職人の世界に飛び込んだ人たち
時代のトレンドを写し出す“江戸木版画”ーー摺師・田埜昌美が目指す伝統工芸士の道
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2025年1月から放送されている、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK)。主人公の“蔦重”こと蔦屋重三郎の職業が、江戸木版画の版元であることは知っているだろうか。当時のメディア業界を作り上げた江戸木版画は、令和になったいまでもお茶の間で注目されている。 今回は、そんな“江戸木版画”の世界についてインタビュー。高橋工房で摺師(すりし)として活躍する田埜昌美(たのまさみ)さん、そして六代目の高橋由貴子さんに、江戸木版画の世界、そして現代における職人の生き様について聞いた。
娯楽文化として現代へと受け継がれる伝統工芸・江戸木版画
![]() 江戸木版画とは、東京都指定の伝統工芸品である。江戸時代に花開いた大衆文化でもあり、“庶民の娯楽文化”の代表ともいえる存在だろう。その始まりについて、高橋さんはこう語った。 「日本で長いこと続いた戦が終わり、穏やかな世のなかになったころ、庶民も文化を楽しめるようになったんです。そこで生まれたのが、浮世絵版画。庶民の生活の様子や、行ってみたい場所、食べてみたいもの、そういった情報を載せていたのが江戸木版画なんです」 江戸木版画は、いまでいうグルメ雑誌やファッション誌、週刊誌のような存在であり、現代のメディアの基盤にもなっている文化である。当時は、江戸木版画が出回ったことによって、あらゆるトレンドが生まれたという。まさに、“流行り”を生み出す仕事でもあったわけだ 「江戸木版画はアートではないんですよ。あくまで工芸品、クラフトなんです。最終的に木版画は庶民に買ってもらわなければいけないので、お値段は高くてはいけません。昔は幕府から『16問で売りなさい』と、お達しがあったそうです。16問というのは、いまの金額に換算すると約480円になります」 たしかに浮世絵と聞くと、美術館などで飾られているアート作品のようなイメージがあるが、それはあくまで“アート”の世界の話。江戸木版画は、庶民のなかで生まれた身近な文化なのだ。
常識を破る摺師の表現の世界
![]() ここからは、具体的に江戸木版画ができるまでの流れについて教えてもらった。そもそも、こういった伝統工芸に木材が使われるようになったのは、日本という国の特徴が背景にあると高橋さんは語った。「日本は、国土の半分以上が木でできているんです。ですから 、版木や紙は木から作られています。これがたとえばヨーロッパだと、石板になるんですよね。食文化や建設文化もそう。伝統工芸というのは、それぞれの気候風土に合ったものから自然に生まれるんです」 版木は、“ヤマザクラ”という品種で作られているという。決して手に入れやすい価格ではないが、耐久性のある上質な品種だ。 そして、江戸木版画の最大の特徴が、“分業”で制作しているという点である。いったいどのような流れで木版画は作られていくのか。ここからの手順については田埜さんにお話を伺った。 「木版画は、絵師、彫師、摺師の3つの分業から成り立っています。江戸時代でいうと、歌川広重、葛飾北斎などが浮世絵師として有名ですよね。そこから彫師が板に原画を彫っていき、摺師が色を入れて摺り上げていく、というのが大きな流れです。そしてその3つの役割を束ねているのが、“版元”と呼ばれるポジションです」
高橋工房は代々摺師として、その技術を継承してきた。そして、四代目からは版元の暖簾も兼ねているという。そのことについて、高橋さんはこう語った。「先々代のころは、浮世絵の仕事がまったくなかったんです。それで何か自分たちでもやっていかなければということで、版元も兼ねることとなりました」 実際に木版画を生み出すのは絵師、彫師、摺師の役割だが、まず最初に版元が仕事を依頼しない限り、彼らの出番はない。職人たちにどのタイミングで何を描かせるべきなのか。木版画の売れ行きや話題性は、版元の判断に大きく委ねられている部分もあったのではないだろうか。」
