる和精油ですが、大きな農地がない日本ではどうしてもコストがかかってしまうという課題もあります。

hana to mi hana to mi

「うちで扱っているクロモジやこうやまきなどは、山師の人が森で手作業で採るので、丸1日かけてもカゴ一個分くらい。何日もかけて何十キロになっても蒸留して精油になるのは1%程度、ほんのわずかなんです。私も実際に行ったんですが、山が本当に険しく、歩くだけでも大変な場所でした」

飯室さんのお話からも、精油作りの大変さが伝わります。コストがかかってしまうというのも納得ですね。


サステナブルな和の精油
海外で大量生産される精油と比べてコストのかかる日本の精油ですが、実は副産物として作られているものが多く、サステナブルな一面もあります。

「たとえばヒノキの精油は柱を作る製材工場の端材を利用しています。節があるという理由で弾かれた端材を原材料にして、製材で使っているボイラーもそのまま使用できるのでかなりサステナブルですよね」と話す飯室さん。

hana to mi hana to mi

他にも和歌山のみかんジュースの副産物として作られる温州みかんの精油などもあり、実は果汁として、皮はエッセンシャルオイルとして、無駄なく使っていくことで需要と供給をうまく回しているんだと教えてもらいました。

廃棄される部分を利用する、環境にも優しい和の精油。原材料を作るための農家さんが少ないからこそ、副産物としての精油を造っていく。和精油作りはhana to mi のコンセプトでもあるサステナブルを実現しているんですね。


オリジナルの香りがもたらす効果
hana to mi をはじめとし、多くの精油や雑貨、化粧品などを販売するフレーバーライフ社ですが、一般の方向けの商品が増えてきたのはここ10年ほどのことで、それまではお客様のご要望に合わせたオリジナルの香り作りや卸業などをメインに行っていたそうです。

hana to mi

「旅館のオリジナルの香り作りのご依頼もありますし、サロンチェーンさんや雑貨屋さんからのご依頼で化粧品やミスト、ディフューザーなどの商品も作っています。オリジナルの香りは記憶に残りやすいので、その場所を思い出したり、また訪れたいと感じていただけるといいなと思います。」教えてくれたのは小池さん。

確かに、香りを嗅いだ時に懐かしいなと感じることってありますよね。オリジナルの香りを作る上で難しいなと感じる部分はあるのでしょうか。

「精油はそれぞれ値段が違うので、高いものを使いたいとなると製造数が多くできないことがあります。決められた予算の中で精油を調合しイメージに近づけていくのが難しいなと感じることもありますが、出来上がった香りを気に入っていただけるとやりがいを感じます」そう話す小池さんの表情はとても楽しそうでした。


コロナを乗り越えて
これから店舗やイベント会場などの空間芳香の提案にも力を入れていこうという矢先にコロナが流行し、マスクをするから意味がないと導入を取りやめられてしまったり、小売のお店もテナント自体が休みになってしまって商品が売れなくなってしまうという厳しい状況もあったそうです。

一方個人のお客様はコロナ期間中にも徐々に増えてきたということで、その理由についてもお聞きしました。

hana to mi

「おうち時間が増えたことも理由の一つかもしれません。以前は男性のお客様は少なかったですし、ほとんどがプレゼント用でしたが、最近では自宅用に購入される男性のお客様も増えてきました。あとはマスクスプレーですね。ちょうどコロナの前に発売していたスーッとするような商品があって、よく売れていました。」とのこと。

コロナが終わってマスクも減り、生活が元通りになったことで、香りの提案がしやすくなった今、アロマへの関心や需要のさらなる高まりに期待が膨らみます。


アロマで心地よい睡眠を
最近では、雑誌で『眠りの特集』が組まれるなど、睡眠に関する商品に関心が高まっているようです。フレーバーライフ社の商品も紹介され、お風呂時間から香りを楽しむことでリラックスして心地の良い眠りに入ることができる商品が注目を集めています。

hana to mi

「眠りとお風呂の専門家」の小林麻利子さんが、睡眠改善インストラクターとして監修をした商品は雑誌でも紹介され、ロフトや東急ハンズなどでも取り扱われ人気を得ています。

