ブランド紹介
Byaku
Byaku 取材記日本人になじみ深い香り、白檀(びゃくだん)。「おばあちゃんの扇子の香り」と聞けば、あぁ、あの香りね、と懐かしく思い出す方も多いのではないでしょうか。 そんな白檀をベースに、自然由来成分100%のオーガニックミストを手がけているのが「Byaku」です。ブランドを立ち上げた櫻井勲さんは、京都・上賀茂の地で100年続く京料理の家に生まれ、「京料理×香り」という今までにない発想から「あわく、はかない」香りを生み出しています。
今回はByakuに込められた想いを伺うべく、櫻井さんのルーツでもあるご実家「京料理さくらい」を訪ねました。 京都らしさを追い求めてたどり着いた、白檀
世界遺産・上賀茂神社の前を通りすぎると、社家町(しゃけまち)と呼ばれる門前集落が見えてきます。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された、風情ある街並みです。取材に伺った日は35度と猛暑日でしたが、すぐそばを流れる川のせせらぎが涼しげで、時折吹き抜ける風が心地良く感じられます。
笑顔で出迎えてくださった櫻井さん。門をくぐり、打ち水のされた玄関を通って室内へ。目の前には手入れの行き届いたお庭が広がります。池には大きな鯉が悠々と泳ぎ、「これぞ京都」な雰囲気に、ほっと心が安らぎます。
子どもの頃から、おもちゃよりも料理が好きだったという櫻井さん。 「幼稚園から帰ってきたら、制服を脱ぐや否や火鉢の上にフライパンを置いて、卵を割って、食べられるかどうかわからへんものを作っていましたね」 料理が自己表現だったという櫻井さんは、次男だったこともあって家業を継ぐ予定はなかったそうですが、自然と日本料理の道に進みました。しかし次第に、違和感を抱くようになります。 「世の中には好きなものを商売にできる人とできない人がいると思いますが、私は後者でした。友達や家族に料理を振る舞うのは楽しいんです。でもそこに対価が発生すると、自分の中で義務になってしまって」
その後は東京のホテルオークラでサービスの仕事を経験し、やがて友人の経営する印刷会社へ転職。香りとは無縁の世界でキャリアを重ねていきます。転機が訪れたのは、新型コロナが流行し始めた2020年でした。 「当時は通販型の印刷会社でお客様対応と品質保証の長をしていたのですが、2020年のゴールデンウィーク明けに希望退職が募集されました。同じ会社で10年ほど勤めてやり尽くした感もあったので、何か新しいことをしようと決心し、退職することにしました」 事業を起こして新しいことに挑戦するなら、京都らしくて、日本らしいものがいい。そう考えた先にたどり着いたのが、白檀でした。 寄り添う木によって香りが変わる不思議な木
「実を言うと、もともと私、白檀がそれほど好きではなかったんです」 えっ?どういうこと?? 「京都らしくて世界にも通用するものは何かと考えたときに、最初に思い浮かんだのが白檀でした。でも白檀の香りって、どっしり重たくて、奥深い濃厚さがありますよね。だから隣で誰かが扇子をあおぐと、逃げようのない香りだなと思っていたんです」 思いもよらない言葉に驚きました。あまり好きではなかった香りを、なぜ使おうと思ったのでしょうか。 「いろいろと調べ始めたら、白檀が不思議な木であることがわかったんです」
白檀は、“自分だけでは大人になれない木”なのだそう。他の木に寄り添わないと生きられない。しかも寄り添う木によって香りが大きく変わるのだとか。 「杉の側で育てば杉らしさのある白檀に、檜のそばで成長すれば檜風味の白檀になります。つまり“白檀の香り”と言っても、どんな木と過ごしてきたかによってキャラクターが変わってくるんです。これってすごく人生に似ていますよね」 さらに驚いたことに、これだけ日本らしい香りとして定着していながら、日本では自生しないのだそうです。
「推古天皇の時代に、淡路島に大きな木が流れ着いて、村の人たちが『なんか、ええ香りする』と発見したのが始まりといわれています。白檀が祀られている神社もあるんですよ」 その後、仏教の伝来とともに白檀が伝わってきたことで、日本にも浸透していったといいます。正倉院にも収められ、平安時代には十二単に焚き染めるお香として貴族たちに愛用されました。
ここで、実際に白檀の切り株を見せてもらえることに。一見すると普通の木ですが……手で少し温めてから鼻に近づけた瞬間、白檀の華やかな香りが一気に広がります。まるで香りを追加しているのではないかと疑うほど際立つ香り。これほどの力強い香りを自然に放つ木であれば、神聖なものとして扱われるのも納得です。 「白檀のことを知れば知るほど、どんどん面白くなっていきました。日本のものじゃないのに、日本を象徴するものになっている。そんなものは、他には思い当たりませんでした」
