職人の世界に飛び込んだ人たち

想いを紡ぐ“銀”の世界 生活に少しの特別感を添える「用の美」とは


銀師・上川善嗣

「銀師」(しろがねし)という職人を知っているだろうか。彫金師や金工師など、金属を扱う職人の呼び名はいくつかあるが、「銀師」はその名の通り“銀”を扱う銀細工職人のことを言う。

今回は、12代に渡り銀師を受け継いできた、『日伸貴金属』の取締役で長男の上川善嗣さんにインタビュー。あらゆる可能性を秘めた銀の世界、そして作品に込めた想いを聞いた。


銀を打てば人生が滲み出る?

銀の歴史

日常生活で“銀”が使われているものといえば、食器やアクセサリーなどがすぐに思いつくだろう。では、昔の人たちは銀をどんなふうに使っていたのだろうか。絶えず人々の生活に根付いてきた銀の歴史について、上川さんに教えてもらった。

「銀の歴史は古く、諸説ありますが、日本には仏教とともに伝えられたといわれております。当時はいまと違って、銀は平安時代の朝廷の儀式などに使われていたんです。そこからまた歴史は流れ、戦国時代では刀の鍔などの装具として使われたり、江戸の安寧の時代にはかんざしや鎧兜など、銀は文化の繁栄とともにさまざまなものにかたちを変えて使われてきました。うちの親方筋は、江戸幕府からのご注文で鎧兜やお茶道具を作らせていただいたこともあるんですよ」

先代が江戸幕府からの注文を受けたことがあるのには驚いたが、上川さんは12代に渡り技を受け継いできた銀師だ。銀とともに長い歴史を紡いできた存在でもあるため、そんな話が飛び出してくるのも納得だ。

鍛金

銀器は“鍛金”という、金槌などで打って成形をしていく過程がかなり重要になってくる。銀は思っている以上に柔軟だ。だからこそ繊細で、そこに職人の腕が光る。

銀“1グラム”

そこで上川さんは、筆者にとあるクイズを出した。「これは銀“1グラム”になります。この銀を髪の毛よりも細く伸ばしていくと、どのくらい伸びると思いますか?」

一度考えてみてほしい。ちなみに筆者は、『手の平いっぱいくらい』という回答をした。 「常識的な長さですね。正解は……2キロです。銀は金属のなかで2番目によく伸びます。ちなみに1番伸びるのは金なのですが、同じ条件だと3キロくらい伸びるようです」

このクイズを受け、改めて銀の無限の可能性を感じた。どうしても銀と聞くと金属で硬いものというイメージだが、銀の世界は自分が思っているより遥かに自由なのかもしれない。

「木台」と「金床」

こちらは、上川さんが実際に銀器を作るときに使用している「木台」と「金床」だ。いくつか穴が空いたものが木台、真ん中に刺さっているのが金床だ。「この木台は“山桜”という木でできていて、もう7、80年ものあいだ使っています。山桜は銀器と非常に相性がいいんですよ。直接木台の上に銀を置いて打っても、銀が傷つきづらいんです」

「木台」と「金床」使い方

使い方としては、表面にいくつもある窪みを使って、銀を曲げていくようだ。“山桜”という木は、過去の職人さんの取材のなかでもたびたび登場した木材だ。職種を超えて同じものが使われているということは、長く日本の職人に愛された木なのだろう。

鍛金

そして今回、筆者も鍛金を体験させてもらった。銀に対して垂直に金槌を構え、そのまま振り下ろす。“打つ”という動作はすごくシンプルであるものの、想像以上に難しい。また、「どこまで打ったら正解なんだ……?」という疑問もあった。

「銀器のほんものの職人は、“逆算”して作るんです。やろうと思えばいつまでも打ててしまうので、やめどころがわからなくなるんです(笑)。打てば打つほど銀は光って、鍛えられます。でもお客さまからのご注文の品を作る場合は、永遠に打つわけにもいきません。なのでお渡しする日からすべての工程を逆算していって、鍛金の工程も時間で区切りをつけて行います」

金槌

 時間で区切るという方法には、思わずなるほどと膝を打った。鍛金の工程は、一度始めたらすべての面を同じ強度に揃えなければいけない。ただ何回打ったのかをいちいち数えることは不可能なので、時間で区切り打った回数を単純計算して強度を確かめ、時間と感覚を研ぎ澄ませて「心・技・体」で作るということだ。だがそれには、打つスピードや力加減が常に一定であることが前提になる。そこもまた、職人の技量によって成せる技なのだろう。

