ブランド紹介
Beret is flamingo
1967年に熊本で創業したBeret is flamingo(ベレー・イズ・フラミンゴ)は、
「Beret is flamingo」が守り継ぐ
大阪に本社を置く株式会社ヨシダは、ベレー帽の生産力で国内随一を誇る老舗帽子メーカーです。
「Beret is flamingo」は株式会社ヨシダがこだわりを詰め込んだ自社ブランドの名称です。
その帽子作りの舞台となる工場は、熊本県は阿蘇山系の、水脈豊かな場所にあります。
今回は工場にお邪魔して、代表の吉田社長にお話を伺いながら、ベレー帽作りの現場を見せていただきました。
熊本工場の外観
受け継がれてきた、ベレー帽づくりの歴史
株式会社ヨシダの前身となる会社の創業は1967年。
はじまりは、創業者である橋本繁雄さんが、手横編み機を自作したところからだったそうです。
「創業者が戦後、知り合いのおじいさんが手編みでベレー帽を作ってるのを見て、
『もっと効率よく作れないか』って考えて、ベレー帽の編み機を開発したそうなんです。」
電気工事の心得があったという創業者の手により、日本で初めてのベレー帽編み機が誕生しました。
その後は軍向けの需要などを背景に生産規模が拡大し、海外への輸出も行われるなど、ものづくりの技術は広く活かされていきます。
現在の「株式会社ヨシダ」に至るまでには、様々な紆余曲折があったのだと、吉田社長は話してくださいました。
右が吉田社長、左が奥様
「もともと私は帽子の原料を扱う会社に勤めていて、材料を納める立場としてこの工場と関わっていたんですよ。その後、ご縁があり養子として事業を継承して、今に至ります。」
材料を届ける立場から、作り手の立場へ。そのご縁がなければ、今のこの工場の姿もなかったのかもしれません。
半世紀以上にわたって受け継がれてきた、ベレー帽づくりへの情熱と技術。
一見するとただの帽子でも、そこには長い歴史と、ものづくりへの沢山の想いが宿っているのだと感じました。
ひとつの帽子が手元に届くまでに、こんなにも多くのストーリーがあるのだということを、ぜひ知っていただければと思います。
数少ない「一貫生産」の現場で支える品質
社長が工場と関わり始めた当時は、中国製品の台頭により、海外での生産が急速に広がっていた時期だったそうです。
価格競争も激しく、国内で作り続けることは容易ではない状況でした。
実際に、海外に工場を設けて生産に取り組んだ時期もあったそうですが、
品質を一定に保つことの難しさや、現地での管理体制を整えることの大変さから、その取り組みは長くは続かなかったと言います。
こうした経験を経て、同社は国内でものづくりを続けていく道を選び、現在は熊本の工場を中心に、
質にこだわりながら製造を続けておられます。このものづくりへのこだわりから生まれた判断が株式会社ヨシダの強みともなっていきます。
株式会社ヨシダの大きな特徴のひとつが、染色・編み・縫製といったすべての工程を一つの工場で完結できる「一貫生産体制」にあります。
「工程ごとに分業されているところが多いですね。それに対して、ここでは小回りが利くんですよ。」
熊本工場では各工程がひとつの場所でつながっているため、途中で細かな調整を行いやすく、
仕上がりに対して柔軟に対応することができるのだと、吉田社長は教えてくださいました。
たとえば、編みの段階での仕上がりを確認しながら、その後の加工方法を調整することも可能です。
現在は、アパレルブランドなどからの依頼を受けて製造を行うOEMも多いという同社。
依頼主の想いに寄り添いながらひとつひとつ応えていく。
一つひとつの工程に宿る、手間と技術
ベレー帽が完成するまでには、実に多くの工程と、細やかな手仕事の積み重ねがあります。
取材でその工程をひとつひとつ見せていただくなかで、「帽子ひとつにこれほどの手間がかかっているのか」と、思わず見入ってしまいました。
「機械でできること」を最大限に活用しつつ、被り心地や質感に関わる重要なポイントには徹底して「人の手」と「時間」をかけるという、極めて丁寧なものづくりをされています。
帽子の種類によって細かな工程は異なりますが、今回は吉田さんの工場で行われている工程を、ご紹介いただいた順にお伝えしていきたいと思います。
【芯材圧着】
柔らかな生地だけでは形を作ることが出来ないので、まずは生地に芯材を圧着します。
例えばツバの部分にはUVカット機能がある芯材を採用するなど、帽子のどの部分に使うかによって芯材の厚みや種類を変えているそうです。
形状や機能を丁寧に考えた上で、芯材も選ばれているのですね。
【裁断】
次に生地を重ねて裁断し、パーツごとに分けていきます。
ここで裁断されているのは、この帽子の内側の生地ですね。
【縫製】
縫製が必要な商品とそうでない商品がありますが、ここでは最終段階の仕上げの作業をされていました。
縫製をしながらも、入念に商品の検品も行います。
【編み工程(最新式)】
編みの工程では、コンピューター上で設計された柄や構造のデータをもとに、オリジナルの専用機械で編み上げていきます。
この機械では、写真の帽子のように複雑な模様や編み目も生み出すことができます。
帽子は平面ではなく立体であるため、上部に向かって目の数を減らしていくなど、あらかじめ立体的な形を考慮した設計が必要です。
奥に映っている機械がホールガーメント(一体編み)をする編み機です。
この機械で編み上げると、写真内で手に持っていただいてるベレーのような形状になります。
機械が動き出すとなんとたった30分ほどで、帽体(帽子のベース部分)の生地が完成するそうです。
ただおもしろい事に、職人がほぼ関わらずに編みあげることができる最新式の編み機は、1枚を編むのに約35分ほどかかるのに対し、
いわゆる旧式の機械で熟練の職人が関わる必要がある織機で編み上げると約7分〜8分程度で仕上がるそうです。
最新のコンピューター機よりも、職人の手作業が関わるほうが出来上がりは早くなるのだそうです。
【編み工程(旧式)】
こちらが旧式の編み機です。
旧式編み機は設定や準備が難しく、誰でも扱えるものではないので、新式のコンピューターの編み機と旧式の編み機はバランスよく併用されています。
こちらが旧式編み機で編み上げたものです。
最新の編み機で編んだものは端どうしが繋がっていましたが、こちらは繋がっていないので「リンキング」という繋ぎ合わせる工程に進みます。
*素材へのこだわり*
Beret is flamingoのウールベレー帽には、100%ウールを採用しています。
対して、他社の多くはハリやコシを出すために、ポリエステルを混ぜているのだといいます。
ウール100%で同様のコシを作るために、Beret is flamingoでは素材を厳選したり、
プランキング(揉み工程 あとで紹介しています)と呼ばれる揉み工程を増やしていたりと、手間と工数のかかる様々な工夫を行っています。
ポリエステルを混ぜるとそういった工程は不要なのですが、工程を工夫する事によって生みだす100%ウールの品質にこだわりを持っています。
【リンキング】
編み上がった後には、「リンキング」と呼ばれる工程を行います。
これは、編み目同士をつなぎ合わせていく作業です。
円に沿って3つほどの帽子を並べ、一度にリンキングすることができるのだそうです。
編み目をひとつひとつ確認しながら、人の手でリンキングの機械に通してそれらを繋ぎ合わせることで、
先ほどまでは繋がっていなかった端と端の部分が繋ぎ合わさり、帽子の形状に近づきました。
ビフォア
アフター
一目でもズレると商品にならないので、とても大事な工程です。
リンキングは通常のミシン縫いと違って網目同士を繋ぐため、「縫い代」が発生しません。
これにより、被った際のゴツゴツとした違和感がなくなり、美しいシルエットとかぶり心地の良さが生まれます。
非常に繊細で、熟練した技術が求められる工程なんですね。
実際に作業を見せていただきましたが、その集中力と手際の良さには思わず息を飲みました。
職人さんの培った技術が、一つの帽子の「かぶり心地」を支えているのですね!
リンキングを終えたベレー帽は、頭頂部にはまだ穴が開いた状態なので、それを手縫製で埋めていきます。
綺麗に埋まりました。
チョボ付きベレー帽のチョボも、つける時はこの工程で行います。
このあとのフェルト加工であの「ベレーっぽい形」に変化します。
【フェルト(縮絨)加工】
続くフェルト加工(縮絨)の工程では、約50℃のお湯の中で、圧力と摩擦をじっくりとかけながら生地を縮ませていきます。
こうする事で、ふんわりとしたやさしい肌ざわりと、柔らかな質感が生まれるのだそう。
一気に長時間かけてしまうと縮みすぎることもあるそうで、状態を確認しながら洗いにかけます。
同じ工程を経ても、毎回まったく同じ仕上がりにはならない。その微妙な差を読み取りながら対応できるのが、
職人さんの経験の賜物ですね。
こちらが脱水後の状態です。ウールの繊維が絡まり、ギュッと縮んで丈夫になりました。
だいぶベレー帽に近づきましたね!
【染色工程】
フェルト加工(縮絨)に続く染色の工程でも、こだわりは随所に見られます。
ここでは職人が染まり具合を確認しながら、目的とする色味に合わせていきます。
豊富なカラーバリエーションを誇るBeret is flamingoでは、発色の美しさにこだわり、
染料を調整したうえで、地元熊本の阿蘇山系地下水を使ってじっくりと時間をかけて染め上げています。
染色の際は、製品の表と裏の向きを揃えておくことも重要なポイントなのだそう。
表と裏では色の入り方に微妙な差が生まれるので、全体として均一に見えるよう、あえて裏側を濃く染めるなどの工夫をしているためです。
さらに、濡れている状態と乾いた状態では色の見え方が異なるため、仕上がりを想定しながら色を調整していくという、繊細な感覚と経験が求められる工程でもあります。
カラーの見本と照らし合わせながら、丁寧に進めていきます。
【揉み工程(プランキング)】
この工程はあまり見たことがないものでした。一般の方も未知の工程だと思いますので、順を追って画像で紹介します。
染色を終えたベレー帽の形を整えて
綺麗に並べて
丸めて
機械に入れる
こうして上下からローラーではさみながら圧力をかけていき、揉みます。
不思議ですが、取り出したベレー帽はこれまでとは少し風合いが異なり、全体にコシがでたような感じになりました。
左が揉み工程前で、右がその後。
繊細なウールを素材に採用するとこうした工程に手間と時間がかかるので、
ポリエステル混で硬さを出すケースが多いそうです。
【乾燥・仕上げ】
染色後は、乾燥・整型の工程へと進みます。
金型に帽子をセットする様子
しっかりセットしベレー帽を乾燥機に入れていきます。
乾燥を終えれば素早く型から外して、形を整えて、仕上げの工程に進みます。
商品によって形状をより安定させたい場合は高温乾燥後、すぐに形を水で冷まして、形を定着させます。
【最終仕上げ、検品】
その後、なめらかな質感に仕上げるため、仕上げに表面をひとつずつバリカンで丁寧に刈り揃え、毛羽立ちを取り除きます。
そして、最終工程では色ムラや不良がないかを細かく確認します。
不具合があればその場で修正し、最後に検針機によって異物の混入がないかをチェックして、ようやく完成です。
純日本製のベレー帽作り
編み立てから完成するまでに、本当に多くの職人の手と工程を経て、一つのベレー帽が仕上がっていきます。