すっかり白檀の魅力に惹き込まれた櫻井さんは、世界中の白檀の香りをサンプリングします。 「私が恋に落ちたのが、南太平洋にある島の、華やかさのある香りの白檀でした」 ところがその白檀は、森の主が代々守る“聖域の森”に育つもの。簡単に使わせてもらえるものではありませんでした。森の仲介者からも、「森には他所の人を入れないのが基本スタンスだから、私が仲介しても森の主に許してもらえるとは限らない」と言われたそうです。
幸運にも櫻井さんの熱意が森の主に伝わり、儀式を経て“聖域の森”に立ち入ることが許され、理想の白檀を使えるようになりました。初めは一切笑顔を見せなかった森の主たちでしたが、儀式が終わると一気にフレンドリーに。今でも頻繁にやり取りをしているといいます。
ところで、Byakuで現在展開している4つの香り「和・敬・静・寂」。繋げて読むと茶道の精神を表す「和敬清寂(わけいせいじゃく)」が想起されますが、出発点はお茶の言葉ではなく、「敬」の字なのだそう。 「香りの名前に、『敬』という字をどうしても使いたかったんです。森の主たちへの敬意をずっと忘れないでおこうと思って。だから、白檀だけでつくった香りに『敬』と名付けました」
そして香りが4つになったとき、白檀と縁の深い茶道にちなんで「和敬清寂」から名前をとることにしたそうです。でも、なぜ「清」ではなく「静」を使っているのでしょうか。 「白檀の香りで心静かな時を過ごしてもらえたらという想いが強くあったので『静』にしました。私自身、タスクや家事に追われて一日があっという間に過ぎていた、ということがよくあります。そんな時に自分の気持ちをリスタートできる香りであればいいなと願いを込めました」 京料理から生まれた「あわく、はかない」香り
白檀といえば、まず思い浮かぶのはお香。けれど櫻井さんが選んだのは、お香ではなくオーガニックミストでした。 「お香は長い時間、香りを楽しむものですよね。でも友人から、子どもがいるとお香は使いにくいという話を聞いて。私自身も『その時だけ欲しい』に応えられる香りがあったらいいなと思っていたので、ミストに特化することにしました」 櫻井さんが目指しているのは、「あわく、はかない香り」。 「お椀の蓋を開けた時に、ふわっと立ち上がる。あのお出汁の香りをイメージしています」 長く香りが続くように作られているお香や香水とは真逆の発想。京料理をルーツにもつ櫻井さんならではです。
ミストタイプは気軽にいろいろな空間に香りを纏わせられるのが魅力ですが、どんな時に使うのがおすすめなのでしょうか。 「お風呂でシュッとすることですね。夕立の後に夏の匂いを感じると思うのですが、それは私たちの鼻が、湿度が高いほうが匂いを感じる構造をしているからなんです。だから湯気のある浴室で使うことをおすすめしています」 「あとは、香りのマリアージュも楽しんでもらいたいですね。好きな香りを組み合わせて空間にプッシュしてみてください」 コツは、香りが混ざるように同じ場所に同時に吹きかけること。どうぞやってみてください、とのお言葉に甘えて「静」と「寂」をシュッとひと吹き。なんだかクリスマスの時のオレンジと針葉樹のような香り! プッシュする回数でもまた変わってくるのだとか。主張しすぎない、すっと消える香りだからこそ、こうした楽しみ方もできるのですね。この楽しみを知ったら4本すべて揃えて、いろいろと試さずにはいられません。
繊細なByakuの香りは、調香もひときわ難しそう。でも櫻井さんは「そんなことないですよ」と軽やかに答えます。 「もう完全に、料理の感覚ですね。『この時期のお大根だったらこう食べたら美味しいよね』というのと同じです」 「同じ時期に同じ産地で取れるものは、どう料理しても美味しいんですよね。おなすとトマトなら、冷たい炊き合わせにしても、南仏料理のラタトゥイユにしてもいいし、ハンバーガーにスライストマトと焼き茄子が入っているのも美味しいじゃないですか」 話を聞いているだけでお腹が鳴ってしまいそうです。そんな料理の感覚から生まれるByakuのレシピの源は、櫻井さんのこれまでの人生で見てきたことや感じてきたこと。
「まずは仮のテーマを決めて、今までに見てきた景色を思い返しながら、頭の中にイメージを思い描いていきます。あとは、そこに咲いているであろう花や木を組み合わせていくんです」 たとえば、「和(なごみ)」の仮タイトルは「花」。白檀のある南太平洋の島でイランイランの花が咲いているのを見つけたことから、イランイランを組み合わせることを決めたそうです。 また、「寂(さび)」の仮タイトルは「森」。京都の素材を組み合わせた香りを作りたいという想いから、北山杉を入れることに。そこにどんな素材を合わせようかと考えていたときに浮かんだのは、櫻井さんらしい料理の記憶でした。