水差し1 水差し2

こちらは、上川さんが制作したオリジナルの水差しである。側面には親子のたぬきが描かれており、お花見をしているようだ。「実は、この水差しは長男が産まれる少し前に作り始めたんです。このタヌキの親子のように、子どもと一緒にお散歩をして景色を眺められたという想いを込めました。タヌキの周りの部分を打つことで、タヌキを立体的に見せることができるんです」

水差し3

水差しは、くるくる回すといろんな顔を見せてくれる。ふっくらとしたタヌキが見つめるのは、カラフルな花たちだ。「花に色がついているのは、『打ち込み象嵌(ぞうがん)』という技術になります。この技術は人間国宝の先生に教えていただいたのですが、ほかの材料を叩いて埋め込んでいくという技法になります。タヌキを立体的に見せる技法は別の彫金専門の先生から教えていただいたのですが、最初に見学させていただいたときは、『彫金をやるなら、代々続く銀師という名前を全部捨て一生をかけても、彫金をすべて習得することはできないんだよ』と言われていたんです。

「それでも何度か休みの日に通って見学させていただいていると、少しずつ教えていただけるようになって。この作品は、そんな先生方からの学びと、子どもが無事に生まれてきますようにという祈りを込めて作りました。非常に思い入れのある作品です」


職人が職人であるために

鍛金

上川さんが開催している体験教室では、性別年齢職業関係なく、さまざまな人がやってくるという。「お客さまによって、打ち方も全然違うんですよ。たとえば、よくお寺参りに行くというご年配の方は、お経を唱えながら打つんです。そうすると、自然とその人にとって落ち着くリズムになるようです。ギタリストの方が来たときは、肩を入れてタンタンタンと綺麗に金鎚の芯を当ててうてるんですよ。いつも似たような動きをしているから、やりやすいみたいです。また華道やお習字の先生なんかは、指先を流れるようにコントロールして打つんですよ」

上川さんは体験教室で銀器の作り方を教える際に、心地いいリズムをお客さまに見つけてもらうことを意識していると語った。銀を打つというのはシンプルな動きなのだが、それぞれの人柄や人生が表れるようで面白い。

「木台」と「金床」2

体験教室には、海外の人たちも大勢やってくるという。「アジアからヨーロッパまでいろいろな国の方が来てくれますが、もともと自国で銀器にゆかりのある地域の方々も多いです」

「国によって銀器の文脈は異なります。銀は貴族が使うものという認識の国や、復活のシンボルであるゴブレットとして使う国、昔は毒殺を避けるために使う国もありました。それぞれの国に根付いた銀器のスタイルがあるのですが、うちで銀器作りを体験していただくと『日本にはこんなに種類があるんですか』と驚く方も多いです」

国それぞれの銀の文化があるようだが、“自分で作ることができる”というイメージはあまりないようだ。「来ていただいた海外の方からは、これだけの歴史があるのに、この地域はもったいないという声をいただくこともあります。まだまだ日本の銀器のブランディングが至っていないことを痛感しますね」

そんな銀の世界だが、コロナ禍では関東近郊の銀器を取り扱う会社の約60社から20社以上が廃業に追い込まれたという。さらに、関東近郊の銀師の約3分の1が80歳以上。そして3分の2が大きな事業であり、上川さんのように家族で技を受け継ぎ工房を公開して活躍している銀器職人は、関東ではほぼいないようだ。

「もう本当にいないです。ちなみに減っているのは職人だけではなくて、工具屋さんもかなりいなくなっています。この金床を作ることができるのも、おそらく関東でも1、2軒くらいなんじゃないかな……。作る人が減ると、その分工具の値段も上がりますしね。昔は1万円くらいで作っていたのが、いま発注しようとすると5〜60万くらいになるのではないでしょうか」

銀師・上川善嗣2

“工具の作り手不足”という課題は、取材した限りではほぼすべての職人の悩みの種だ。職人がいても、職人が使う道具を作る人材が増えないと、技術を継承していくことは難しい。では「その過程を機械化してしまえばいいのでは」と思うが、それはもはや伝統工芸ではなくなってしまうのだ。

「それでも、元気な地域はあるんです。だから同じ組織同士で情報共有をしたり連携を取らないと、結局『廃業するしかない』という結果になってしまいます。やっぱり職人って、自分の腕だけではないんですよね。いろんな背景があって、いろんな縁があって、そこで初めて自分が作らせてもらっているんです」