けれど、それによって失われる風合いがあります。
失われた技術は簡単には戻せません。
簡素化され続けて失われていく技術が沢山ある現代だからこそこうした日本のものづくりの良さ、
こだわりは大事にしたいと改めて感じました。
それに沢山の職人さんたちの手を渡りながら大事に作り上げられたベレー帽の方が永く愛着を持って大切にできるような気がします。
「Beret is flamingo」の帽子作りへのこだわり
今回ご紹介した株式会社ヨシダの熊本工場で作られているのが、
日本いいもの屋でもお取り扱いしている「Beret is flamingo」のメリノウール バスクベレーです。
メリノ種の羊から採れるこの素材は、繊維が細く、やわらかな肌ざわりが特長です。
こうした素材の持ち味は、製造工程のひとつひとつを丁寧に重ねることで、初めて最大限に引き出されます。
『Beret is flamingo』のベレー帽が長く愛され続ける理由は、素材選びからすべての工程が、
妥協なく積み重ねられていることにあるのかもしれません。
今後も、この素材と工程へのこだわりを変えることなく、長く寄り添えるベレー帽を届け続けていくこと。
それが「Beret is flamingo」の変わらない姿勢。
お気に入りの帽子というのは、なぜかずっと手放せないものですよね。
Beret is flamingoの商品一覧
京都府で誕生したSola cube。
Sola cubeの商品一覧
日本人になじみ深い香り、白檀(びゃくだん)。「おばあちゃんの扇子の香り」と聞けば、あぁ、あの香りね、と懐かしく思い出す方も多いのではないでしょうか。 そんな白檀をベースに、自然由来成分100%のオーガニックミストを手がけているのが「Byaku」です。ブランドを立ち上げた櫻井勲さんは、京都・上賀茂の地で100年続く京料理の家に生まれ、「京料理×香り」という今までにない発想から「あわく、はかない」香りを生み出しています。 今回はByakuに込められた想いを伺うべく、櫻井さんのルーツでもあるご実家「京料理さくらい」を訪ねました。 世界遺産・上賀茂神社の前を通りすぎると、社家町(しゃけまち)と呼ばれる門前集落が見えてきます。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された、風情ある街並みです。取材に伺った日は35度と猛暑日でしたが、すぐそばを流れる川のせせらぎが涼しげで、時折吹き抜ける風が心地良く感じられます。 笑顔で出迎えてくださった櫻井さん。門をくぐり、打ち水のされた玄関を通って室内へ。目の前には手入れの行き届いたお庭が広がります。池には大きな鯉が悠々と泳ぎ、「これぞ京都」な雰囲気に、ほっと心が安らぎます。 子どもの頃から、おもちゃよりも料理が好きだったという櫻井さん。 「幼稚園から帰ってきたら、制服を脱ぐや否や火鉢の上にフライパンを置いて、卵を割って、食べられるかどうかわからへんものを作っていましたね」 料理が自己表現だったという櫻井さんは、次男だったこともあって家業を継ぐ予定はなかったそうですが、自然と日本料理の道に進みました。しかし次第に、違和感を抱くようになります。 「世の中には好きなものを商売にできる人とできない人がいると思いますが、私は後者でした。友達や家族に料理を振る舞うのは楽しいんです。でもそこに対価が発生すると、自分の中で義務になってしまって」 その後は東京のホテルオークラでサービスの仕事を経験し、やがて友人の経営する印刷会社へ転職。香りとは無縁の世界でキャリアを重ねていきます。転機が訪れたのは、新型コロナが流行し始めた2020年でした。 「当時は通販型の印刷会社でお客様対応と品質保証の長をしていたのですが、2020年のゴールデンウィーク明けに希望退職が募集されました。同じ会社で10年ほど勤めてやり尽くした感もあったので、何か新しいことをしようと決心し、退職することにしました」 事業を起こして新しいことに挑戦するなら、京都らしくて、日本らしいものがいい。そう考えた先にたどり着いたのが、白檀でした。 「実を言うと、もともと私、白檀がそれほど好きではなかったんです」 えっ?どういうこと?? 「京都らしくて世界にも通用するものは何かと考えたときに、最初に思い浮かんだのが白檀でした。でも白檀の香りって、どっしり重たくて、奥深い濃厚さがありますよね。だから隣で誰かが扇子をあおぐと、逃げようのない香りだなと思っていたんです」 思いもよらない言葉に驚きました。あまり好きではなかった香りを、なぜ使おうと思ったのでしょうか。 「いろいろと調べ始めたら、白檀が不思議な木であることがわかったんです」 白檀は、“自分だけでは大人になれない木”なのだそう。他の木に寄り添わないと生きられない。しかも寄り添う木によって香りが大きく変わるのだとか。 「杉の側で育てば杉らしさのある白檀に、檜のそばで成長すれば檜風味の白檀になります。つまり“白檀の香り”と言っても、どんな木と過ごしてきたかによってキャラクターが変わってくるんです。これってすごく人生に似ていますよね」 さらに驚いたことに、これだけ日本らしい香りとして定着していながら、日本では自生しないのだそうです。 「推古天皇の時代に、淡路島に大きな木が流れ着いて、村の人たちが『なんか、ええ香りする』と発見したのが始まりといわれています。白檀が祀られている神社もあるんですよ」 その後、仏教の伝来とともに白檀が伝わってきたことで、日本にも浸透していったといいます。正倉院にも収められ、平安時代には十二単に焚き染めるお香として貴族たちに愛用されました。
ここで、実際に白檀の切り株を見せてもらえることに。一見すると普通の木ですが……手で少し温めてから鼻に近づけた瞬間、白檀の華やかな香りが一気に広がります。まるで香りを追加しているのではないかと疑うほど際立つ香り。これほどの力強い香りを自然に放つ木であれば、神聖なものとして扱われるのも納得です。 「白檀のことを知れば知るほど、どんどん面白くなっていきました。日本のものじゃないのに、日本を象徴するものになっている。そんなものは、他には思い当たりませんでした」
すっかり白檀の魅力に惹き込まれた櫻井さんは、世界中の白檀の香りをサンプリングします。 「私が恋に落ちたのが、南太平洋にある島の、華やかさのある香りの白檀でした」 ところがその白檀は、森の主が代々守る“聖域の森”に育つもの。簡単に使わせてもらえるものではありませんでした。森の仲介者からも、「森には他所の人を入れないのが基本スタンスだから、私が仲介しても森の主に許してもらえるとは限らない」と言われたそうです。 幸運にも櫻井さんの熱意が森の主に伝わり、儀式を経て“聖域の森”に立ち入ることが許され、理想の白檀を使えるようになりました。初めは一切笑顔を見せなかった森の主たちでしたが、儀式が終わると一気にフレンドリーに。今でも頻繁にやり取りをしているといいます。
ところで、Byakuで現在展開している4つの香り「和・敬・静・寂」。繋げて読むと茶道の精神を表す「和敬清寂(わけいせいじゃく)」が想起されますが、出発点はお茶の言葉ではなく、「敬」の字なのだそう。 「香りの名前に、『敬』という字をどうしても使いたかったんです。森の主たちへの敬意をずっと忘れないでおこうと思って。だから、白檀だけでつくった香りに『敬』と名付けました」
そして香りが4つになったとき、白檀と縁の深い茶道にちなんで「和敬清寂」から名前をとることにしたそうです。でも、なぜ「清」ではなく「静」を使っているのでしょうか。 「白檀の香りで心静かな時を過ごしてもらえたらという想いが強くあったので『静』にしました。私自身、タスクや家事に追われて一日があっという間に過ぎていた、ということがよくあります。そんな時に自分の気持ちをリスタートできる香りであればいいなと願いを込めました」 白檀といえば、まず思い浮かぶのはお香。けれど櫻井さんが選んだのは、お香ではなくオーガニックミストでした。 「お香は長い時間、香りを楽しむものですよね。でも友人から、子どもがいるとお香は使いにくいという話を聞いて。私自身も『その時だけ欲しい』に応えられる香りがあったらいいなと思っていたので、ミストに特化することにしました」 櫻井さんが目指しているのは、「あわく、はかない香り」。 「お椀の蓋を開けた時に、ふわっと立ち上がる。あのお出汁の香りをイメージしています」 長く香りが続くように作られているお香や香水とは真逆の発想。京料理をルーツにもつ櫻井さんならではです。 ミストタイプは気軽にいろいろな空間に香りを纏わせられるのが魅力ですが、どんな時に使うのがおすすめなのでしょうか。 「お風呂でシュッとすることですね。夕立の後に夏の匂いを感じると思うのですが、それは私たちの鼻が、湿度が高いほうが匂いを感じる構造をしているからなんです。だから湯気のある浴室で使うことをおすすめしています」 「あとは、香りのマリアージュも楽しんでもらいたいですね。好きな香りを組み合わせて空間にプッシュしてみてください」 コツは、香りが混ざるように同じ場所に同時に吹きかけること。どうぞやってみてください、とのお言葉に甘えて「静」と「寂」をシュッとひと吹き。なんだかクリスマスの時のオレンジと針葉樹のような香り! プッシュする回数でもまた変わってくるのだとか。主張しすぎない、すっと消える香りだからこそ、こうした楽しみ方もできるのですね。この楽しみを知ったら4本すべて揃えて、いろいろと試さずにはいられません。 繊細なByakuの香りは、調香もひときわ難しそう。でも櫻井さんは「そんなことないですよ」と軽やかに答えます。 「もう完全に、料理の感覚ですね。『この時期のお大根だったらこう食べたら美味しいよね』というのと同じです」 「同じ時期に同じ産地で取れるものは、どう料理しても美味しいんですよね。おなすとトマトなら、冷たい炊き合わせにしても、南仏料理のラタトゥイユにしてもいいし、ハンバーガーにスライストマトと焼き茄子が入っているのも美味しいじゃないですか」 話を聞いているだけでお腹が鳴ってしまいそうです。そんな料理の感覚から生まれるByakuのレシピの源は、櫻井さんのこれまでの人生で見てきたことや感じてきたこと。 「まずは仮のテーマを決めて、今までに見てきた景色を思い返しながら、頭の中にイメージを思い描いていきます。あとは、そこに咲いているであろう花や木を組み合わせていくんです」 たとえば、「和(なごみ)」の仮タイトルは「花」。白檀のある南太平洋の島でイランイランの花が咲いているのを見つけたことから、イランイランを組み合わせることを決めたそうです。 また、「寂(さび)」の仮タイトルは「森」。京都の素材を組み合わせた香りを作りたいという想いから、北山杉を入れることに。そこにどんな素材を合わせようかと考えていたときに浮かんだのは、櫻井さんらしい料理の記憶でした。 「夏場に考えていたのですが、『そういえば赤肉のメロンにジュニパーベリーをゴリゴリってして、塩とオリーブオイルをかけただけのメロンのサラダって美味しかったよね』というのを思い出して。それでジュニパーベリーに決めました」 香りのコンセプトや調香、そのすべてに料理人の着眼点が息づいているByaku。だからこそ、お互いの素材を引き立て合う調和のとれた香りに仕上がるのですね。「お椀をあけたときに立ち上がるお出汁の香り」というのも、よりいっそう、しっくりときました。 