質の良い睡眠に入るためには、副交感神経や自律神経を整えることが重要です。お風呂で上がった体温が下がるときに副交感神経が活性化され、同時に香りでリラックスすると、より副交感神経を優位にして睡眠導入に働きかけるので、眠りにつくのが得意ではない人にもおすすめだといいます。


日常のちょっとした時間に
さいごに、商品開発への思いについてお聞きしました。

hana to mi

「テレビやスマホをやめて自分でマッサージをしたり、香りをシュッとしたり。自分を労わる時間を作るのには、アロマが適しているなあって感じます。とはいえわたしも寝る前についスマホを見てしまったりするんですけどね。でも、毎日のちょっとした時間にリラックスしたり、手軽に自分を労わってあげられるような商品を今後も開発していきたいと思っています」そう話す飯室さん。

日常にアロマをプラスすることで、たくさんの人の毎日がより輝いていくといいですね。飯室さん小池さん、どうもありがとうございました。







hana to miの商品一覧




和精油のエッセンシャルオイル

和精油のエッセンシャルオイル





和精油のアロマティックディフューザー

和精油のアロマティックディフューザー





和精油のアロマティックミスト

和精油のアロマティックミスト





和精油のハンドクリーム

和精油のハンドクリーム







大西製作所


大西製作所  ブランド紹介

大阪のものづくりの町、東大阪市に拠点を持つ大西製作所。万年筆やボールペンに携わって65年以上、積み上げた歴史とノウハウから一生物の万年筆・ボールペンを全て手作りで作り上げます。




大西製作所 取材記



日本を代表するモノ作りの町・東大阪市。ここに、筆記具業界から注目を集める職人さんがいるということで、さっそく取材に行ってきました。今回お話をお伺いしたのは、大西製作所の代表・大西慶造さんです。
大西製作所
大西さんは、万年筆・ボールペン・シャーペンなどの筆記具を、一本一本手作りする職人さん。現代日本では貴重な存在として、その名が知られています。
大西製作所
大西さんが手掛ける筆記具は、生き生きとした鮮やかな色柄が特長。「文字を書く」という行為を、ぐっと特別なものに引き上げてくれます。年齢や性別問わず、プレゼントとしても喜ばれる逸品です。
大西製作所
昔ながらの手作り製法で生み出される筆記具には、どんな想いやこだわりが込められているのでしょうか。


会社設立は定年後から
大西製作所は、2010年に設立して今年で13年目を迎えます。創業当時、大西さんはなんと68歳! この年齢から一念発起して会社を立ち上げるというのは、なかなか大変そうですが…。

「15歳で業界に入って、それからずっと筆記具の世界に携わってきたからね~。生活のためですよ(笑)」
大西製作所
大西さんはたいしたことないように答えてくれましたが、約65年ものあいだ筆記具一筋で働き続けるなんて…。いくら生活のためとはいえ、本当に好きじゃないとできないことですよね。


15歳で飛び込んだ、筆記具の世界
もともと大西さんは、愛媛県の出身。学校を卒業した後に仕事を求めて大阪に出て、筆記具を製造する会社に就職し、住み込みで働いていたそうです。

「当時は私のような住み込みが、10人ぐらいおったかな。先輩がね、いつも朝早く起きるから、もう眠たくて眠たくてたまらんかったですよ(笑)。朝起きて掃除して、ご飯食べて、8時から18時まで働く。お休みは月に3回しかなかったね~」
大西製作所
当時のことを懐かしそうに語ってくれた大西さん。週休2日制が当たり前となった今では信じられないような厳しい環境ですが、当時はそれが普通のことでした。若かりし大西さんは、ここでしっかりと万年筆づくりの基礎を学びます。


製造から販売まで幅広く経験
万年筆の需要が最盛期を迎えた頃には、台湾や中近東などの国々にたくさん輸出していたそうです。ところが、万年筆の素材がセルロイドからプラスチックに移り変わる頃には、輸出がほとんどでなくなってしまいます。
大西製作所
「日本製の価格が高くて、合わなくなってきたんですよ。みんな自分の国で作れるようになったし、中国やインドみたいにもっと安価で作る国も増えてきたしね」