そんな庶民の文化でもある江戸木版画。分業であるからこそ、それぞれが連携をとり協力しないと、価格を抑えながらクオリティの高い版画を作ることはできない。田埜さんは、そんな職人の工夫について紹介してくれた。「まず、彫師が彫る版木は、5〜7枚で収まるように版元から指示があります。なぜかというと、版木の数が増えれば増えるほど、木版画の価格は上がってしまうからです」 使う材料が増えるほど、販売価格が上がる。よく考えれば当たり前の仕組みだが、たった5〜7枚の版木であれほどのクオリティをどうやって実現しているのだろうか。その謎については、高橋さんが教えてくれた。
![]() 異なる版木でも紙をあてる箇所をズレないようにするための“見当(けんとう)” 「版木は両面彫ることができます。なので、彫師に5枚渡されたら、10色は摺れますよね。でも、10色ではなかなか絵にならない。なので、1枚の版木で少ししか色を使わないところは、複数の色を1枚の版木で収めることもあるんです」 限りある版木の数。ここからどれだけ工夫して数あるをおさめるかは、職人の手にかかっているということだ。単に色の数だけではなく、摺り方によっても表現の幅を広げることができる。その技法について、田埜さんが解説してくれた。
たとえばこちらの作品。空の色がグラデーションになっているのがわかるだろうか。上から下にかけて色が徐々に薄くなっていくこの技法は、「一文字ぼかし」という。
そしてこちらの作品も、空がグラデーションになっている。空の上部は同様に「一文字ぼかし」が使われているのだが、今度は奥の空が濃い色から上に上がるにつれて薄くなっていくという、逆のグラデーションが描かれている。これは「拭きあげぼかし」という、同じく“ぼかし”の技法のひとつだ。 そして、よく見ると空の色とはまた違った色で、雲が描かれているのがわかるだろうか。これは「当てなしぼかし」という技法で、ふんわりとしたぼかしを演出するための技法だ。雲などを描く際によく使われるという。
そしてこちらの雪景色が描かれている作品。よく見ると、道ゆく人の足元に降り積もった雪が立体的に描かれている。これは、絵の具を置かずに版木の凹凸を摺りとる「空摺り(からずり)」という技法だ。平面の作品であるにもかかわらず、リアルな雪の質感を見事表現している。
こちらの桜が描かれた作品。これはなかなか写真では伝わりづらいので、ぜひ本物を見て欲しいところだ。筆者は実際に手を触れさせていただいたのだが、桜がふっくらとしている。これは「きめ出し」という技法だ。先ほどの「空摺り(からずり)」同様、凹凸を出す技法なのだが、「空摺り(からずり)」は模様などによく使われることが多く、「きめ出し」は強い力でより立体感を表現する際に用いられる技法のようだ。
こちらの作品は、鯉が空に向かって登っていくところが描かれているのだが、鯉の鱗がキラキラと光っている。これは「雲母摺り(きらずり)」という技法で、“雲母(うんも)”という鉱石を粉末にして摺ることで、輝きを出している。筆者はこの技法を見て、「いつの時代もキラキラしているものは見ている人の心をときめかせるんだな……」と、少し温かい気持ちになった。きっと、当時の人たちも「きらずり」を見て、筆者と同じように目を輝かせたことだろう。
最後に紹介する技法は、「布目(ぬのめ)摺り」だ。中心に描かれている旗をよく見ると、小さく格子状に凹凸が入っている。これは版木に実際に布を貼り付け、本物の布の質感やテクスチャーを摺り取る技法だ。布を表現するために本物の布を使うという、大胆でありながら確実な技法である。 ざっと田埜さんに技法について教えていただいたが、これらはおそらく数ある技法のなかのほんの一部だろう。筆者はてっきり色の出し方や重ね方が技法の中心になっていると思っていたため、ここまで質感や立体感を出す方法があることに驚いた。改めて、江戸木版画の表現の幅を感じるとともに、当時ワクワクしながらいろんな方法を試していたであろう摺師たちの様子が浮かぶようだ。
社会における職人の存在とは