Byakuは、2025年の大阪・関西万博で関西パビリオン京都ゾーンに出展するなど、立ち上げからわずか5年で注目を集めるブランドへと成長を遂げています。しかしその道のりは決して平坦なものではありませんでした。 お香や香水と違って、ミストは使い方が直感的に伝わりづらいもの。商品名や説明文、パッケージデザインなど、お客様に響く形を模索する日々が続きました。 そうした中で櫻井さんが大切にしてきたのが、ユーザーの声に耳を傾けること。 「展示会や百貨店のポップアップでお客様と直接お話することで気づくことは多いですね。香りには情緒的な要素もありますので、対話は大事だなと思っています」 さらに印象的だったのが、スタッフとの関係性。展示会で話をしてくれるスタッフは、皆ただの雇用された関係ではなく、ユーザーなのだそうです。おすすめの使い方や香りの選び方も、実際に使っているから、自分の言葉で親身に説明してくれる。そんな心強い仲間に、櫻井さんはお礼として手料理を振る舞うのだといいます。 「親が与えてくれた唯一無二の手わざは、食べることを通じて人と仲良くなること。同じ釜の飯を食べた仲は強いですから。だから私が不得意なことは、美味しい手料理と交換条件で、友達にお願いするんです」 写真を見せていただきましたが、とっても美味しそう!こんなに素敵な料理がいただけるのなら、喜んでお手伝いしたくなります。でも、それだけではありません。ご友人が快くお手伝いを引き受けているのは、櫻井さんのお人柄に惹かれているからなのだと、今日の短い取材時間のなかでも強く感じました。 現在は催事とオンラインショップで販売しているByaku。コロナ禍に立ち上げたこともあって実店舗の優先順位は低かったと言いますが、今後は店舗を構えたいという想いもあるそうです。 「いつでも詳しい話が聞ける場所はないんですか、とお客様から聞かれることもありますし、スタッフと話をしながら香り選びを悩みたいというお声を聞くこともあるので、対話できる場のニーズはあるんだろうなと感じています」
また、最近は京都府立植物園と連携して、ワークショップなども行っています。 「白檀は日本では自生しませんが、京都府立植物園では白檀の栽培に成功していて、温室に樹齢30年程の木があります。赤い花も咲くんですよ。日本で白檀の花が咲くというのはとても貴重なことなんです」 この日、櫻井さんのご案内で植物園の温室も訪問。実際に見ると、自然の恵みをいただいているという実感がわいてきます。ですがこの白檀、植物園内ではあまり注目されていないのだとか。そこで白檀の魅力を発信できるようにと、新たな企画を考え中なのだそうです。
将来的には海外への進出も目指しているという櫻井さん。「海外の香水文化の中に、このあわくはかない香りをどう浸透させるかが課題」と話しますが、世界的に和食が注目を集める今、「京料理×香り」という世界観はきっと多くの人々の心を惹きつけるはず。今後の活躍から目が離せません。 最後に、櫻井さんにとって“香り”とは何かを伺いました。 「2つあるのですが、一つはタイムマシンなんだろうなと思っています。香りは、『これはあの時あの場所の香りと同じだな』と記憶を呼び起こしてくれます」 「もう一つが、表裏一体。香りは、幸せにもなれば不機嫌の元にもなります。同じ香りであっても、好きな人もいれば苦手な人もいて、これはずっと不思議だなと思っています」 そんな櫻井さんの香りの思い出は、「だし巻きとおくどさんでお米が炊ける匂い」。 「小さい頃、母は私をおんぶしながら料理をしていたので、直においしそうな香りが上がってくるんですよね」と、香りの記憶もやっぱり料理とつながっているのでした。 お話を伺っていると、Byakuは櫻井さんがこれまで歩んできた人生すべてが繋がって生まれた、まさに集大成なのだと感じました。これからByakuのやさしい香りが、たくさんの人の暮らしに寄り添い、それぞれの記憶と結びついていくーーそんな未来が楽しみです。 細やかな気遣いと柔らかい笑顔を絶やさない櫻井さん。長時間にわたる取材を快く受けていただき、ありがとうございました!
石川県金沢市の緑に囲まれた静かな住宅地に、カットガラス作家 廣島晴弥さんの工房があります。 一歩足を踏み入れると、窓から差し込む自然光を浴びて、棚やテーブルに並べられたカットグラスの一つひとつが、キラキラと輝きを放っています。 その繊細なカッティングは、時を忘れて見とれてしまうほどの美しさ。 今回は、廣島さんのものづくりに込められた想いと、カットガラスの奥深い世界についてお話を伺いました。 廣島さんがガラス製品に興味をもったのは、とあるラジオ番組がきっかけでした。 「バーを設定にした番組で、カウンターにバーテンダーがいて、グラスに入った氷がカランと鳴り、聞き耳をたてるお客がいる……。そんな世界に憧れたんです。 その番組の本をたまたま本屋でみつけて開いたら、カクテルグラスの写真が本当に綺麗で。そこからガラス製品に興味をもちました」 廣島さんが大切に持ち続けている本『Tokyo Moto-azabu Avanti cocktail book』 カクテルグラスから生まれた憧れを胸に、廣島さんはガラスの世界への一歩を踏み出します。 ガラス工芸で有名な北海道小樽の工房に問い合わせたところ、地元の石川や隣の富山にもガラス専門学校があると教えてもらい、富山の専門学校で学ぶことに。 学校では吹きガラスからカットガラスまで、さまざまなガラス技術を学んだそうです。 「吹きガラスは時間との戦い。熱したガラスはすぐに固まってしまうので、臨機応変に素早く作業する必要があるんです。まさに体育会系ですね。 一方、カットガラスはもっと計画的に、一つひとつの線と向き合いながら進められます。もし失敗しても、ある程度はやり直せる余地がある。 僕はどちらかというと正確に、自分のペースで納得いくまで作り込みたいタイプなので、カットガラスの方が性に合っていると感じました。入学当初から、カットガラスをやりたいという気持ちはブレなかったですね」 富山の専門学校では、チェコから来た先生に教わる機会もありました。
その先生が見せてくれた古い技術書が印象的だったそうです。 実際に技術書を見せていただくと、基本的なカットのパターンがABCと順に解説されています。 パターンの積み重ねや組み合わせにより、美しいデザインが生まれることが伝わってきました。 廣島さんのカットグラス製作は、驚くほど精密な設計図をもとに作られます。 見せていただいた図面には、グラスの円周が24等分され、そこに幾何学的な線がミリ単位でびっしりと描き込まれていました。 「例えば、ロックグラスにパターンを入れる場合、まずはグラスの高さと厚みを入念に確認します。
ロックグラスは底の部分に厚みがあるので、そこに深いカットを入れることで光が溜まり、キラキラと豊かな表情を見せてくれるんですよ」
デザインで意識していることを伺ってみました。 「デザインのパターンとして、江戸切子や薩摩切子に見られる伝統的なデザインは、着物などのように、連続する模様の美しさを追求しているものが多いのですね」 「一方、チェコなどのカットガラスは、シンプルで大胆なカットを部分的に入れることで、ガラスそのものの重厚感や透明度を際立たせています」 「私の場合は、それぞれの技法の歴史や美意識を尊重しながら、ガラス素材の持つ透明感や光の反射を引き出し、現代の生活空間に自然と溶け込むようなデザインを心がけています」 デザインの設計図が完成すると、いよいよガラスに命を吹き込む工程です。 まずは油性ペンで、ガラスに直接下書きを描いていきます。 一本一本慎重に。 この下書きが、正確なカットと輝きにつながるのです。 下書きが終わると、ガラスを加工する研磨ホイールが回転するグラインダーの前に座り、カット作業に入ります。 「まずは荒削りから。私たちは『あらずり』と呼んでいます。ガラスの厚みのある部分に、しっかりと深く切り込んでいくんです」 廣島さんが、ガラスをホイールに押し当てると、「シャーーーッ」という小気味よい音と共に、ガラスの表面が削られていきます。 その表情は真剣そのもの。 「削るときは、ぐっと押し当てるような感じで力を入れるんです。特に最初の荒削りは力が必要なんですよ。粗削りで深さを出した後は、工具を変えて細かく仕上げていきます」 人工ダイヤモンドが埋め込まれたホイールは、その形や大きさもさまざま。 表現したい線や模様に合わせて、使い分けるそうです。 「24等分の線に沿って削っていくとき、細い線は最初から一度で仕上げることもありますが、太いカットのときは間隔を空けてから徐々につなげていきます」 細い線や小さなカーブ、点などを削るための工具もあり、用途に応じて使い分けられています。 カットが終わると、次は2段階ある磨き工程です。 「基本的には、前日に下書きを全部描いておき、1日目でカットを終わらせます。2日目から磨きに入って、合計5日間で完成させるという流れですね。 磨きにはウレタン製のパッドを使います。使いやすいように、自分でカスタマイズしながら使っています」 磨いているとガラスが熱をもつので、水を度々つけるようにしながら、熱で割れないように細心の注意を払って作業しているそうです。 カットした部分を磨くと、曇りが取れて美しく輝くように(左のグラスが磨いた後)。 「工場で大量生産するときは『酸磨き』という薬品処理で磨くこともありますが、私の工房では一つひとつ、手で磨き上げます。 時間も手間もかかりますが、削った面に少しずつ光沢が出てきて、綺麗になっていく過程が好きなんです」 グラスに描かれた線を一本一本丁寧に磨き上げていくことで、美しい輝きが生み出されているのですね。 実は、ガラス製品といっても、素材によって特徴が大きく異なるそうです。 廣島さんに違いを教えていただきました。 「クリスタルガラスは、基本的に鉛が入っているので重量感があり、叩くと「キーン」という金属的な音がするんです。 日本では、「高い透明度」「重量感」「澄んだ音色(音の余韻)」がクリスタルガラスの条件になっています」 一方、私たちの生活に身近な、鉛を含まないソーダガラスは、軽くて傷つきにくく丈夫だそうです。 金属的な音はしませんが、衝撃や傷に強いので、普段使いのグラスや食器に向いているとのこと。 「クリスタルガラスは繊細なので、衝撃や温度変化にはあまり強くありません。 しかし、ガラスの中でも特に輝きが強く、カット面が美しく光を反射するため、高級食器や工芸品に多く使われています。 美しさを楽しみ、特別感を演出するのに最適なガラスですね」 ソーダガラスとクリスタルガラスの音の違い h collectionのカットグラスは、結婚祝いや退職祝い、特別な記念日など、人生の節目を彩るギフトとして選ばれることが多いそうです。 「自分ではなかなか買えないけれど、贈り物でいただくとすごく嬉しい」というお客様の声も聞かれるとか。 店内に並んでいるさまざまなカットグラスを見ながら、特に人気の商品をお聞きしました。 「結婚祝いや記念日のプレゼントとしては、キラキラと輝くクリスタルの商品が人気です。