結局、最初に入社した会社は倒産してしまいますが、大西さんは長年の経験と知識を生かし、筆記具を販売する商社に入社。その後も筆記具業界に携わっていきます。


機械とともに想いも引き継いで
転機となったのは、65歳で定年退職したあと。知り合いに声を掛けられて「カトウセイサクショカンパニー」の加藤 清さんのところで、約2年ほど万年筆作りを手伝いました。

加藤さんは、日本国内だけではなく世界的にも広く知られた万年筆職人。そんな卓越した技術を持つ加藤さんのもとで、大西さんは研鑽を積みます。

「私も今までの経験からひと通りのことはできたんですけど、加藤さんもいちいち細かく教えてくれるわけじゃないからね(笑)。自分の目で見て、覚えていきましたよ」
大西製作所
加藤さんが他界したあと、カトウセイサクショカンパニーで使っていた機械や道具を大西さんが引き継ぎ、2010年に大西製作所を創業するに至りました。
もちろん機械だけでなく、万年筆に対する想いもしっかり受け継いだことでしょう。


筆記具の今と昔
筆記具も時代とともに移り変わっていきました。特に変わったものといえば、その素材。昔は下の画像のようなセルロイドが主流だったそうですが、今は筆記用具にあまり使われていません。なぜでしょうか?
大西製作所
「セルロイドは、燃えやすい素材なので危ないんですよ。昔は工場でみんなタバコを吸ったりしてましたから、その不始末でよく火事になったりしてね…」

今はセルロイドに変わってアセテートやアクリルが主流になっているそうですが、筆記用具として使う上でそれぞれの違いってあるんですか?
「アセテートはメガネのフレームにも使われる素材です。頑丈なんで、足で踏んでも割れませんよ。でも、光があたるところに長期間置いてしまうと劣化してしまうので、注意が必要です」

アクリルはどうですか?
「アクリルは劣化しにくく、美しいツヤがいつまでも続きます。ただ割れやすいので、それこそ足で踏んだり落としたりしたら、バキッといってしまいますね」

ここで大西さんが、アセテートとアクリル、それぞれをハンマーで叩いてその硬さを比べてくれました。
大西製作所
右側の青い軸のアセテートは、ハンマーで叩いてもまったくの無傷。ヒビひとつ入っていません! ところが、左側のカラフルな軸のアクリルは画像の通り、端っこが割れてしまいました。

正直、素人が見ただけではそれぞれの素材の見分けがつかなかったのですが、こうしてみるとやはり違いがあるんですね。自分の生活スタイルにあった素材をチョイスするのも、筆記具選びのポイントになりそうです。


職人にしか作れない筆記具
大西さんが手掛ける筆記具の特長としてまっさきにあげられるのが、透明感のある色や柄。特に素材がアセテートのものは、その美しさが際立って目を引きます。
大西製作所
「アセテートを筆記具に使うのは、職人の技術と手間が必要なんです。機械による大量生産が難しいんですよ」
大西さんの作るアセテートの筆記具が唯一無二と言われる秘密が、ここにあります。

さらに、細かいパーツのひとつひとつにもこだわりが。例えば、ペンの真ん中につけるリングは、日本製のものに限っています。
大西製作所
「金メッキなんで使っているうちにはげるのは避けられないんですけど、それでも日本製は品質がいいんですよ。海外製のなかには、手で軽くこすっただけではげるのもありますからね(笑)」

こういったパーツもすべて、大西さんが最適と思うものを選んでいるそうです。目利きの力がある、大西さんだからこそできることですね。


一本のペンができるまで
ここからは、製造工程をざっくりと追っていきましょう。昔は万年筆作りも分業で行われていましたが、今はそういった加工会社もなくなってしまったそうで、全工程を大西さんが手作業で行っています。