付加価値を知ってもらために

銀作品
課題はそれだけではない。かつて、日本は世界有数の銀の産出国であった。よく銀が採れたからこそ、日本では銀器という文化が発達してきたのだ。だが、銀山の閉山や、鉱脈の枯渇などで、いまは昔ほど銀が採れなくなってしまっている。

「昔なら10個作品を作ることができた銀の値段で、いまは1個しか作れないときもあります。価格のバランスを取りながら伝統工芸を続けていく、というのは本当に難しいことなんです。ただ、いまは“都市鉱山”といって、不要な電化製品などから金属を再利用する方法が発達してきているので、まったく銀が手に入らないというわけでもないんですけどね」

銀師・上川善嗣3

原材料の希少性が上がると、値上げは避けられない。「たとえば、1万円の作品を6000円にするとなると、その分時間をかけて作ることが難しくなります。なかには、銀メッキでもいいと思う人もいるかもしれません。もちろんその方が安く効率的に大量生産ができます。でも、“打つ”ことだけは外してはいけないんです。銀を打たないと、それは銀器という伝統工芸品ではなくなってしまうから」

「どうして銀器はその値段で販売しているのか。その“付加価値”を知ってもらう方法を、上川さんは模索し続けている。

「たとえば、同じ伝統工芸の江戸切子さんは、店舗の機能も併せ持った工房を構えているところがあるんです。そんな風に、未来に向けて、今から身近に銀器を知ってもらう環境を組合全体で作っていかなければいけないですよね」

原材料の高騰や付加価値を伝える方法など、今後向き合うべき課題は多いが、いまだからこそ作ることのできる“新たな銀器のかたち”も誕生しつつある。

アイススプーン

「こちらはアイススプーンになります。銀は金属のなかでもっとも熱伝導率が高いので、アイススプーンにぴったりなんです。手の平の体温が伝わり、ちょうどいい溶け具合でアイスを食べることができます。スプーンの表にはお客さま自身で好きな模様を彫ってもらい、ボウルの部分は好きな角度に曲げてもらうこともできるんです」

アイススプーン2

アイススプーンは、お客さん自身の手で加工ができる。世界にひとつだけの品を作ることができるため、ギフトとしても人気のようだ。「伝統工芸品は“用の美”であることが重要です。なかには観賞用だったりアーティスティックな作品もあるのですが、基本的には日常生活をともにする「用の美」という工芸品なので、日々の生活で銀器を使ってくれると嬉しいですね」

ネックペンダント1 ネックペンダント2
「こちらは、『有職組紐 道明』と一緒に制作したというネックペンダントだ。「台東区のふるさと納税の返礼品として、作らせていただいています。白と暗紅色は、台東区のマークにも使用されている組み合わせなんです。『有職組紐 道明』さんは370年以上の歴史や文化を持つ老舗なのですが、こうしてご縁をいただいてありがたいですね」

(参考:https://www.furusato-tax.jp/product/detail/13106/6514135?srsltid=AfmBOoqOlGmoWs0vFnLe7NfLDc4jsnnpm9UNySLlfLH5UMMc0WciBEWK

銀師・上川善嗣4

改めて、上川さんは職人の人生を振り返りこう語る。「職人にとって“一人前”っていうのは、あくまでも他人軸からの評価だと思うんです。だから『どこまでできたら一人前』っていうのはないんですけど、僕のなかでは10年というのがひとつの区切りになっていて。人脈も技量もそうですけど、まずは10年続けてみると、ひとつの節目になるのかなと思います」

そして、今後の職人のかたちについてもこう語った。「僕らの時代は世襲や親方じゃないと意見してはいけないという雰囲気がありましたけど、いまは令和なので。世襲じゃなくても、職人の本質を理解していただけるのであれば、今後もいい文化で新たな世代と銀器を続けていけたらと思っています。大事なのは志です。それさえ忘れなければ、もっといろんな職人のかたちがあるのではないかと思っています」

商品

上川さんの取材を経て、改めて銀の世界の広さを知ることができた。筆者が想像していた以上に、銀は国を超えて多くの場所で愛され、使われてきた存在だったのだ。そういった長い歴史と広い世界を踏まえて、今後銀器という文化をつなげていくことの重要性も同時に感じた。

どうしたらこの価値が伝わるのだろうか? きっとショーケースに並んでいるだけでは、銀器はもちろん伝統工芸の価値というものはなかなか伝わらないだろう。

もし機会があれば、上川さんが開く体験教室も覗いてみてほしい。実際に手で触れるからこそ知ることができる魅力が、そこにはあるはずだ。







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