特に、シャインとレイヤーの組み合わせが人気ですね」 シャイン レイヤー 「最近は引き出物でも、相手に合わせた組み合わせを希望されることが増えています。『この組み合わせを10セット』など、お客様のニーズに合わせて製作していますね」 また、ギフト以外に、日常使いや従来の用途以外にも使われているそうです。 例えば、足付きの「ラージステムグラス」は、ワイングラスとしてだけでなく、ホテルでウォーターグラスとして使われているとのこと。 ラージステムグラス「セレモニー」 「最近はお酒をあまり飲まない方も多く、ヨーグルトやパフェなど、デザートグラスとしても使われていますね ステムグラスは、持ち手部分が短く倒れにくいので、より日常的に使いやすくなっています。 富山の専門学校を卒業した後、地元の石川にある工房で14年間働き、その後独立されたという廣島さん。
独立を決断したきっかけは何だったのでしょうか。 「地元に戻ってガラス工房で働きながら、2年目くらいから自分の制作活動もしていたんです。でも両方やるとなると休みなしの生活で。 30代前半になってそろそろどちらかに集中しようと考えるようになり、結婚のタイミングも重なって、思い切って独立することにしました」 独立後の歩みは、順調だったのでしょうか。 「最初の1年は本当に大変でした。前職の工房で流れを見ていたので、ある程度の見通しは立てられましたが、仕事の注文を取るところが大変でしたね。 はじめは、知り合いが引き出物などを注文してくれたり、口コミで少しずつ注文が入るようになったりといった感じでした。 展示会にも出ながら、独立から1〜2年経ったあたりで、ようやく『やっていけるかも』と思えるようになりました」 2017年の独立後、2019年に直営店を立ち上げた廣島さんは、「職人」として定番のカットグラスを作りつつ、「作家」としての活動も続けています。
吹きガラスの作家と図面で細かくやり取りを重ね、互いの技術と感性をぶつけ合いながら、2年に一度、作品発表会を開催しているそうです。 「お客様が何年後かに注文しても、同じものが買えるという状態を作りたかったんです」 定番の商品を作り続ける理由を伺うと、カットグラスを手に取ってみつめながら廣島さんが話してくれました。 「気に入ったものって、長い間使っていると、どうしても壊れてしまうじゃないですか。特に好きなものだと、同じものが欲しいな、と私も思ってしまうんですよね。 『あのグラスがまた欲しい』とお客様が思ったときに、いつでもお届けできるのが一番だと思っているので、定番のデザインを注文販売で作り続けています」 私たち日本いいもの屋の考えも廣島さんと同じ、いいものは永く使い続けたい。これまでご紹介した商品は基本的にはずっとご紹介続けています。 「手にしていただいた方に、ほっと一日の疲れをいやしたいときや、特別な瞬間に寄り添える器として使っていただけると嬉しいですね」 h collectionのカットグラスは、これからも使う人の日常に寄り添い、長く愛され続けていくのでしょうね。 作家でありながら、職人的な面も持つ廣島さん。 貴重なお話をありがとうございました。
左はお店の商品セレクトも担当する奥様、右は廣島さん
古くからやきものづくりが盛んな佐賀県。有田焼や唐津焼、伊万里焼など日本有数のやきものの産地であり、日本の磁器発祥の地でもあります。自然豊かで窯業を営むための豊富な資源に恵まれたかつての「肥前国」では、各産地が互いに切磋琢磨しながら独自のやきもの文化が育まれてきました。 そんな「肥前のやきもの」の魅力をもっと気軽に楽しんでもらおうと、やきものの産地である佐賀県の5市町(唐津市、伊万里市、武雄市、嬉野市、有田町)の窯元と佐賀県が協力して立ち上げたのが、カジュアルブランド「HIZEN5(ヒゼンファイブ)」です。 地域のプロデューサーたちと各地の八つの窯元たち(2025年5月時点)が手を組みながら、「若者の感性とやきものの伝統技術を掛け合わせた商品をつくり、やきものを身近に楽しむ新しいライフスタイルを提案」しています。 今回は、HIZEN5が立ち上がった背景や今後の展望、さらに、現在「日本いいもの屋」で取り扱っているガラスペンを作る3窯元を取材しました。 まず訪れたのは、日本磁器発祥の地である佐賀県有田町。 今回の取材の案内人である楠本将真さんは、HIZEN5の有田プロデューサーとして、HIZEN5の商品をつくる窯元同士のパイプ役を担っています。楠本さん自身は、有田町の「楠 - kusunoki- 」というやきものアクセサリーショップの店主です。 「HIZEN5は、やきものを若者たちに違う角度からアピールしようという県の事業としてスタートしました。各市町にプロデューサーを立てて、プロデューサーがそのまちの窯元に声をかけながらみんなで何か作っていこうというのが始まりです。」 その第一弾としての取り組みが、やきものアクセサリーを作ること。2018年ごろの話です。「うちがたまたま、やきものを使ったアクセサリーを作っていたので、有田(のプロデューサー)を担当することになりました。有田の窯元は比較的保守的な一面があり、自分みたいな、しがらみのないアクセサリー屋が間に入ることで話しやすくなることもあるようです」。 そもそも、佐賀県は唐津焼・伊万里焼・武雄焼・肥前吉田焼(嬉野市)・有田焼と五つのやきものの産地がありますが、以前は同じ有田焼の産地内でも、窯元の横のつながりはほとんどなかったそう。「『同業者には情報を出さない』という感じで、昔は工場見学もできないような雰囲気でした」と楠本さん。 しかし2016年に有田焼が創業400年を迎えるにあたって、行政も一緒になって“400年事業”が大々的に実施されたことにより、関係者たちに新たなつながりが生まれたといいます。世代交代をして新しいデザインや取り組みに積極的な窯元さんが集まったグループともつながりがあった楠本さんは、そんな人脈を生かしてHIZEN5に協力してくれる窯元さんたちを集めました。 始まりはアクセサリーの商品だったということですが、現在はガラスペンに力を入れているHIZEN5。コロナ禍の“ガラスペンブーム”が追い風になったと言います。 HIZEN5のガラスペンは、ペン先が共通のガラスで、持ち手の部分はやきものでできています。粘土から手で形作るものもあれば、型を使ってつくるものもあり、製法やデザインはそれぞれの産地、窯元の特徴が出ています。 これまでは、同じ産地でも窯元同士が「同じ製品を作っていこうなんて、まずありえないこと」だったそうで、ましてや産地を越えてこのように一緒にガラスペンをつくるという事は、かなり革新的な取り組みだったようです。 楠本さんは現在、各窯元から上がってくる商品の在庫管理も担っています。窯元によって納品のペースが全然違うようで「一番大変なのは商品が上がってこないことですね(笑)」とのこと。 というのも、現在は県の予算を活用して開発費や運営費をまかなっている状態。佐賀県の窯業が全体的に下火になっている中、HIZEN5に参加している窯元は普段の仕事に柱が通っているからこそ参加できているため、自社を立たせていくためにも、その柱の業務を優先させるのは当然のことです。そうなるとHIZEN5に時間を割くのが後回しになってしまうという難しさがあります。 「どこかが『HIZEN5で自立できて生活できるので私が背負います!』ってなれば問題ないですが、そこまではまだいけていません。あと一歩いければいいのでしょうが…。」 一方で、窯元さんたちはそれでもHIZEN5の取り組みには前向きで、良い刺激にもなっているようです。そこら辺の詳しい話はこれから、窯元さんたちの生の声を聞いてみましょう。 まず初めにやってきたのは、有田焼の「文翔窯」さん。 取材に応じてくれたのは、代表取締役の森田文一郎さん。日本いいもの屋で取り扱っている「アリタペン」をデザインし、作っています。 まずギャラリーに入った第一印象が、陶器でできた雑貨たちのかわいさ。四方いっぱいに並んでいて、見ているだけで心が和みます。 文翔窯は、曽祖父と一緒にやきものをやっていた森田さんの父親が、食器以外のやきものを専門にするために独立したのが始まりだそう。初めは電気のスイッチのカバーや、コンセントカバーをメインに作り、徐々にいろんなアイテムが増えていきました。 素人が見ると純粋に可愛いアイテムたちですが、実はとても高度な技術を必要とする文翔窯の商品たち。 通常のやきものは、焼きあがれば完成ですが、それに対して、文翔窯の商品はパーツにぴったり合って初めて完成します。逆に言えば、パーツに合わなければ全てやり直しです。 特にやきものは焼く過程で小さくなりますが、その収縮率も高さと幅で違ったり、土の硬さによって違ったりと、コンディションによって変わるため、型から作り直すなんてことは頻繁にあるそうです。そんな中でもミリ単位で寸法を気にしなければならない文翔窯の仕事に、一緒にいた楠本さんも「とにかく細かいです。ガラスペンの依頼も絶対ここしかないと思いました」と信頼を寄せていました。 「アリタペン」はシンプルながら洗練されたデザインで、釉薬の美しさとぷっくりとしたフォルム、繊細なディテールが特長です。 森田さんにデザインのポイントを聞いてみると、「一番は手に持ったときにしっかり馴染むようなフォルム」とのこと。また、ペンの長さと、持ち手の部分に縦に入っている「彫り」が「どうしたら一番きれいに見えるか」にもこだわったそう。この形に辿り着くまで、森田さんは木の棒を何本も手に握りながら「どれが一番きれいでかっこいいか」と形の研究を重ねたそうです。 細長いものはどうしても焼いたときに曲がりやすくて難しいそうですが、「長さはちょっと無理して長めに頑張って作った」とのこと。そう聞くと、シンプルなデザインでも職人技がつまっている「アリタペン」の魅力がますます感じられます。 作業場も案内していただき、「アリタペン」ができるまでの過程も、実際の型を使いながら説明を聞くことができました。詳細は、ぜひ動画をご覧ください。 もともと文房具を作っていて技術力も高い文翔窯ですが、HIZEN5の活動にあたり「せっかくだったら他の窯からも『よう作ったね』って言われるぐらいのものは作りたいと思った」と語る森田さん。HIZEN5の活動は売り上げだけでなく、互いに刺激を与え合い、新たな挑戦を生むきっかけにつながっていることがわかりました。 さて、次に向かったのは肥前吉田焼の産地であり、嬉野温泉や嬉野茶が有名な佐賀県嬉野市にある「副千(そえせん)製陶所」。肥前吉田焼の代名詞ともいえる水玉模様の器を作っています。 取材は代表取締役社長の副島謙一さんが応じてくれました。副千製陶所は1947年に創業し、副島さんで3代目です。水玉模様の器に加え、“ふくろもの”と呼ばれる土瓶類を得意としています。 水玉模様は、呉須(ごす)と呼ばれる藍色に発色する顔料を混ぜた化粧土に、回転するドリルのような道具を使って「掻き落とし」という技法で丸を彫っていきます。そのため、水玉の部分は少しくぼんでいるのが特徴。この「掻き落とし」という技法で水玉模様を彫っているのは、現在副千製陶所だけのようです。 そもそもこの水玉模様は、戦後の物資や人手不足の時代に、隣町の長崎県波佐見町の窯業技術センターの職員が考案した方法だったそう。一時はいろんな場所で作られていたそうですが「他の売れる商品を作るためにみんなが(水玉を)やめていく中で、うちが最後までやめなかった」と副島さん。 レトロとモダンが共存する象徴的な「掻き落とし」による水玉模様。意匠登録を勧める声もあるそうですが、「(この方法は)窯業界の財産」とした上で、「やろうと思えば(他のところも)やれるけどマンパワーがいるし、めんどくさいから絶対みんなやりたくない」と話す副島さんからは、自社の技術や商品に対する誇りが見えました。 「日本いいもの屋」の「ウレシノペン」は副島さんが1人で「掻き落とし」を担っています。実際にその場面も見せていただきました(動画参照)。 印もついていない中、迷いなく水玉の位置を定めてスイスイと彫っていく技術はまさに職人技。お茶碗なら全体を8等分、土瓶なら7列目が半分にくるように…などと、正確な配置で水玉を打つ必要がありますが、その感覚はもう手に刻まれているそうです。