まずは、四角く長い軸材を裁断するところから始めます。この素材だけ見ると、これがペンになるなんて想像がつきませんね。 大西製作所
裁断した素材を、棒状に削り出していきます。ぶれずにまっすぐ削れるよう、機械のメモリを慎重に調整していきます。
大西製作所
次は、ドリルを使って穴をあけます。画像だけだと機械がすべてやってくれるように見えますが、そんなことはありません。職人の目で細かく何度も調整したうえで、機械を動かしていきます。
大西製作所
続いて、ペダルを足で踏んでろくろを回転させながら刃物を当て、よりなめらかに削っていきます。この作業こそ、本当にミクロの世界。頼りになるのは大西さんの“感覚”のみという、まさに職人技です。
大西製作所
こういう特殊な形の刃物も、作っている会社がすでに廃業してしまっているそう。この道具も貴重なものとなってしまいました。
大西製作所
軸の中央をとるのが難しいらしく、何度もハンマーで叩いて微調整を繰り返します。
大西製作所
これはねじ切りといって、必要な部分にねじの溝を掘っていく作業。この溝がかみあわないとパーツがきれいにジョイントできないので、重要な工程です。
大西製作所
仕上げにペーパーや機械を使って表面を磨き、ツヤを出します。その後、ペン先などのパーツをセットして完成!
大西製作所
作業場には、たくさんの工具が並んでいます。特殊な形状の工具は「苦労して自作しました」と大西さん。こういったところからも、筆記具作りにかける情熱が感じられますね。
大西製作所
ざっと紹介しましたが、まだまだこれ以上に細かい工程がたくさんあるそうです。それをすべて大西さん一人で行っていると知り、改めて尊敬の念を抱きました。


筆記具への愛は絶えず
取材中もずっと笑顔で応じてくださった大西さん。
G7広島サミットで各国首脳に贈呈された万年筆や、アメリカのトランプ前大統領が愛用した万年筆など、ニュースを見ていてもついつい筆記用具に目がいってしまうそうです。

「電車に乗っていてもね。みんな、胸ポケットにペンをさしてるでしょ。『ああ、この人は安物さしてるな』とか『これは高級品やね』とか、思わず見てしまうんですよ(笑)」
大西製作所
どこまでも筆記用具愛にあふれた大西さん。その優しいお人柄が、大西さんの作る筆記具からもしっかりと感じられました。

ぜひ一人でも多くの方に、手作りならではの心地よさを味わってもらえたらと思います。
お忙しいところご協力いただき、ありがとうございました!









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000 / トリプルオゥ


000 / トリプルオゥ ブランド紹介

他に類を見ない糸のみでできたアクセサリーは、「素材」「職人の技術」「デザイン」にこだわり、群馬県桐生市にある創業1877年(明治10)の老舗の刺繍メーカー「笠盛」で製作されています。




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CHOPLATE


CHOPLATE ブランド紹介

大手メーカーの自動車や家電などの精密部品を数多く製造してきた、大阪のプラスチック成型加工メーカー 株式会社河辺商会。CHOPLATEは創業66年目を迎える河辺商会に蓄積されたノウハウを活かし実現しました。




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米沢緞通

米沢緞通 ブランド紹介


※ページ下部へ進みます。
米沢緞通は米沢藩時代から絹織物の産地として有名な山形県の南、米沢市にある緞通工房。現在では絨毯のメンテナンス・クリーニング業と手織絨毯業を営んでいます。
米沢緞通を世の中に伝えるべく、日々丁寧にものづくりに向き合っています。「佇まいが心地良い」緞通を目指して。






米沢緞通 / 滝沢工房 取材記



山形県の南に位置する米沢市は、米沢藩の時代から絹織物の産地として有名な地域です。
今回はこちらで手織絨毯を作り続ける米沢緞通・滝沢工房さんにお邪魔しました。
米沢緞通
案内してくれたのは、工房の代表である滝沢さんご夫婦と社員の松本さん。
米沢緞通の歴史や商品、ものづくりに対する思いについて色々とお話を伺うことができました。