職人歴は3年目となる田埜さん。最初のきっかけは、たまたま聞いたラジオ放送だったという。「以前は、テレビの美術スタッフの仕事をしていたんです。でも業務は過酷で、昼夜逆転した生活を送っていました。その仕事は1年ほどで退職し、その後パン屋でアルバイトを始めたんです。アルバイトをしながらも、『やっぱり何か手仕事がしたい』と思っていました」 「そのパン屋はずっとラジオが流れているお店で、ある日、伝統工芸の研修会である『職人塾』がラジオで紹介されたんです。その放送をきっかけに、応募してみることにしました」その『職人塾』に訪れるあいだ、田埜さんは版画との出会いも果たしていたという。「たまたまテレビで摺師の人が出演している番組を見たばかりだったので。そのラジオを聞いたときに、『もしかしたら木版画もあるかもしれない』と思ったんです」 なぜ数ある伝統工芸のなかで、摺師にそこまで惹かれたのか。その理由について、田埜さんはこう語った。「手作業で1色1色丁寧に摺っていき、やっと1枚出来上がる。その積み重ねの世界にすごく惹かれたんです」 そうして摺師の世界に飛び込んだ田埜さん。当時についてはこう振り返った。「説明会のあとに、2週間研修をさせていただいたんです。最初は摺師どうこうというよりは、高橋工房として皆さんがどういう動きをしているのかを実感する日々でした。すごくドキドキしましたし、この忙しさについていけるのだろうかという不安も、正直ありましたね」 新たな人材を受け入れることに対し、高橋さんはどう考えているのだろうか。「2週間では何もわからないですよね。まず最初は掃除から始めます。あとはお茶出しとか、私が外でプレゼンをしたり、ほかの会社に行くときに荷物持ちとしてついてきてもらったり。そういうところから見て学んでもらうんです」 ![]() 「彫師や摺師だけがいても、経済は回りません。仕事を下さる方、作ったものを売ってくださる方、買ってくださる方がいて、初めて摺師は食べていけるのだということを、肝に銘じて欲しいんです。天狗になるなよ、と」高橋さんは強い眼差しでそう語った。筆者も職人の取材を重ねるなかで感じたことだが、職人の方は職人だけで成り立っているわけではないということを常に念頭に置いている。 つい“職人”というと、黙々と手を動かしものづくりと向き合うというイメージがあるが、仕事は決してそれだけではない。もちろんものづくりのプロフェッショナルであることは大前提としてあるのだが、世間のイメージ以上に人と人のつながりによって成り立っている世界でもあるのだということを、高橋さんの話を聞いて改めて実感した。
高橋工房の働きは、作品の制作や若手職人の育成だけではない。「経済省や文化庁の要請で、小学校や中学校に出向いて、江戸木版画について教える教育事業も行っています。数時間のうちに150人近い生徒に教えるので、組合の若手を一斉に呼んで講義を行います。話だけではなく、実際に手を動かして体験もしてもらうんですよ」 そう高橋さんが語りながら見せてくれたのが、そのときに作成したといううちわだ。色数を抑えて手軽に体験できつつ、実際の生活に使えるものを毎回選んでいるという。「工芸品は、日々生活で使われるものというのが、大事な定義なんです。『綺麗な紙の状態で持って帰りたい』という子がいても、貼り付けるよう教えています。こうしたら、大事に使ってくれるでしょ?」 高橋さんはそう笑顔で説明した。ただただ美しい作品が工芸品ではない。あくまで生活に根付いた文化だということを、体験を通して多くの子どもたちに伝えている。こういった活動も含めて、職人の役割であり使命なのだと感じた。 田埜さんが歩みだした職人への道
高橋工房の門を叩いて約4年。田埜さんは日々研鑽を重ねている。「毎日大変です。私はなかなか覚えが悪いので、教わったことをぽっかり抜かしてしまったり、思うように体と頭が動いていないことが多いのですが、自分なりに少しずつ進んでいっているつもりです。まだまだできることが少ないので、練習あるのみですね」2年目になると、少しずつ技術面の修行も始めていったという。「最初は色数が少ないものからやらせていただいてます。2、3色で完結するご祝儀袋など、いわゆる“数もの”で練習をしています」 取材後しばらくして、晴天の昼間に歩いていると、青空にひとつだけ雲が浮かんでいた。「ああ、あれは当てなしぼかしだな……」と思ったと同時に、そういうことかとも思った。きっとかつての職人たちも、こうして何気ない日常のなかで目に映ったものを描いていたのだろう。江戸木版画は、当時を生きた人たちの感覚に丸ごと触れることができる。そして、その文化はいまも続いている。もし見る機会があれば、そんな庶民の生活に想いを馳せながら楽しんで見てほしい。 |
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- 2025.10.08
- 22:34
- 職人の世界に飛び込んだ人たち