さらに、水玉の美しさは削る深さに左右されるため、その加減は職人にしかわかりません。 特にガラスペンは細くて小さいためとても繊細。削る時の振動に負けて折れることは日常茶飯事だそうで、10本中半分折れることもあると聞いて驚きました。 そんな「特殊案件」のHIZEN5ですが、活動についてはどう思っているんでしょうか。 副島さんは「いいことだと思います」と話し、「色々挑戦させてもらうことで自分たちの技術的なレベルアップにもなる」と答えました。実際、HIZEN5や400年事業の時にできた横のつながりが刺激になっているようで、今では他の窯元と飲み仲間としてお互いの技術や悩みなどについて語り合うこともよくあるそうです。 最後に訪れたのは、車で40分ほど離れた場所にある佐賀県伊万里市の「畑萬陶苑(はたまんとうえん)」。山水画のような景色が広がる大川内山の麓に、窯元が軒を連ねています。 ここのエリアは、江戸時代から明治初期にかけて鍋島藩の御用窯として徳川家への献上品を焼いていた、通称「秘窯の里」。門外不出だった日本最高峰の「鍋島焼」の伝統を受け継いでいます。かつての関所の跡も残っていて、不思議な空間に迷い込んだような感覚になる場所です。 畑萬陶苑は1926年に創設され、来年で100周年を迎える老舗。5代目の専務取締役、畑石博朗さんが社内を案内してくれました。 畑萬陶苑が手がける「イマリペン」は、「鍋島様式」と呼ばれる上品で巧妙なデザインが特徴で、特にその洗練された緻密な絵付けが一際目を引きます。 形状自体は先ほどの「ウレシノペン」と同じで、嬉野プロデューサーの辻諭さん(224ポーセリン)がデザインした型を使用しています。 特徴の絵付けは、全て職人さん達による手描き。すでに素焼きをした生地にコバルトブルーに発色する呉須で「線描き」をし、一度1300度ほどの高温で焼いたのち、赤や黄で色をつける「上絵付け」を経てもう一度焼き上げます。多くの陶磁器は、素焼きと本焼成の2回焼きますが、色によって熱の耐性が変わるため、上絵付けがある鍋島焼きでは3回焼くのが特徴です。 実際に「線描き」と「上絵付け」の作業の様子を見学させていただきました。職人さんたちは、それぞれ目の前の仕事に黙々と集中していて、室内はラジオの音だけが響くシンとした空気です。 こちらは「線描き」された「イマリペン」。一般的な器に対して細くて小さいため、細密さが際立ちます。一定の太さで線が描かれており、職人の技術の高さに驚かされます。 完成品は鮮やかな赤や金、深みのある藍色が目を引く「金彩赤濃唐花文」の柄ですが、実際「赤」だけでも絵付けの段階では何十種類と色があり、職人さんはその色を使い分けて赤絵付けしているとのことでした。 ギャラリーも案内していただきました。 ギャラリーには、江戸時代から続く鍋島焼の歴史と伝統、技術を感じさせる商品がずらり。さすが、献上品として作られていた格式の高さが随所に表れています。 そんな中、ガラスペンを作り始めたことにより、今までに無かった「文房具を入り口にした人」が「伊万里焼」や陶器につながる手応えを感じているという畑石さん。「伊万里焼や窯元さん達の発展につながる面白い取り組みで、普及していきたい」と話します。HIZEN5の活動について「これからどんどんまた新しいことをみなさんとやっていけたら」と、とても前向きですが、伝統の重みがある中で、新しいことに取り組む難しさはなかったのでしょうか。 実は、畑石さんの父である現会長は「これまでコテっとしたものを作っていたのに対して、ここ最近は伝統を守りつつ新しいものを作っていこう」と舵を切ってきたとのこと。最近は器だけでなく、香水瓶などモダンな商品にも取り組んでいるそうです。「鍋島の技術を活かしつつ新しいものを」という父の考えを受け継ぎ、「ブラッシュアップ・グレードアップした新しいものがまた歴史になっていく」という心構えを大切にしているそうです。 実際、お父様はかなり研究熱心で、フランス語で「革」を意味するキュイールという革のような質感の磁器を5年かけて開発。現在はお父様だけが作れるシリーズだそうです。 「伝統を守りつつ、新しいものがまた歴史になる」。まさに、その通りだと思いました。 3窯元の取材を終えて印象的だったのは、みなさんそれぞれ個性的でパワフルだということ。“やきもの”といっても技術や特徴が全く異なり、それぞれの魅力が輝いていました。また、共通して見えたのが、伝統を受け継ぎながらも新しいことに挑戦する前向きな姿勢。今までのものをどう現代にアップデートしていくかという視点が、今につながっているのだと感じます。このような産地を越えたコラボレーションが、今後どんな化学反応を起こしていくのか。これからの展開が楽しみです。 現在は県の予算も活用しながら活動しているHIZEN5ですが、1番の課題はどう自走化させていくか。海外にも目を向け、新たな市場を開拓しながら挑戦を続けようとするHIZEN5から目が離せません。 五つの地域がそれぞれ切磋琢磨しながら独自のやきものを発展させていく姿は、まさにかつての肥前国から受け継がれたDNAなのだと感じることのできる取材でした。 みなさま、お忙しい中あたたかく取材に対応してくださりありがとうございました!
神戸市長田区は、古くからものづくりの街として地場産業が根付く地域。住宅と町工場が共存する昔ながらの雰囲気がただよいます。 今回お邪魔させていただいた株式会社富士高圧プロダクツさんも、住宅街のいっかくに本社を構えます。1948年に創業して以来、長田で75年以上も靴のアウトソールやインソールを作り続けてきました。 そんな富士高圧プロダクツさんが、ゴム製造の技術をサンダルなどにも展開しようと、2019年に立ち上げたのが「buntA」です。 buntAの最初の製品は、ビーチサンダル「waraji sandal」。その素材は、もともと医療用インソール用に開発したゴム素材でした。 だから「waraji sandal」を履くと、自然と5本の足指をしっかりと使う「正しい歩行」に導かれるそうです。その足裏が包み込まれる履きごこちと、足の指で地面を踏みしめられるような安定感から、高齢の方にも愛用者が多いのだそう! waraji sandalは、機能性とデザインが評価され、2024年度グッドデザイン賞にも選ばれました。今では全国の百貨店から、ポップアップ(期間限定の出店)依頼もぞくぞくときています。 そこで今回は広報担当の佐篠さんに、「インソールの素材を作っていた富士高圧プロダクツさんが、サンダルを開発することになったわけ」や、「どうしてwaraji sandalだと、5本指を使って歩けるのか」など、いろんな疑問にお答えいただきました。 さらに、ゴムの原料からサンダルができあがるまでの貴重な製造工程も、職人さんの解説とあわせてお届けします! 75年以上前に、ゴム靴の生産からスタートした富士高圧プロダクツさん。靴のアウトソールやインソールの素材を作る会社として歩んできました。 なぜ、サンダルの開発をすることになったのでしょうか? 「従来の医療用インソールはとても硬くて、せっかく作っても履いてくれない患者さんが多かったそうです。そこで、長年インソールを作ってきた私たちの技術を、どうにか生かせないだろうかと考えたのが始まりでした」 そこで、試行錯誤を重ねて開発したのが「マシュマロ」という最高級ラバー。 一般的なインソールは、足裏の負担を軽減するために、衝撃を吸収する役割を担います。 ところが、マシュマロを使った医療用インソールは、衝撃の吸収と反発の連続運動である「歩行」までも助けることができるのです。 その理由は、マシュマロが、低反発と高反発、反対の特性をどちらも持っているからだそう! このマシュマロを使った医療用のオーダーメイドインソール「mysole®」は、6,000人以上の疼痛などに悩む方々の歩行をサポートしてきました。 さらに、マシュマロを医療用インソールだけでなく、一般の人にも履いてもらえる製品にもしようと考案されたのが、waraji sandalでした。 「足指を使う歩き方をサポートする靴はどんなものかなと考えたとき、ヒントになったのは日本の“草鞋(わらじ)”だったようです。鼻緒を意識するため、足指を使用して歩くというのが、昔から実現されていた履物なんですよね」 だから、一見デザイン性に特化されているように見えるwaraji sandalですが、歩き方の改善ができ、長時間歩いても疲れにくい高機能なサンダルなんです。 そのため外反母趾に悩んでいる方や50〜60代の愛用者も多いようで…購入された方の最高年齢もお聞きしたところ、なんと、96歳だそうです!
佐篠さんも3年前からwaraji sandalを愛用しています。 「waraji sandalを履いていると、だんだんサンダルが自分の足の指の形に削れてくるんですよ。それくらい5本の指を使う歩き方になっているのだと思います」 でも、ビーチサンダルは滑りやすいイメージがありますが、大丈夫なのでしょうか? 「waraji sandalのアウトソールは、国産のガラスビーズやセラミックを配合した“スノーレイン”という素材を使っています。だから名前の通り、雪や雨の日も滑りにくい。ぬれた路面でも安心して履けるんです」 さすがはアウトソールも長年開発されてきただけはありますね。機能面だけでなく安全性もしっかり追求されています。 足指を使った健康的な歩行ができて、長時間疲れない。さらには雨の日も滑らず安全と、良いことづくめのサンダル…その製造過程も気になります。 そこで製造現場にもお邪魔して、原料からサンダルができあがるまでの工程を見せていただきました。 製造現場の職人さんたちは、製造工程を「パン作り」に例えながら、わかりやすく教えてくださいました。まずは材料を混ぜるところからスタート。パン作りでも材料を捏ねるところから始まりますね。 こちらがラバーの原料です。 ラバーは基本的にEVA樹脂と合成ゴムという2つの原料を練り合わせて作られます。 原料はそれぞれ数十種類もあり、組み合わせや分量は製品ごとに違うのだそうです。ちなみに富士高圧プロダクツさんでは、品質のブレが少ない国産品だけを使用しています。 続いてニーダーという大きな機械が登場。 “ゴー”という轟音とともに、ニーダーで熱と圧力をかけながら混ぜ合わせていきます。 不純物が混ざると製品が安定しないため、機械に飛び散った原料の粉まで丁寧に払っている、職人さんの姿が印象的でした。 原料が均一に混ざるよう、ニーダーの温度を120℃くらいまで上げていきます。 その日の温度や湿度によって微妙に変えなければならないニーダーの温度調整も、しっかり混ざったかも、職人さんが目視チェック。 職人さんのOKがでたら、次の工程へ移動です。 続いて、先ほど混ぜたゴムをローラーで伸ばしながら、「発泡剤」という膨らませ粉を加えていきます。 発泡剤を加えることでゴムの中に気泡ができ、独特の柔らかい触感が生まれるのだそう。パン作りでいうと、イースト(酵母)を入れる行程ですね。イーストも発泡剤も、焼いたときに生地を膨らませる役割を持ちます。 