「夏場に考えていたのですが、『そういえば赤肉のメロンにジュニパーベリーをゴリゴリってして、塩とオリーブオイルをかけただけのメロンのサラダって美味しかったよね』というのを思い出して。それでジュニパーベリーに決めました」 香りのコンセプトや調香、そのすべてに料理人の着眼点が息づいているByaku。だからこそ、お互いの素材を引き立て合う調和のとれた香りに仕上がるのですね。「お椀をあけたときに立ち上がるお出汁の香り」というのも、よりいっそう、しっくりときました。 人と人とのつながり
Byakuは、2025年の大阪・関西万博で関西パビリオン京都ゾーンに出展するなど、立ち上げからわずか5年で注目を集めるブランドへと成長を遂げています。しかしその道のりは決して平坦なものではありませんでした。 お香や香水と違って、ミストは使い方が直感的に伝わりづらいもの。商品名や説明文、パッケージデザインなど、お客様に響く形を模索する日々が続きました。 そうした中で櫻井さんが大切にしてきたのが、ユーザーの声に耳を傾けること。 「展示会や百貨店のポップアップでお客様と直接お話することで気づくことは多いですね。香りには情緒的な要素もありますので、対話は大事だなと思っています」
さらに印象的だったのが、スタッフとの関係性。展示会で話をしてくれるスタッフは、皆ただの雇用された関係ではなく、ユーザーなのだそうです。おすすめの使い方や香りの選び方も、実際に使っているから、自分の言葉で親身に説明してくれる。そんな心強い仲間に、櫻井さんはお礼として手料理を振る舞うのだといいます。 「親が与えてくれた唯一無二の手わざは、食べることを通じて人と仲良くなること。同じ釜の飯を食べた仲は強いですから。だから私が不得意なことは、美味しい手料理と交換条件で、友達にお願いするんです」 写真を見せていただきましたが、とっても美味しそう!こんなに素敵な料理がいただけるのなら、喜んでお手伝いしたくなります。でも、それだけではありません。ご友人が快くお手伝いを引き受けているのは、櫻井さんのお人柄に惹かれているからなのだと、今日の短い取材時間のなかでも強く感じました。 いつでも話せる実店舗を京都に。そして世界へ。現在は催事とオンラインショップで販売しているByaku。コロナ禍に立ち上げたこともあって実店舗の優先順位は低かったと言いますが、今後は店舗を構えたいという想いもあるそうです。 「いつでも詳しい話が聞ける場所はないんですか、とお客様から聞かれることもありますし、スタッフと話をしながら香り選びを悩みたいというお声を聞くこともあるので、対話できる場のニーズはあるんだろうなと感じています」
また、最近は京都府立植物園と連携して、ワークショップなども行っています。 「白檀は日本では自生しませんが、京都府立植物園では白檀の栽培に成功していて、温室に樹齢30年程の木があります。赤い花も咲くんですよ。日本で白檀の花が咲くというのはとても貴重なことなんです」 この日、櫻井さんのご案内で植物園の温室も訪問。実際に見ると、自然の恵みをいただいているという実感がわいてきます。ですがこの白檀、植物園内ではあまり注目されていないのだとか。そこで白檀の魅力を発信できるようにと、新たな企画を考え中なのだそうです。
将来的には海外への進出も目指しているという櫻井さん。「海外の香水文化の中に、このあわくはかない香りをどう浸透させるかが課題」と話しますが、世界的に和食が注目を集める今、「京料理×香り」という世界観はきっと多くの人々の心を惹きつけるはず。今後の活躍から目が離せません。
最後に、櫻井さんにとって“香り”とは何かを伺いました。 「2つあるのですが、一つはタイムマシンなんだろうなと思っています。香りは、『これはあの時あの場所の香りと同じだな』と記憶を呼び起こしてくれます」 「もう一つが、表裏一体。香りは、幸せにもなれば不機嫌の元にもなります。同じ香りであっても、好きな人もいれば苦手な人もいて、これはずっと不思議だなと思っています」 そんな櫻井さんの香りの思い出は、「だし巻きとおくどさんでお米が炊ける匂い」。 「小さい頃、母は私をおんぶしながら料理をしていたので、直においしそうな香りが上がってくるんですよね」と、香りの記憶もやっぱり料理とつながっているのでした。
お話を伺っていると、Byakuは櫻井さんがこれまで歩んできた人生すべてが繋がって生まれた、まさに集大成なのだと感じました。これからByakuのやさしい香りが、たくさんの人の暮らしに寄り添い、それぞれの記憶と結びついていくーーそんな未来が楽しみです。 細やかな気遣いと柔らかい笑顔を絶やさない櫻井さん。長時間にわたる取材を快く受けていただき、ありがとうございました!
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