そもそも緞通とは?
皆さんは緞通というものをご存知でしょうか。
あまり聞きなれない方もいるかもしれませんが、中国で発祥した高密度の手織りの絨毯のことです。
米沢緞通
緞通は、地糸にウールなどの毛を一目ずつ結び植えたのちに、包丁や鋏などで表面の毛を切って立毛させて作るという、非常に時間と手間のかかる工程で作られています。
強く打ち込みながら織っていくため、重厚感があり美しいだけでなく、毛が抜けづらいという特徴もあります。
米沢緞通
高密度に作られた緞通はとても丈夫で、裏地や接着剤を付ける必要がないので、通気性がよく一年中快適に使うことができます。寿命も長く、何十年も使い続けることができる緞通は、まさに一生ものです。



たくさんの人に知ってもらうために
時間と手間のかかる工程で作られた緞通は、一般的にとても高価なものなのですが、滝沢工房さんでは手に取りやすい価格の商品も販売しています。
「小さいものでも織りの工程に丸4日、鋏入れの工程に丸1日はかかるので、本来もっと高い値段で販売しないといけないのですが、米沢緞通の名前を広めたいという思いで、宣伝費だと思ってなんとかやってます」と話す滝沢さん。
米沢緞通
高くても良い物だと分かってくれる人に売りたい。
しかしたくさんの人に知って欲しいし使ってもらいたい。
そんな思いで設定した価格ですが、価値のわかる人からは原価計算が合わないということで「本当に日本製なの?」と疑われてしまうこともあったそうです。価格設定が難しいところだと話していました。



裏側まで美しい、日本に3社だけの製法
緞通の定義や捉え方については様々あるそうですが、大きく分けると2種類あります。 一つは「フック緞通」と呼ばれるもので、電動のフックガンを使って一針一針打ちつけて作られます。
一方、米沢緞通では、手作業で縦糸にウールのパイル糸をからめ、横糸とからみ糸で織り上げて作られています。
これらは模様が出る密度があまり変わらないため、表から見ると素人では違いがなかなか分かりません。
しかし裏側を見ると違いは歴然です。
米沢緞通
いわゆる「フック緞通」の製品は裏側に布が貼られていますが、米沢緞通は裏側に布がなく、表と同じように美しい模様が表れているのが特徴です。通気性が高く蒸れにくいためカビにもなりにくいのだそう。単に美しいというだけでなく、一年中快適に使用できる実用性の高さが嬉しいですね。
米沢緞通
しかし手間や時間、高度な技術を要するため、この方法で緞通を作っているのは滝沢工房さんを含む3社しかないそうです。



中国から伝来した技法
緞通というのは昔からの技法なのでしょうか。歴史についても教えていただきました。
日本に緞通が伝来したのは江戸時代。中国人の技術者が佐賀で広めた鍋島緞通が始まりだと言われています。鍋島緞通ではウールではなく綿を使用していたそうなのですが、天皇家との繋がりもあり格が高いものとして扱われていました。その後大阪の堺を中心に徐々に広まっていたそうです。
そんな緞通の技術が山形に広まったのは昭和の初期のこと。
当時山形県では町おこしとして、女性の就労のために中国緞通が導入されました。
その技術が各所に散っていく中で、長井市で発展したのが始まりなんだそう。



滝沢工房の始まり
「滝沢工房は、1966年に父が開発した織り機が特許を取ったところから始まりました。
父はもともと米織の織り機のメンテナンスをしていた人なので、機械には強かったんです。」
手織の良さと効率の良さを兼ね備えた特殊な機械で作られる滝沢工房の緞通は、技術的に真似ができない特別なものとして高い評価を得ることになりました。
米沢緞通
技術や品質が認められ、たくさんの注文が入るようになった滝沢工房さんですが、常に順調というわけではなかったそうです。
中曽根内閣時代には、国鉄の民営化に国家予算を割くことが決定し、その影響で建設業界の予算が減らされるという事態が起こりました。当時滝沢工房さんではビル全体に敷く緞通という大規模な注文をたくさんもらっていたそうですが、なんとそれらの受注が全部なくなってしまったというのです。