最初はローラーの摩擦でゴムが熱くなりすぎないよう、空気に触れさせて適度に冷まします。 これはカッターでゴムを切りながら、全体を冷ましているところです。 適温になったところで発泡剤を投入。もちろん製品ごとに発泡剤の分量も違います。ここでも均一に混ざったかは職人さんが目視で確認します。 次に、ちょうどよい大きさにカットする工程に入ります。カットするのはこちらのロール機。 製品によってゴムの厚みを変える必要があるので、ロールとロールの間隔は職人さんが手で調整します。 ロール機から出てきたシートは薄いので、一枚一枚丁寧に、職人さん2人がかりで受け取っていきます。 それでも、最初にロール機に送る1〜2枚目は、どうしてもしわになったり破れたりしてしまうのだそう。ただし破れても廃棄するのではなく、最初の練り合わせの工程に戻して再利用しているそうです。 続いて、いよいよ「焼き」の工程に進みます。 加熱によって発泡剤からガスが発生し、ゴムに気泡ができることで、柔らかい触感が生まれます。パンも焼くことでなかの空気が膨らみ、ふわふわの触感が生まれますよね。それと同じなのだとか。 焼くのはこちらの巨大な油圧プレス機。 このプレス機の一段一段に、先ほどカットした薄いシートを何枚か重ねて投入し、加熱していきます。 こちらが焼く前のシートの状態。 プレス機で加熱するとき、機械の中の温度は160℃前後まで上昇。プレス機周辺にまで熱気が立ちこめます。 「プレス機の近くは、夏場50℃近くになりますよ〜」とおっしゃる職人さん。 そんなプレス機の前で、気温や湿度によって焼く時間を調整したり、焼き上がると17キロくらいになる生地を運んだりしているそう! 焼きあがると、プレス機の中で膨らんでいた生地が外に飛び出します。「パンッ」という音と同時にラバーが飛び出す瞬間は迫力満点。 先ほどまで薄いシート上だった素材が熱によって膨らみ何倍もの厚みになって出てきました! 空気の層をたくさん含み、重みも増したラバーを職人さんふたりがかりで運びます。 気温や湿度、生地の柔らかさを見ながら焼時間を調整する繊細な技術と、熱い空間で重いものを運ぶ体力、両方なければつとまらないお仕事だと感じました。 こちらが焼いた後のゴムの状態です。 焼く前のシートとの厚みの違いに驚きました。加熱してできるゴムの中の気泡が、サンダルのふわふわ触感の秘密なのですね! 大型の油圧プレス機の隣に、ちょこんと佇んでいた小さなプレス機。生地の焼き時間を変えるときには、この小型プレス機を使い少量の生地でテストをするそうです。 新製品の開発も、小型プレス機で行っているのだとか。buntA製品の開発を始めたばかりの頃は、1つの製品に3年くらいかけて、何度も何度も原料や焼時間の調整をしたのだそうです。 聞いているだけでも気が遠くなるような作業です。でも熱心に、そして楽しそうにお話される職人さんの様子から、ものづくりが本当にお好きなことが伝わってきました。 開発は大変そうですが、職人さんの表情からは新しいものを生み出す楽しさの方が全然大きいんだろうなと感じます。 今は、「屋内でも土の上で素足で遊べるような環境を作れないか」という社長さんのアイデアから、土を練り込んだラバーや、建設会社さんの要望で、建築用に燃えにくい壁材などの開発にも取り組んでおられるそうです。 今後のラバー開発にも注目ですね! 焼きあがったゴムが冷めたら、製品ごとに指定された厚みにスライスします。スライスに使うのは、ロール状の刃が高速回転するこちらの機械。 スライスする前には、製品ごとに指定された厚みを機械に登録する必要があります。 ところが素材や気温、湿度によってゴムの硬さが変わるので、なかなか登録した厚み通りには仕上がりません。 そのためゴムの硬さをみながら、職人さんが機械を0.1ミリ単位で設定を微調整しているのだとか! 「この技術を習得するのに6年くらいかかりました」とおっしゃるのは、スライスを担当しているこの道8年目の職人さん。 スライスされたゴムの厚みも、1枚ずつチェック。多い時には1日数百枚ものゴムをスライスするそうです。 スライスされたゴムを専用の機械でサンダルの形へカットします。完成に近づいてきましたね。 もちろん製品によって、切り出しの手順や型が違います。鼻緒や組紐の穴を完全に貫通させるか一部を残すかといった細かい設計によって、裁断する機械も変わるのだそうです。 続く鼻緒の取り付け作業はすべて手作業。ゴムに傷がつかないように細心の注意を払いながら、一つ一つ丁寧に装着していきます。 サンダルごとに何種類も鼻緒があります。 この作業は職人さんだけでなく、店舗スタッフの方からアルバイトの方まで全員がマスターしているそうです。会社全員で製品を作り上げていこうという熱意が垣間見えました。 ちなみにwaraji sandalの鼻緒は、ミシンで手縫いした組紐を利用しています。組紐に芯材を入れてサンダルに縫い付ける工程は、できる職人さんが1人しかいないほど技術力が必要な作業。鼻緒の長さを1ミリ単位で調整しながら縫い付けるそうです。 この組紐は、かかとに引っ掛けて足をホールドする方法と、甲に乗せてぞうりのように足を入れる方法の2パターンで履くことができます。鼻緒が気になる人には、このように甲に載せて履くのがおすすめだそうです。 製造現場で一番驚いたのは、各工程に機械が対応しきれないほど繊細な調整があること、それを職人さんがカバーをされていることです。 足が守られるような「buntA」のサンダルの履き心地は、職人さんの熟練の技と細やかで丁寧な心遣いによって作られていることがわかりました。 実はラバーの種類は、waraji sandalに使用されている「マシュマロ」だけではありません。 「マシュマロ」のほかにも、マシュマロの普及版である「モチーズ」、軽くて水に強くキラキラの断面が特徴的な「カステラ」、最も柔らかい肌触りが魅力の「クリーム」の合計4種類を展開しています。 それぞれの特徴を生かしたサンダル、フィットネスやレジャーに使えるマット、ラバーバックなどを開発しています。 その中でも特に目を引かれたのが、「b–pac」です。夜の空に星が瞬くような素敵なデザインですよね。 「このb-pacは、ゴムで製品を作ったときに出た端材を細かく砕いて練り込んで作っています。他に端材を利用した製品としては、子どもがぶつかったり舐めたりしても安心なラバーのブロック(bRock)もあるんです」と、北篠さん。 今後は、子ども用のサンダルにも注力していく予定だそうです。 ちなみに、製品の耐久性にもかなり力を入れていて、佐篠さんが3年以上愛用するwaraji sandalもまだまだ履ける状態なのだとか。もし壊れても、修理をしてもらえるのはうれしいですね。 少しでも長く使ってもらう。少しでも廃棄を減らして資源を最大限活用する。そのような姿勢こそが、buntAの魅力的な製品開発に繋がっていると感じました。 そんなbuntAですが、2024年1月に「buntaro®」から「buntA」にブランド名を変更しています。 北篠さんによると、「もともと創業者の名前である“文太郎”をブランド名にしていましたが、海外展開を見据えて、外国人にも親しみやすく発音しやすい“buntA”へと名称を変えた」のだそうです。 少人数での運営のため、宣伝まであまり手が回っていない点が課題といいますが、いまでも、ギフトショーや百貨店の期間限定出店などに引っ張りだこです。 とにかく製造現場のデジタル化、自動化が叫ばれている現在。ですが富士高圧プロダクツさんの製造現場では、人の手が入ることで、より繊細なものづくりが実現されています。 富士高圧プロダクツの職人さんだからこそ作れるラバー製品の魅力は、日本にとどまらず世界に広まっていくと思います。 佐篠さんはじめ、製造現場の職人のみなさん、スタッフのみなさん、長時間にわたり取材にご協力いただきありがとうございました。
国内随一のベレー帽の生産力を誇る帽子メーカーです。
国内で唯一、帽子製造の全工程を自社で一貫して行っています。
環境に配慮した素材や染色方法による、サステナブルな帽子づくり。
四季折々に合わせた豊富な素材とカラーバリエーションが特徴で、
ベレー帽の可能性を広げる自由な発想のデザインが、おしゃれを楽しくしてくれます。
ベレー帽作りのこだわり
戦後の混乱期に、「良いものを、もっと多くの人へ」という想いを形にしようとした姿勢が、帽子作りの原点だったのですね。
しかし時代の流れとともに、円高の影響によって輸出が減少するなど、事業環境は大きく変化していきます。
現在、国内でこのような体制を維持している工場はごくわずかで、その存在自体がとても貴重なものとなっています。
何かうまくいかないことがあったとき、その場ですぐに確認して手を加えられる。
そのスピードと細やかさが、品質を守る大きな力になっています。
染色や仕上げの工程でも、素材や状態に応じて細かな変更が加えられます。
分業体制では難しい、きめ細やかな対応ができるのが、一貫生産の大きな強みです。
ブランドごとに求められる形や風合いが異なるため、それぞれに合わせて工程や素材の選び方も丁寧に変えていきます。
ベースが同じ製品であっても、最終的な仕上がりは細やかな調整の積み重ねによって大きく変わるそう。
帽子一つひとつに真摯に向き合っていくことが、そのまま「製品の品質」として手にする人へ届いていくのです。
生地と芯材を、熱と圧力によって貼り付けていきます。
2時間ほど時間をかけて回転させながらじっくりと洗浄するのですが、水量や水の動きが仕上がりに影響するので、
その都度微調整を行います。
見た目も触感も、驚くほどに変わっていました。
現在多くのベレー帽ではこの工程は省かれているようです。
それでも、Beret is flamingoではこうしてフェルト加工の工程や染めや揉みの工程でも丁寧に手間をかけることで、
ベレー帽のコシやハリを生み出し風合いを調整します。
ウールの素材を生かした、本来のしなやかさが引き出されるとても大切な工程です。
風通しの良い屋外で自然乾燥をさせた後、
乾いた帽子を金型にセットして160℃ほどの電気乾燥機で乾燥させながら形をしっかりと定着させます。
効率を重視する考え方からすると非効率なのかもしれません。
ポリエステルを使えばいいし、機械にもっと任せればいいと思う方もいるかもしれません。
少しの差かもしれませんがその積み重ねが何年何十年経つにつれて他との大きな違いにつながってくるはずです。
その名の通り、メリノウール100%の糸を使用して作られています。
保温性の高さはもちろん、湿度を調節する性質も備えており、季節を問わず快適な被り心地を保ってくれます。
さらに吸湿性・防臭性にも優れ、汗をかいてもベタつきにくく蒸れにくいのも、メリノウールならではの強み。
縫い目をひとつずつ手作業で合わせるリンキング、地元熊本・阿蘇山系の地下水を使った染色、そして職人によるバリカン仕上げ。
それぞれの工程に確かな理由があり、手間を惜しまないことが、そのまま品質へとつながっているのですね。
それはきっと、形や素材の良さだけではなく、職人さんたちが積み重ねてきた技術が、
見えないところでちゃんと伝わってきているからかもしれません。
Sola cube
“植物の美しいかたち”をコンセプトに、
植物の一番美しい瞬間をとらえて、
透明のアクリルキューブに閉じ込めました。
Sola cubeの「sola」は、宇宙を意味する
「宙(そら)」から名付けられています。
一龍木工

