それぞれの " ものがたり "
『手ぬぐい』
生まれ育った町を離れ、大学へ進学した自分が、
うどん屋でアルバイトをしていた頃の話。
うどん屋の大将は、動物で例えるとこわいタヌキのような親父だった。
日本のいろんな場所でいろんな店をやってはそこそこ繁盛させ移動し、
今では全国から顔なじみが集まるうどん屋の大将になってしまったそうだ。
そんな話を聞くのは、お客さんの口からで、大将はとくべつ何も言わない。
お客さんたちはそれぞれ、
夜居酒屋に変わるうどん屋のカウンターで、昔話をするのだ。
うどん屋のカウンターには、お客さんたちがお土産にと持ち寄った置物が並ぶ。
沖縄のシーサー、信州かどこだかの起き上がり小法師、伊豆土産のピンクの岩塩。
就職が決まった先週、2日ほど休みを貰って、ちょっと遠出した。
大将に何かお土産があったほうがいいか、と思ったけれど、
カウンターに並ぶ個性が強い置物たちと打ち解けられる新入りを見つけられなかった。
だから、大きな駅で新幹線を待つ間、土産物屋で、大将そっくりの絵が書いてある
手ぬぐいを見つけた時は、これだと思った。
大将そっくりの、だるま。
どう使ってもらおうと構わないけれど、この絵柄で汗を拭う大将を想像したら
笑えた。
はい、これ、大将そっくりでしょう。
そうやって渡して、翌月にはうどん屋を辞めたけれど、そういえばその間、そっくりの
手ぬぐいを
使う大将を見ることは一度もなかった。
そうして東京勤務になって、あっという間に夏が来たころ、
久しぶりに大学の地に戻った。
大学時代の友達と集まって、大将のうどん屋に行こうかと思い立った。
混んでたら帰ろう。そう思って、連絡せずに店の暖簾をくぐった。
そうしたら、目を見開いた大将と目が合った。
と思ったら、手ぬぐいだった。
壁に飾られた手ぬぐいは、自分が渡したそれだった。
本物の大将はカウンター越しに、やっと来たか、という顔をした。
馴染みのお客さんが席を詰めてくれた。
飾られた手ぬぐいは、思ったほど大将に似てなかったけれど、
どうやらどちらもずっと自分を待っていてくれてたらしかった。
ものがたりに登場する商品
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