クリーニングのプロとして
技術が評価され、軌道に乗ってきた矢先の受注ストップ。
この危機を滝沢工房さんはどのようにして乗り越えたのでしょうか。
「実はビルに敷く緞通の注文をキャンセルした会社から、クリーニングの注文がたくさん舞い込んだんです。高級な絨毯のクリーニングは滝沢にしかできない、と思っていただけたみたいで、こちらから営業をかけなくても仕事はたくさんありました」と話す滝沢さん。
製造の工程での「洗い」の技術の高さが広く知れらていたため、クリーニングの分野でも信頼を勝ち取ることができたというわけですね。クリーニングの高い技術はその後も評価され、大手のクリーニング会社さんにも技術提供をしているそうです。
(もちろん当店でご紹する米沢緞通ブランドの商品も汚れてくればクリーニングできます。長く使う品なのでメンテナンスが製造元でできるのはとても安心ですね)



米沢緞通というブランド
クリーニングがメインとなっていた時期にも緞通づくりは続いていたようですが、米沢緞通のブランド化のきっかけとなったのは2017年、「ててて協同組合」(作り手、使い手、伝え手が協力し合ってものづくりをを行う組合)の永田宙郷さんとの出会いだそうです。
それまで山形緞通として織物業を営んでいた滝沢工房さんですが、この出会いをきっかけに米沢緞通としての歴史が始まったのです。
米沢緞通
ものづくりの支援センターがあると聞いた滝沢さんは、知り合いの方から永田さんを紹介してもらいます。
永田さんはものづくりの発想から販売方法まで、様々なブランディングを提案しました。
この時作られた工房のロゴやパンフレットには山形県内のデザイナーである吉田勝信さんのデザインが採用されています。こんなところからも個性や背景を大切にした温かいブランディングが感じられますね。



ブランディング後にも続く交流
提案してもらったことに真面目に取り組む滝沢工房さんと、それに対して懸命に向き合う永田さん。
交流は今でも変わらず続いているそうです。
「永田先生はいつも忙しく日本中を飛び回っている方なんですが、秋田に用事がある時にうちに寄っていくだとか、『調子どうですかー?』なんて言って一緒にご飯を食べてくだとか、そんな距離感なんです。今も一緒に色々考えていますよ。人気商品のウールブラシも先生に指導してもらったものなんです」とのこと。良好な関係性が窺えますね。
米沢緞通



特許取得の織り機
次に工房に移動して実際に機械を扱う様子を見せていただきました。
「強い打ち込みをするために鉄製のおさを使用しています。目が詰まってしっかりした仕上がりになるんですね。編み物というよりも組み物に近いかも知れません」
米沢緞通
こちらは松本さん。他県の美大で織物を学び、就職活動をきっかけに地元米沢で作られている緞通の魅力を知り、就職を決めたそうです。
米沢緞通
「このグラフを見ながら作っているんです。設計図を見て、色を変えるときには横糸を変えていきます。色の多い部分は都度糸を変えていくので特に時間がかかります」



鋏入れで際立つ表情
織り上げた後は鋏でカットし、柄が立体的に見えるように整えていきます。
「目で見た感覚だけで鋏を入れていきます。鋏入れが甘いと、使っているうちに溝が埋まってしまうこともある為、深めに鋏を入れています」と話す社長の滝沢さん。
仕事の話をする姿は活気と自信に満ちていました。
米沢緞通
「この石楠花では花びらの重なりを考えて鋏を入れています。柄の部分に少しずつ凹凸が出てくるのが面白いんです。輪郭がパキッとしてくると自分でやってても楽しくなります」
時間のかかる作業は集中力も必要で、だんだん目が疲れてくるそうですが、一生懸向きあった分、認めてもらえたり、出来上がったものを見て手がこんでいるということがわかる人が購入してくれるのが嬉しいと、楽しそうに話してくれました。