木工のまち・福岡県大川市で1965年に創業し、 三代にわたり暮らしに寄り添う家具づくりを続けている一龍木工有限会社。家具製作のほか、ワークショップを通じた木工文化の普及にも取り組んでいます。2025年には新たな家具ブランド「Bito」をスタート。自然環境に配慮したものづくりを行いながら、従来の家具の枠にとらわれない、新しいかたちを提案しています。
一龍木工の商品一覧
大岸正商店

国内塗箸生産シェアの約8割を誇る福井県小浜市で、1969年より3代に渡って箸屋を営む大岸正商店。400年の歴史を持つ伝統の若狭塗箸をはじめ、普段使いにぴったりな食洗機対応の箸、大切な方へ贈るギフトセットなど、人々の食卓が豊かになるような箸づくりに取り組んでいます。
大岸正商店の商品一覧
上州絹屋

群馬県で育まれた上質で希少な絹のみを使用した製品づくりを行うシルクブランド。絹を作るための養蚕から加工まで、すべてを国内で製造しています。薬剤を使用せず、天然素材の力を最大限に引き出した、安心安全のシルク製品をお届けしています。
上州絹屋の商品一覧
4th-market vol.2
Byaku

Byaku(ビャク)は、京都発の基礎化粧品ブランドです。
世界的にも希少な香木・白檀(サンダルウッド)の華やかな香りを日常に取り入れる、100%天然由来の製品を提供しています。
自然との調和を大切にし、エシカルでサステナブルな素材選びにこだわり、京都の香りと自然の豊かさを感じられる製品づくりを目指しています。
Byaku 取材記

京都らしさを追い求めてたどり着いた、白檀




寄り添う木によって香りが変わる不思議な木





京料理から生まれた「あわく、はかない」香り





人と人とのつながり


いつでも話せる実店舗を京都に。そして世界へ。



Byakuの商品
h collection

「h collection」は、カットガラス作家 廣島晴弥氏が手掛けるガラスプロダクトブランドです。金沢の工房で、一つひとつ手作業によって生み出されるカットガラスは、使う人の大切な瞬間や日常に寄り添います。
輝きを生み出す匠の技
カットグラス「h collection」

カットガラス製品との出会い。専門学校からプロの職人へ


【光をデザインする 】h collectionの設計哲学



【一筋の線に命を吹き込む 】カッティングと磨きの技





磨きの工程が、実は最も時間がかかるとのこと。



クリスタルガラスとソーダガラスの違いと魅力


人生を彩るギフトに




アイスコーヒーやハイボール、炭酸水など、さまざまな飲み物に使えますよ」
独立と挑戦の道のり。「職人と作家」として歩む



「気に入ったグラスを長く愛用してもらいたい」


お話を聞いていて、こだわりを大事にされつつも、使う人のことも深く考えられている姿勢にはとても共感することが多くありました。その魅力あるお人柄が商品・作品にも出ているのだなと実感することができました。
h collectionの商品
HIZEN5

HIZEN5は、かつて肥前国と呼ばれた佐賀県の唐津市・伊万里市・武雄市・嬉野市・有田町の5つの焼き物産地と協力して生まれたカジュアルブランドです。焼き物の文化を日常に取り入れた「やきもの文具」を展開しています。手に取るたびに、肥前焼の奥深さや温もりを感じられるアイテムを提供しています。
HIZEN5 取材記
産地を越えた新たなつながり



有田焼・文翔窯|技術と挑戦をこめた「アリタペン」

文房具やインテリアを得意とする窯元さんです。






肥前吉田焼・副千製陶所|職人技が光る「掻き落とし」の水玉模様






伊万里焼・畑萬陶苑|伝統の鍋島様式で進化する「イマリペン」







3窯元の取材を終えて

HIZEN5の商品一覧
富士高圧プロダクツ / buntA

1948年に神戸市長田区で創業して以来、75年以上にわたり靴のアウトソール・インソールを作り続けてきた富士高圧プロダクツ。buntAは、長年培ってきた独自のゴム製造技術を活かしたラバーサンダルブランドです。飽くなき探究心で“いつの時代も必要とされる安心・安全のニッポンメイド”を追求し続けています。
富士高圧プロダクツ / buntA 取材記





医療用インソールをサンダルへ





サンダルですが、すべらず安心。

製造工程①原料の練り合わせ




工程②発泡剤の投入


工程③シート状にカット




工程④油圧プレス機で加熱







小型プレス機で試作を繰り返す



工程⑤指定の厚みにゴムをスライス





工程⑥サンダルの形へカット・鼻緒付けして完成へ








サステナブルな製品開発が作る魅力




「buntaro®」から「buntA」へ


富士高圧プロダクツ / buntAの商品一覧
平日 : 9時〜15時頃
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