鋏と技術の継承
現在この作業ができるのは社長の滝沢さんだけ、とのことで、今後どの様に技術を伝えていくのかということについても聞いてみました。
「もう少し経ったら教えようかなとは思ってますが、まずは鋏を研ぐところから教えないと。鋏が綺麗に切れない状態だと柄がちゃんと出ないんです。」そう話す滝沢さんの手元にある鋏を見ると、かなり年季が入っていることが分かります。
米沢緞通
「粗取り用とか、仕上げ用とか、種類は様々ですが、これらは20~30年くらい前に山形で作られた鋏なんです。剃り方や鋼の入れ方が特殊で、刀みたいでしょう。手作りで作られているもので、何年か前に新潟の三条へ行って同じ様な鋏を作れないか相談したことがあるんですが、これは作れないと断られてしまいました。」
今は振動で切るタイプの電動鋏もありますが、細かい部分には不向きだと言います。
繊細な動きをするにはこの鋏に限ると話す様子からは、道具へのこだわりが感じられました。


豊富なデザイン
社長の滝沢さんは、柄を考えるところから作るのが好きで、特に花などの自然のものをよく取り入れるのだそう。定番の柄も作りつつ、好みや流行に合わせて様々なものを生み出します。
百貨店の山形展や東北展では年配の方から特に反響がある花のデザインのものを作ったり、若い世代に好まれるモダンな柄には作家さんやデザイナーさんの手も借りるそうです。
米沢緞通
実際に飛んできたモモンガから発想を得て作成されたというデザイン。地元に住むデザイナーさんならではの柄、というわけなんですね。



米沢の技術と人
工房や商品を見せていただき、米沢で作られる商品の質の高さやこだわりに触れたところで、改めて米沢のものづくりについて聞いてみました。
「米沢の人は先走ったことは言わないんです。律儀で、仕事してますと言わない気質があって、なんだか勿体無いくらい。控えめなのか宣伝の仕方が分からないのか」と語る滝沢さん。
米沢緞通
実際にいいものを作っている人は大勢いるのに、評価されても自慢しないのが米沢流。
首相官邸や閣議室の絨毯、皇室の方が身に纏うローブなど、米沢で作られているものがたくさんあるのですが、必要以上に情報を外に漏らさない暗黙のルールのようなものがあるのかも知れません。
律儀で実直、そして無駄なことを言わない米沢の真面目な米沢の人たちだからこそ、高い技術と信頼を積み上げてきたのだと感じました。



滝沢工房のこれから
最後に今後の展開についてお聞きしました。
「売らなければ次世代が育たない。どうやってこの仕事を次世代に残していくかという課題については、海外進出も含め考えていかなければいけないですね」と話す社長の滝沢さん。
「実際に日本の段通は世界的に見てもとても高い品質のものです。その昔、アメリカからレーガン大統領が来日した際に、一番驚いたのがカーペットの質だと聞いたことがあります。日本の緞通の技術が世界に認められたというのはとても誇らしいです」
米沢緞通
取材を通して、滝沢工房さんのバランスの取れた姿というのも見えてきました。 たとえば世の中の動きを良く見て、緞通の製作とクリーニングのバランスを取ること。 その柔軟な姿勢で苦境を乗り越えてきたからこそ、今の滝沢工房があります。
作り出す商品についても同じです。
決まったものばかり作るのではなく、お客様の反応に目を向けて作家さんやデザイナーさんと組んで新しいものも作り出していく。幅広い世代に愛される理由がそこにはあります。
そしてなんといっても、滝沢工房を経営する皆さんのバランスです。
前に出るのが嫌いな根っからの技術屋である社長と積極的に前に出て人と交流をする専務。
「うちの社長は気難しく見えるけど仕事はきっちりやるんですよ。役割分担があるんです。私も本当は黙って何かに集中したいタイプなんだけど、社長が話さないから私が頑張ってるんですよ」終始笑顔で気さくに話す専務から、最後に意外なお話を聞くことができました。
滝沢工房の皆さん、本当にありがとうございました。









米沢緞通の商品一覧



米沢緞通 エントランスラグ

エントランスラグ(85cm×57cm)




米沢緞通 ラグ

ラグ(63cm×45cm)




米沢緞通 スクエアラグ

スクエアラグ(38cm×38cm)




米沢緞通 スツールラグ

スツールラグ(30cm×40cm)






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